リボツナ | ナノ



突入の時間です




奇妙な2人連れだった。
一人はまだ年若い東洋人のようにも思えるが、髪の色が黒ではなく随分と明るい茶色をしている。染めたような人工的なそれではなく、自然な色味が本人の印象と相まって柔らかな雰囲気を醸し出していた。
その隣に座る少女はといえば、これまた目が覚めるような美しさで、それは容姿云々だけならず座る姿勢といい醸し出される色気といいとにかく視線を釘付けにする魅力があった。

「前回に引き続き、今回もこれか?」

彼らより2つ後ろの席に座る自分にも聞こえる程度の声音で少女が青年に話しかけていた。その声で気付いたのだが、少女はどうやら少年らしい。
赤い唇から零れる声は少年から青年への狭間で掠れるそれに違いない。
思わず驚きに目を瞠りながら前を凝視していれば、隣に座る青年が顔を少年へ向けて気弱げに眉を寄せていた。

「うん…ごめん!こんな役を引き受けられるのは…しかいないから。ほら、すっごい似合ってるよ!」

黒髪にどこか血を彷彿させる赤いバラのコサージュ飾りに手を伸ばしてご機嫌を取っている青年の手を簡単にくびると、少年は幻想的なほど美しい眉を顰めながら青年の手首を捻り上げた。

「チッ、オレが何を着ても似合うのは当然だぞ。てめぇとは元が違うからな、元が」

想像よりも荒い口調でそう吐き捨てた少年は、このバスに乗り合わせた客たちが聞き耳を立てているだろうことを知りながらも平然と喋り続けた。

「で?お前の留守を狙った阿呆をどうする気なんだ?」

意味は分からないならがも、その少年の退廃的な美しさを前に自分を含めた乗客の誰もが暗い情熱を湧き上がらせていた。
欲しい、いくら積めばあの少年が手に入るのかとギラギラした欲望が膨らんでいく。
辿り着く先は人身売買を秘密裏に行っている海に面した城。
今日はロシアからやってきた売人が月に一度ショーを執り行う日だった。
各国から売られてきた、または攫ってきた少年少女を売り捌いている秘密クラブへと向かうこのバスの中には著名人や有名人も多い。身元を隠して淫猥な嗜好を満たすべくこうして乗り合わせているのだ。
自分のように美しければ少女でも少年でも構わない者もいる。少女だけしか食指の動かない者もいれば、少年に無体をはたらくことでしか性欲が満たされない者も。
そんな人には言えない性癖を満足させるためには多少痛手にも目を瞑ることが出来る程度には、裕福な者ばかりが集まってきていた。

これは今日の目玉になるだろう。そう思うと興奮を覚えて喉が鳴る。
そんな自分の後ろからしゃがれた声が掛かった。

「あの隣の青年もいいじゃないか。気弱そうな顔が苦痛に歪んで泣き叫んだらどんなにいいだろう…」

うっとりと歪に崩れた顔で呟く声に後ろを振り返れば、よくここで顔を合わせる初老の人物で…そして表の顔は政治家だった筈だ。
その政治家のセンセイが普段は隠しているだろう性癖を隠しきれずに嗤っている。
おぞましい表情を浮かべる男と自分も変わらない。
そうですね、と同調すると前に座る2人組にまた視線を這わせた。

「こうしてこのバスに『バイヤー』としてではなく乗っているということは買う金もないということですからね」

「あぁ。そもそも彼は若すぎる…どんなにいいスーツを着ていても、それは隠しきれていない。こんなところに20そこそこの東洋人が一人消えたとして、誰が騒ぐものか」

男の声が暗い焔を帯びて絡みつくように青年の背中へと注がれる。
興奮した男の声に気付いたのか、青年の隣の美少女のような少年がこちらを振り返るとニヤリと笑い掛けてきた。
それはさながら悪魔の微笑ともいうべき鮮やかさで、自分と男とを凍りつかせる。

