リボツナ | ナノ



4.妊娠願望。




昨晩は10代目に留守番を言い渡されたオレは、朝早くから執務室に篭ると彼が来ることを今や遅しと待ち構えていた。
既に9代目から10代目へと守護者や構成員も代変わりを果たし、10代目と右腕となるオレが組織を動かすべく指揮系統の最上部へと上り詰めている。
普段ならばもういらっしゃる時間だというのに、今日に限ってまだ姿を見せてはくれない。
苛々としながらも主の採決を待つ書類に目を通し、それに資料を添えたり報告書を纏めたりしているのも限界だった。
今日だけで何度目なのかすら覚えていないほど腕時計の文字盤を睨み、そろそろ短い針が11時を指そうかといったところで聞き覚えのある足音が聞こえてきた。
パタパタという軽やかなステップの合間にわぁ!とかひぃぃい!という可愛…いや、渋い悲鳴を上げて近付いてくる気配がひとつ。

「ご、ごめんっっ!」

という謝罪と一緒に扉から10代目が飛び込んできた。
今まで寝ていらっしゃったのか、茶色の髪はお世辞にも整えられているとは言えず、あまつさえ中学時代からあまり変化の見えないない顔にはよだれの跡さえ残っている。
つまりは、

「昨晩は遅くまでお疲れ様です!あんなにボスになることを嫌がっていたのにボンゴレのために…!付き添えなくて申し訳ありませんでした!」

付き添えなかったというより、付き添いを拒否されたのだがそれはもういい。
それよりも身を粉にして組織のために働くボスの姿に男泣きが漏れると、10代目は何故か顔を赤らめて俯くようにしゃがみ込んだ。

「どうかされましたか?!」

昨晩の報告では怪我などなく、逆に相手を懐柔したと記述があったから安心していたというのに違うというのか。
10代目は誰かが傷付くことを極端に嫌がる部下思いのお優しい性格だ。それぐらいならば躊躇いなく自分を差し出してしまうから手に負えない。
だから俺が付き添うと言ったのに、獄寺くんはムチャし過ぎるからダメ!っと叱られて思わずはいと返事をしてしまった。俺のバカ野郎!
悪戯っ子をたしなめるような口調が可愛かったなんていい訳にもならない。
何かに恥じるように震えてしゃがみ込む10代目の前に手をついて、よく手入れされている絨毯に額を押し付けた。

「すいませんでした…!」

「って、ええぇぇえ?!ちょ、なに?どうしたの?」

土下座の姿勢のまま顔を上げない俺に、慌てて10代目が手を伸ばす。近付く10代目からいつもとは違う香りがして、トワレを変えたのだろうかとふと思ったが、今はそれどころではない。
額を床に押し付けたままの俺に、10代目は小さく息を吐いて俺の前に膝をついた。

「顔、上げてよ。昨日のこと…話したいから」

「はい…」

恐る恐る顔を上げた俺に10代目は柔らかく笑い掛けると、どこから話そうかと迷うように視線を彷徨わせる。

「えっ…と、とりあえず怪我はしてません!だから獄寺くんが謝ることはないんだ。それは分かる?」

こちらを覗き込む大きな茶色い瞳にうっかり頷きそうになって、慌てて首を振ると自分自身を諌めた。10代目は隠し事をするから素直に頷けない。
確かめるように10代目の身体に視線を巡らせていけば、上から覗き込んでギリギリ分かる程度のYシャツの襟首の奥に赤い跡を見付けた。

