リボツナ | ナノ



10.愛されすぎて不安




執務室の窓から見える青い空には薄い雲がゆるやかに流れていた。今日は来訪者もいないし、守護者も獄寺くん以外出払っている。つまりは日常といえるだろう。
先ほどメイドが淹れてくれたコーヒーに口をつけながら、オレの視界の端で同じくコーヒーカップを掲げているリボーンに視線を戻すと怒涛の10日間を振り返った。


ことの始まりは9代目と乗り合わせた車上の件に端を発する。
普段ならば9代目の護衛として彼の守護者が傍についているところを、その日はオレが護衛役を兼ねることにして9代目の隣に腰を据えていた。
半年後に控えた襲名の準備とその心構えなどの教えを請うためだったそれが、まさかこんなことになろうとは…今でも信じられない。
そもそもオレがマフィアのボスを継ぐことすら想像していなかったのだから、そんなオレの恋人が稀代のヒットマンになるなんて誰が想像出来ただろうか。
これといった特技もなく、少し人より打たれ強いことが売りといえばそうかもしれないオレは、見た目も中身もごく普通の男だと思う。
そんなオレを天使だと言い続けるリボーンはといえば、こちらは間違いなく色男だと言える。
どうしてオレなんかの恋人になったのか不思議でならないリボーンの顔をコーヒーの湯気越しに覗き見ていれば、オレの視線に気付いた顔がほんの少しだけ緩む。その瞳に慣れなくて、また視線を泳がせた。

「何だ、どうした?」

獄寺くんの消えた執務室はオレとリボーンの2人しか居ない。
その広い室内の真ん中に置かれた机の前で、最近やっと飲めるようになったコーヒーを啜っていたオレの横へと歩いてきたリボーンは、カップを机の端に置くとオレの顔を覗き込んできた。

「赤くなったぞ」

「…分かってる」

言われなくても頬が熱を持ってきたことぐらい知っている。
リボーンの顔を見るだけでこんなに真っ赤になるから、獄寺くんがそんなオレを見て堪えるように唇を噛むのだ。
ボスのオレがこんなんじゃダメだと思うからリボーンを視界に入れないようにすると、今度はオレが不安になってしまう。
昨日は守護者の訓練と称した訓練にコロネロと2人で出掛けてしまい一日顔を見れなかった。
まだほんの一週間しか経っていないというのに、その一日が思った以上に堪えたなんて誰に言えよう。
だから今日はずっと傍にいて欲しいと寝顔にそっと呟けば、聞こえていたのか朝からこうして離れずに視界の端に居てくれている。
愛されてるなと思う。それを疑うことはないが、そんなにオレを甘やかしてもいいのだろうか。
ダメになってしまわないかと、そんな自分が飽きられてしまわないかと怯える。
自分に自信がないオレは、覗き込まれた視線を見詰め返すことが出来ずにため息を吐き出した。

「つわりか?」

「って、ないよ!オレ男だって!」

子供が出来たらいいな、なんて思ったことは言えないが。
カップを机の上のソーサーに戻すと、肘をついてその手に顎を乗せる。視線を上げられずに机の上の書類に向けたまま訊ねてみた。

「…リボーンはさ、オレの……ど、どこがよかったの?」

それは恋人になった当初から抱いていた疑問だった。
マフィアになることを嫌がっていたから、リボーンがどんな人物かを知ったのは付き合い始めてからだ。
最初は匿名希望の某軍師からの手紙でリボーンがいかにモテるのかを知らされ、その後もコロネロや獄寺くんに山本、果てはマフィア嫌いの骸にまでリボーンの人となりを語られるに至って不安になった。
誰もがみんな、口を揃えて言うのだ。『彼はやめておいた方が身のためだ』と。
オレには釣り合わないことは分かっていたから、その言葉も甘んじて受けてはいたけれど、そうなるとリボーンの真意が知りなくなった。
大事にされていることは分かっている。だけど一言でいいから納得のいく言葉が欲しい。
天使だなんていう睦言はベッドの中だけで十分だ。

自分で訊いておきながら、やはり怖くなって顔を伏せていると、リボーンはオレの頭の上で小さく笑って顎に手を掛ける。強い力で引かれて視線がかち合った。

「天使じゃ不満か?」

「そうじゃないけど、」

不満じゃなくて不安ではある。そうは言い出せないオレは、顎を掴むリボーンの腕の袖口に手を伸ばした。
逃げ出しそうな自分の視線をどうにかリボーンに向けていれば、リボーンはそんなオレを見て目を細める。

「今からするか?」

「もうしばらくしたら獄寺くんが来るから遠慮する」

いくらオレとリボーンが恋人だと知っていても、男同士のくんずほぐれつは見たくないに違いない。
そう返事をすれば、リボーンは悩ましいため息を漏らして顔を近付けてきた。

「お前は他人に気を使い過ぎてるぞ。もっと欲望に忠実になってみろ」

「いやいやいや…当然の配慮だろ!」

円滑な人間関係を望みたいなら当たり前だと言い返す。するとリボーンは机に乗り上げてオレの肩に手を伸ばして、そのまま力任せに椅子に押し付けた。
上から押さえ付けられて身動きが取れない。逃げ出せなくなったオレの顔に顔を寄せると、熱い息を吹きかけてきた。

「昨日はひとりで寝させて悪かったな」

「大丈夫だって!ひとりは慣れてるから…っ!」

その前は4日連続でシタのだ。その意味では昨晩は久しぶりにゆっくり寝られたと言える。それ以前はベッドに自分以外居たことなどないのだから、いきなり変わったものだと思う。
けれど、もう一人寝には戻れないだろう。自分以外の温もりを教え込んでいったリボーンの湿った息遣いに身震いする。
それに構わずゆっくりと唇が重なり、啄ばむように何度も触れては離れていく唇を追って顔を近付けていけば、机を跨いでいた脚がオレを挟むように机に乗り上げてくる。
獄寺くんには悪いけど、もう止まらない。
リボーンの手がネクタイを引くと、魔法のように片手で解けていく。シュルという衣擦れの音を聞きながら目を閉じて身を任せていれば、口付けの合間に低い声が聞こえてきた。

「どこなんて答えられる訳がねぇだろ?しいて言や全部か。だが、それじゃお前は納得しねぇだろうしな」

確かに納得は出来ない。出来ない理由は自分にあるから、それをリボーンに求める方がおかしいといえる。
申し訳ない気持ちで口を開こうとすれば、リボーンは器用にオレのシャツを開いて手を差し込んでくる。

「ひ…っ、あ!」

乳首を捏ねられ声を上げるオレに、リボーンの舌は耳朶を舐めた。
鍵を掛けていなかったことを思い出しても、今更遅い。
どうしようかと惑うより早く手が唇がオレを追い上げていく。
息を漏らすまいと閉じた唇の先に、またリボーンは呟いた。

「守護者を鍛えてやったのもお前のためだ。ヴァリアーのボス猿とやり合ったのも、シモンに見せ付けたのも、ラルと殺し合いをした件もだぞ」

守護者を鍛えてくれているのは素直に嬉しいと思っている。たとえ獄寺くんたちが大きなお世話だと思っているにしても力は蓄えておくに越したことはない。
しかしヴァリアーやシモン、門外顧問のいざこざは必要だったのか。

チラリと片目を開けてリボーンを覗けば、目の前の顔は不敵な笑みを浮かべている。
確かに愛されている。そう思えるというのに。

「愛されすぎて不安かも…」

オレのためにという一言の重さに、気付きはじめた瞬間だった。


おわり


2012.03.20







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