5.あの時の反応がさ、どうしてその時、あの場所に居たのかといえば、ベルとの賭けトランプに負けてベルの代わりに書類をひとつ仕上げなければならなかったからだ。 ヴァリアーはあくまで独立暗殺部隊という名目を保っていたが、ボンゴレであることは確かで、つまりはボンゴレからの仕事を引き受けることが多いということだ。 その書類の件も9代目から頼まれた仕事によるものだった。 ボスからして書類仕事は人任せで、部下も右ならえの者たちばかり。ボクも金にならない仕事は引き受けない主義だがら、必然的にスクアーロが一手に処理をしていた。 それなのに何故、今日は引き受けたのかといえば、今日中に出さなければ修繕費やその他モロモロをボンゴレが出してくれないというのだ。 普段ならばスクアーロの仕事だが、今日に限って別の仕事が長引いてどうしても帰って来れない場所に居る。 つまりは誰かが貧乏くじを引かなければならなかった訳で、それを決めるトランプに負けたということだった。 レヴィにたきつける気でいたことをルッスーリアに見抜かれたせいで、こうして一人で書類を仕上げている。 代わりに誰も見ていないから金額を書き換えてその分を懐に入れてしまおうと幻術を発動させようとしたその時、嫌な気配が割り込んできた。 「何だ、陰気くせぇ場所だな」 と、一言で発動前の空間を打ち破るとドアの向こうから現れる。 黒い帽子に黒いスーツ姿の背の高い男の顔を見て顔を歪めると、男はフンと鼻で笑った。 「ご挨拶じゃねぇか。こっちも来たくて来たんじゃねぇから安心しろ」 「だったら気軽に来ないでよね。迷惑だよ」 そう返したものの、コイツがここにいる現状に舌を打つと見張りを内心で罵倒した。 ここは暗殺部隊のアジトだ。いくつもの潜伏場所を持ってはいても、本拠地といえる場所はここで、つまりは警備が一番厳しいとも言える。 そこへ無傷で入り込んできたということは、外の隊員が倒されたということで間違いない。 給料分の働きも出来ない下っ端に苛立ちながら、それでも手は止めずに術を練る機会を窺う。 コイツには意地でも弱みなど見せたくはない。 「仕方ねぇだろ…ツナに頼まれちまったんだ。断れるか」 ツナ、という名にボクの動きが止まる。その名は次期ボンゴレのボスで、ヴァリアー隊のボスであるザンザスを負かした男の名前だ。 ペンを置いて厄介な昔なじみを見詰めた。 「どうしてその名前が出てくるんだい?」 いくらコイツとはいえ、そうそう会える人物ではない。現在は9代目の元で各方面に繋ぎをつけるために顔を見せている最中とはいえ、一介のヒットマンがお目に掛かれるほどボンゴレは安くない。 なにかしでかしたのかと胡乱げに眺めていれば、視界の先でリボーンは目元を帽子で隠したまま口端を上げた。 「知らねぇのか?いくら昨日の今日だとはいえ、てめぇらは同じボンゴレだろう?」 いつも通りのしゃらくさい返答に視線を険しくすれば、リボーンはおどけたように肩を竦める。 「ボンゴレの…いや、10代目ボンゴレの護衛を任された。裏の仕事もするから、てめぇらとかち合うこともあるっつーことでこうしてご挨拶をって訳だ」 「いらない手間だね。例えオマエがサワダの護衛だとして、ボクらが邪魔だと思えば消えて貰うだけだ」 当たり前のことだと互いに知っているから、リボーンの返事はない。 仕事に差し支えがあれば消す。そうでなければ自分がやられる。そういう世界なのだと、いつになったらサワダは覚えるのだろうか。 昔から変わらない甘っちょろい性格にイラついて唇を噛んでいると、リボーンは分かった風にクツリと声を漏らした。 「そこがあいつのいいところでもある」 「どこが!部下を部下とも思えない甘ちゃんに何が守れるっていうんだい!」 「フン、随分と知った口をきくじゃねぇか」 面白くもなさそうに言われ、自分の失言に顔を伏せた。ボクは何をこんなヤツに言いたかったんだろう。 誤魔化すように頭を振ると、余裕の表情でそれを見ていたリボーンの視線に気付いた。 そういえば、こいつはどうしてボンゴレの護衛なんかになったのだろうか。 「…オマエはどうしてこんな場所に来たんだい?」 誰にも縛られることなく、ただ仕事をこなしていただけだったコイツが何を考えてボンゴレについたのか。 自分とは違う価値観の殺し屋だったことを思い出す。 「もう忘れちまったのか?だからツナに言われたと、」 「そうじゃないだろ、その裏だ。何が目的なんだって訊いてるんだ」 ボクのように金払いのよさで選んだとは思えない。表情を隠すために被っているフードの下から睨みを利かせていれば、リボーンは帽子のつばを指で少しだけ上げて笑みを見せた。 「ここに来ればあいつを好きにしていいと言われたんだ」 「あいつ?好きにしていいって、生かすも殺すもオマエ次第ってことかい」 コイツらしいエグイ話だと口をへの字に曲げれば、リボーンは頭を横に振って否定する。 「これだからガキは…。好きにしていいってのは、ナニをしても構わないってことだ。オレだけのもんになると誓ったんだぞ」 「ナニ…って」 女という女は手当たり次第愛人にしているという噂のコイツが、よもやそんな話を餌にボンゴレ入りをするとは夢にも思わなかった。 女なら腐るほどいるだろうにと信じられずに呆然と見詰めていれば、リボーンは絶句したオレにニヤリと笑いながら口を開いた。 「知ってるか?あいつの蕩けた顔を。唇を寄せればすぐに顔を赤くして逃げ出そうとする癖に、キスを落とすとせがむようにつま先立ちしてされるがままになる姿を。手に入れる前よりずっとイイ顔になったんだぞ」 「…オマエの電波系官能小説の一文はいらないよ。で、誰なんだい?その哀れな子羊は」 他人の惚気なんてアホらしくて聞いていられない。そう思い、とっとと立ち去るように返事をすれば。 「何を聞いていやがったんだ。ツナに決まってんだろ?」 「なんだって?」 今、聞いてはならない名前が聞こえたような。 そんなバカなと首を振ると、リボーンに先を促すように視線を投掛けた。 するとリボーンは座ったままで懐から銃を取り出し、奥の部屋に向けて引き金を引いた。 「その奥にサル山のボスも居るんだろう?何度でも言ってやるぞ」 そういえば、ボスが奥で昼寝をしていたことを思い出す。 リボーンの弾が奥の部屋に続くドアを壊し、開け放たれたその奥から起き上がる気配を感じた。 「ツナはオレのものになった。てめぇらは大人しく指でもしゃぶって見てろ」 複数形にされたことに気付けないまま、ボスに『挨拶』をしにきたらしいリボーンとの戦闘に巻き込まれて、一日は暮れていった。 2012.03.14 |