「ツナ、運転手をやってこい」

「うえぇ…もう?って、やります!やってきますぅ!!」

カチャという聞き覚えのある音が響いた瞬間に青年が懐からニットのミトンを取り出すとそれを手に装着する。
ぶわり…とこちらまで伝わる熱気にも似た殺気に身体が震えて動かない。
原則、ボディガードも連れて来てはならないことになっているが、後ろのセンセイのように重鎮ともなればその限りではない筈なのにその者たちすら動けない有様だった。

「初めましてだぞ」

目にも留まらぬ速さで銃を抜きさった少年は両手で構えることもなく弾を撃ち込んでいく。
ガン!ガン!と耳障りな音が響くたびにドサリと床に人が倒れこんでいき、残されたのは自分と後ろのセンセイのみとなった。

「このまま城に突っ込む」

いつの間にか運転手が交代していた先で、そう振り返った顔にギョッとして身体が強張る。
額にオレンジ色の炎を灯したその姿は、イタリアでは知らぬ者などいない大マフィアのボスその人で間違いなかった。
自分の死期を悟った俺は慌ててボンゴレのボスから視線を逸らすとリボーンと呼ばれた少年の顔を見詰めなおす。

「いつまで経ってもガキ臭ぇあいつも悪ぃが、人のモンに手ぇ出そうなんざ100年早ぇぞ」

わざと俺と男だけを残した理由に行き着いたが、それに答える術は残されてはいなかった。
肌を刺す殺気と虫けらを見るような蔑んだ黒い瞳に、声帯がその役目を放棄してしまっている。
殺されることは確かだというのにいつそれがやってくるのかも分からない。嬲り殺される恐怖に心臓が痛いほど脈打っていた。
身動ぎひとつ出来ないまま少年を凝視していた俺の後ろで、カエルが轢かれた時のような声が漏れる。

「死に神…ボンゴレの、」

そこまで聞いたところで無情な銃声によって続きは屠られた。

「arrivederci」









「そろそろパーティ会場なんだけど、」

「いいぞ。城ごとぶっ潰す勢いでいけ」

「ってさぁ、殺してないよな?」

チラリと後ろに視線をやってから隣でスカートを翻しているおっかない先生の横顔を覗き込んだ綱吉は、綺麗に変装している美少女の笑顔を見て悲鳴を上げた。

「ひぃぃい!」

「どうした?殺してなんていねぇぞ。それがお前の望みだからな」

慌てて顔を前に戻した綱吉はハンドルにしがみ付きながらもこれからの自分の身の処遇について考えまいと首を横に振った。

「何でもいうことを聞くんだろう?」

「言ってない!何でもなんて言ってないよ!」

人殺しを生業にしているリボーンにこんな無茶な仕事を頼んだのには訳があった。
人身売買は許されない罪だ。しかもボンゴレのシマ内で自分の留守中に起きた話なのだからかたをつけるにしても、最小限の被害で治めたいと思いこうしてリボーンと自分だけで乗り込むことにした。
ムリを承知で頼み込むと条件付きで引き受けてくれたリボーンの欲しいものはまだ聞いていない。

「うるせぇぞ。素直にはい、だ」

「イヤイヤイヤ!それ言ったらお終いだから!」

リボーン相手にそんなことを言えばどんな無茶を振られるか分かったもんじゃない。
かれこれ6年にもなる付き合いだからこそ譲らない綱吉のネクタイを掴むと、リボーンは綺麗に引かれたルージュをその唇に押し付けた。

「ムダな足掻きをするんだな」

「バッ!もう城だって!」

べっとりと唇に張り付いたルージュよりも顔を赤くした綱吉が振り払うように顔を上げた。

「そもそもオレはショタコンでもロリコンでもないんだからな!」

肩を竦めた美少女が衝撃を最小限に抑えるために綱吉に凭れ掛かりながら呟いた。

「いい訳はベッドの中で聞いてやるぞ」

「どうしてそこ限定?!」

悲鳴を上げた綱吉の声に被さるように、バスは城の門を突き破ると轟音を立てて飲み込まれていった。


おわり



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