10.リボーンの手を引いて、いつも利用している停留所まで歩いていく途中後ろから声を掛けられた。 可愛い女の子からなら嬉しいのだが毎度毎度お馴染みの低い声。 けれど今日はまだ声変わり途中の低さと高さが入り混じったそれになんだろうと振り返ると、オレより少し背の高いくらいの中学生が自転車をひいて立っている。 「なに?」 そう声を掛けると顔を赤くしてモジモジし始めた。 ここ1週間、毎朝毎晩こうして男にだけ声を掛けられるようになったオレはそれだけで察しがついた。 思い切った様子で顔を上げる少年に分からないよう内心でため息を吐く。 「あの、学校の行き帰りにあなたをよく見掛けて…可愛いなと、」 「はぁ…」 気持ち悪いオタク男や陰湿そうなストーカー野郎ならば即座に切って捨てるのだが、相手は純朴そうな中学生だということに躊躇いを覚える。 いや、しかし、なんでこうも男ばかりが毎日毎日釣れるのだろうか。 「そんなの毎晩オレとシテるからだぞ。」 「ひぃぃい!変なこと言うな!」 というか心を読むな。 オレとリボーンの会話についてこれない中学生が訝しんでこちらを見詰めていた。 慌てて手を振る。 「なんでもないから!」 「なんでもなくねぇだろ。ほらよ。」 一声の後いきなりジャケットのジッパーを下げられると中のシャツを掴まれて思い切り捲り上げられた。 「っ!?」 「うわっ!」 急いでシャツを下げても遅かったようだ。顔を真っ赤にした中学生が鼻を押えて蹲っている。 ポタポタと道路に零れる鮮血に驚く。だからなんでオレの胸見てこんな具合になるの。 「分かったか?子供はお呼びじゃねぇってこった。おい、バスが来たぞ。」 「う、うん。……ごめんね?」 停留所に丁度停まったバスのドアが開き、リボーンがオレの手を取って乗り込もうとする。鼻血を出した中学生が気になりつつも強い力に引っ張られ肩越しに言えば視線の先の中学生はホワンとした表情でこちらを見続けていた。 焦点の定まらない視線は声を掛けてくる男たちと同じだ。 手を振るのも悪いだろうと無視して乗り込むと、中学生はバスから見えなくなるまでその場に立っていたようだった。 ああ、本当にどうしてこんなことに。 しかも車内に入った途端に纏わり付く視線があちらこちらから飛んでくる。 「なぁ、ここんとこ一日に2〜3人から告られてるんだけど?」 「よかったな、モテて。」 「違うだろ!っていうか何で男ばっかり?!」 通勤、通学ラッシュの車内は少し窮屈だがまだ立っている隙間はある。 その隙間から斜め下のリボーンに小声で食って掛かるといかにも小馬鹿にした返事が返ってきた。 「元々だろうが。今さらストーカーが何人増えようが変わりねぇだろ。」 「あるよ!」 否定しきれないのが辛い。 しょっぱい顔でため息を零していると後ろをもぞりと何かが撫でていく。デニムの生地の上からなぞるように動くそれにまた痴漢かと身体が強張るとリボーンが懐から黒光りする物を取り出した。 冷たい金属を手の甲に押し付けられて、慌てて尻を撫でていた手が遠退いていく。 「…いつも思ってるんだけど、それってモデルガンだよな?」 「撃ってみりゃ分かんだろ。そいつの手に風穴開けてみるか?」 チラと先ほどの手が去っていった方向へ視線を向けるリボーンに全力で拒否した。 「結構です!」 カチャという音はいかにも重い鉄が擦れる音に聞こえる。 フンと鼻を鳴らすリボーンは、オレの周囲を一瞥してからそれを懐に収めた。 「ヴァンパイアのもつ特殊な能力のせいで、その身に精液を注がれるとその気のある男やない男まで引き寄せられちまうんだと。昔、同族がそんなことを言っていたな。」 「なんだよそれ…そいつ実験でもしたのか?」 「ああ、そうだぞ。研究を続けたいがために自ら同族になった変わり種だ。