「そこは…?」

もっとよく見えるようにと顔を寄せると、俺の視線から隠すように10代目の手がそこを覆う。しかし。

「手首にも赤い跡がありますが?」

「え?あぁ!…っ、うう…」

指摘した首を竦め、手首も俺から隠すように身体の後ろに回したが、今更というものだ。
しっかりと目に焼き付けたそれは、いわゆる『キスマーク』というヤツで…昨日の昼間にはなかったということは、昨晩から今朝にかけて付けられたということになる。
どうしてそんなものを10代目がつけているのか分からずに首を傾げた。
今現在、10代目には愛人もいなければ恋人もいない。何故それを知っているのかといえば、俺と山本でことごとく恋の芽を潰してきたからだ。
これからボスになるという10代目にはまだ早い、という名目で邪魔者を排除してきたのだ。しかし山本や同じ守護者の面々だけはどうにもならなくて頭の痛いところだった。
さては俺に内緒で山本が10代目の寝室に忍び込んだのかと、急いで立ち上がろうとすると、10代目を慌てた様子で俺の腕にしがみ付いてきた。

「違うから!山本じゃないから…っ!」

「なら骸ですか?それとも雲雀の野郎が夜襲を…」

呟いている内にそうに違いないと思えて、腹の底から怒りが湧き上がってくる。
誰のものでもないから我慢していたのに、それを横から掻っ攫われて大人しく出来る筈もなかった。
そんな俺にしがみ付いたままの10代目は、ぎゅっと力を籠めて俺を引き戻すと顔を近付けて言った。

「骸でも、雲雀さんでもないよ…それに、ムリヤリだった訳でもない」

「じゅっ…だい、」

はっきりと、だが恥ずかしげに頬を染めての台詞に声が出せなくなる。
言葉を失った俺の視線を貼り付けたまま、10代目は俺を覗き込むように視線を合わせた。

「リボーン、って知ってる?」

突然話を変えられたことについていけず、首を縦に振るだけで精一杯になる。
すると10代目は言葉を選ぶように口を開いた。

「オレ、9代目が襲われた時に初めて見たんだ。敵なのに恰好いいなって…ダメだって分かってたけど、ヒットマンとして関わりを持つならいいかなって、」

言われて頭の中のデータを開く。リボーンという人物は年齢も、姿形も不詳のフリーのヒットマンだった筈だ。
それが今の話とどう関係があるのだろうか。
たどたどしい口調で話す10代目の顔を間近で眺めていると、やはりいつもとは違う香りがする。それが誰かの移り香だと分かって顔が強張っていった。

「昨日、9代目の守護者経由で接触してたんだ」

道理で。10代目の痕跡を辿れない筈だと納得しつつも、それほど10代目が欲したヒットマンに興味が湧く。
以前読んだ報告書には、いままで一度として彼から逃れられた者がいないとか。なるほど、ボンゴレには暗殺集団はいてもスナイパーは手駒にないのだと頷く。
先を促すように10代目を見詰めれば、見られたことで余計に顔を赤くしてとうとう俯いてしまった。
どうして、と思うより先に10代目の恥らう姿にだらしなく顔が脂下がる。

「っ…!その!このキスマークの相手なんだ」

「誰がですか?」

突然のカミングアウトについていけず思わず問い返せば、10代目は真っ赤に染まった顔を少し上げて口を開いた。

「だから、リボーンが」

「はい…?」

10代目がスカウトしてきたヒットマンが…なんだって?
考えることを拒否した頭では10代目の言葉が飲み込めない。何の話をしていたんだろうかと、頭の中で言葉を探していると、また10代目が呟いた。

「子供って、いいよね。好きな人との間に自分の子供が産まれるのって幸せかなって…。あっ、男同士だから出来ないのは知ってる!いくらオレでもそれぐらいは知ってるから!!」

俺を置いてきぼりにしたまま、10代目は何かを求めるような瞳で言葉を吐き出していく。

「でもさ、男同士でも子供が出来たらなって!」

オレ何言ってんだろう!と身悶える10代目に、ふととんでもない台詞を漏らした。

「あのー…10代目とリボーンさんとやらは、子供が出来るようなことをされたんスか?」

訊いた途端に10代目は動きを止めて、耳どころか首まで赤くなる。
下手な返事より明確な答えに、俺は無情なこの世界から意識を手放さざるを得なかった。




2012.03.13







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