エイプリルフール3.ソーサーにカップといったいつものスタイルではなく、日本から持ってきていた湯のみにコーヒーを淹れて啜っていた。 豆は味に煩いリボーンのお墨付きだから一級品の筈なのに、何故か緑茶の風味がして首を傾げる。 やはり長年使って染みついている匂いはコーヒーでも消せないのだろうか。 そんなことを考えていれば、執務室のドアがノックもなく開け放たれた。 バーン!といい音をさせて登場したのは眼光がいつもの3倍ほど鋭いラルだった。目の下にクマまで浮かんでいる。 「あれ?リボーンたちと一緒だったんじゃないの?」 バジル君の仕事ぶりを影から見ながら、手が必要ならば介入すると言っていたラルを見て驚いた。 湯のみをテーブルに置いて顔を上げれば、ラルはズカズカと大股にオレに歩み寄るといきなり胸倉を引っ張り上げた。 「貴様、ボンゴレのボスを辞めるだと?!」 血走った目が怖い。バジル君たちの仕事に付き合ったということは碌に寝ていないのだから寝不足なのだろう。それにしても怖い。 その苛立ち混じりの睨みを受け止めながら、どうにか目を反らさずに睨み返した。 「…ラルってさ、リボーンのこと好きなの?」 実は前々からそんな勘がしたのだ。よくリボーンはコロネロとの仲をからかっているが、最近ではリボーンがここに顔を出すたびにこうして邪魔をしに乱入してくる。 今回もバジル君という名目で同行したというのだが、本当はどうなのだろうか。 じっと見詰め返していれば、ラルは驚愕に目を見開いてオレの胸倉から手を離した。 「なっ!そんな訳ないだろうっ!貴様、何を見てそんなことを言うんだ!」 「そうかな?だっていつもリボーンがここに来るたびに邪魔しに来るじゃないか」 「…っっ!信じられん!この鈍感が!」 顔を赤くして睨んでもいつもの迫力の半分にも満たない。 余計に怪しく思えて探るようにラルの顔を覗きこめば、ラルはオレから顔を背けると懐から手榴弾を引き抜いて扉の横に投げつけた。 ドカンという音と共に小さな穴が開く。煙を立てたそこにラルは飛び込んでいくと、すぐに見えなくなった。 「…これでラルも懲りたかなぁ。でもコロネロとのことをからかうと意固地になりそうだし。…うん、これならいいよな!」 これでコロネロと纏まってくれればいいのにと嘆息しながら、少し埃が付いた服を払ってソファに深く腰掛けた。 その後からドカンドカンという爆音が遠くで聞こえてくる。ラルの八つ当たりって怖い。 自分のせいだとは分かっているが、そこまでオレを追い詰めたみんなが悪いのだと責任を転嫁して気を紛らわせるために時計に顔を向けた。 「もう5時か。うーん、ちょっと小腹が空いたかも」 飲み物だけで空腹を誤魔化すことが難しくなってきた。しかしあの状況ではメイドに食事を作らせるだけで超過勤務になる。 どうすべきかと悩んでいると、コンコンという音が扉の向こうから響いてきた。 「綱吉様、朝早くに失礼します。お食事をお持ちしました」 いつものメイドの声にパッと顔が明るくなる。 慌ててソファから立ち上がると、メイドが扉を開けるのももどかしくドアノブに飛びついて押し開けた。 「おかえり!」 ぴょんと抱きついた先にはいつものスーツは見えなくて、代わりにオレの頬を押し返すのはメイド服のサラリとした白いエプロンとサラサラの手触りの黒いワンピースだけだ。 オレが飛び付くだろうことを分かっていたらしいリボーンは、引いてきたワゴンをきちんと横に押し遣ると変わらない笑顔を向けてくれた。 「どうして分かった?」 「分からない方がおかしいだろ?よくそれで誰にも気付かれなかったよな」 どう見てもリボーンだ。リボーンのままメイド服を着てメイクをしているだけなのに、みんなにはそれがいつものメイドに見えるのだと言う。リボーンには見えないらしい。 愛の力だよと言えば、リボーンはニヤニヤと笑うから照れているのだと分かる。素直じゃないところが可愛い。 離れていたせいで前よりずっとリボーンを愛おしく思う。 匂いさえ変えて変装するリボーンに身体を押し付けて顔を寄せれば、すぐに口付けをくれるから服に手を掛けてつま先立ちをした。 見た目はアレだが中身が肝心だからオレは気にしない。 帰ってきてくれた、それが一番嬉しい。 まだ聞こえる爆音を背に、名残惜しげに唇を離すと顔を見合わせる。 「おまえ、ボンゴレの中も外もすげぇことになってるぞ」 リボーンの言葉にふふっと小さく笑うと、嘘だよと舌を出す。 「そうだな、今日はエイプリルフールだしな」 「うん。一日だけだから、いいよね」 後ろ手に執務室のドアを閉じると、仮眠室のある部屋へとリボーンの腕を取って歩き出した。 おわり |