普通、不死になれば気が狂うか俗世を嫌うかだが、そいつだけは研究に没頭できると喜んでいたからな。今でも変わりねぇらしい。」 無表情でそう呟くリボーンは、オレから見てもそのどちらにも感じられなかった。 淡々と過ごしているように見えてなにかを探している。 「リボーンはそのヴァンパイアと仲いいの?」 「冗談じゃねぇ。誰があんなマッドサイエンティストなんかと。」 鼻の頭に皺を寄せ、心底嫌っているらしい表情を浮かべるリボーンに、何故かほっとする。 ずっと傍にいる相手を求めているのだと知って胸が疼いた。 リボーンと出会ってから見るようになった夢のせいで自分とその人物とがごっちゃになってしまっているらしい。 大体、あの夢はただの夢であって本当に過去のことだとはいえないというのに。 小さくため息を吐いたところでバスがいつもの停留所へと滑り込んでいった。 日本人という人種はとことん余所の国の祝い事や行事を取り入れるのが好きらしい。 先日やっとハロウィンの片付けが終わったばかりだというのに、今度はクリスマスだと言ってモミの木を模した大きなイルミネーションを飾りつけている。 一年で子供たちが一番嬉しい時期でもあるクリスマスから年末は、けれど大人になってからは慌しいことこの上ない季節というだけだ。 それでも子供たちの嬉しそうな顔を見るだけで報われるのだからそれもいいのだろう。 今年は本格的なクリスマスツリーをと、園長がイルミネーションとは別に本物のモミの木を飾ることになっていた。 小さいポップコーンに糸を通す作業は、不器用なオレには非常に辛い。だからといってクリスマスオーナメントを作るなんて出来る訳もないので必然的にこちらを受け持つことになった。 子供たちがお昼寝をしている時間を作業に当ててひとりブスブスとポップコーンに針を刺していると、手が滑って指に突き刺さった。 「いっ!」 深く刺したらしく血の玉がぷっくりと指の先に出来た。 危なくないように針の付いたポップコーンを横に退けて指を舐めていると、子供たちが寝ている部屋の奥からリボーンがふらりと近付いてきた。 廊下を挟んだ向こうから引き寄せられるようにこちらに向かってくる足取りに違和感を覚える。 見た目は子供のリボーンだが、雰囲気が夜のリボーンみたいだ。 運悪くというか、それとも運よくというか、子供たちはぐっすり眠っていて他の先生たちはオーナメント作りのために園庭で木の実拾いをして出払っていた。 足音も立てずに近寄ってきたリボーンはいつもの無表情が嘘のようにニマリを笑みを浮かべていた。 この表情には覚えがある。毎晩イキたいと泣くまで焦らしているときに見せる顔だ。 ぞわぞわと這い上がる悪寒に思わず尻で後ずさるも、まだ血の滲む指を取られて口を寄せた。 赤い舌がペロリと指の先を舐め取るとあっけなく力が抜けていく。 腰砕けの状態のまま、目の前の光景を眺めるだけだった。 丁寧に舌を這わせ血を啜っていたリボーンは、ふと思いついたように顔を上げて強い力で顎を摘み上げると指から口を離して顔を近付けてきた。 爛々と暗い光に輝く瞳から逃れる術もなく、寄せられる唇を拒めずに重ねつけられた。 強引に割って入る舌は毎晩受け入れているものと違って小さいのに、同じ手順で舌を絡め取られる。舌先に残った血の味を味わうように幾度も舐めては吸ってを繰り返し、息継ぎも出来ない苦しさに喉の奥で声を漏らすとやっと顔が離れていった。 浅い息を繰り返す先では不敵な笑みを浮かべたままのリボーンが、オレの肩を掴んで床に押し倒してくる。 さすがにこれはヤバいと手で押し退けようとした時、ズーンという音が廊下の端から響いてきた。 大きな大きな飾りつけ前のモミの木が、廊下に転がっていた。 . |