リボツナ | ナノ



2.王子様だし




いつものように、いつもの如く、ボンゴレの次期ボスになるという沢田綱吉の居る執務室へと紛れ込む。
本人はいまだに向いていないだの、役者不足だのと戯言をほざいているが、こちらから見れば彼以外に適役はいないとしか言えない。
今日もまた逃げ出したいから手助けしてくれと泣きついてくるのかと嘆息しながら、しかしまんざらでもないそれを思い起こして笑いが漏れた。

「クフフ…クハッッ!」

ボンゴレの主を守る厳重な警備を任された護衛たちを幻覚で巻いてきたことも忘れ、小声というにはいささか大き過ぎた笑い声を広い廊下の真ん中で漏らしていれば。

「あれ?誰かと思ったら骸かよ。今日はクロームが来てくれると思ったからいいチョコ用意してたんだけどな…」

などと可愛げのないことを口にしながら、妄想していた本人が現れた。
出逢った頃とあまり変わりない小柄で細身のまま、口の悪さだけは成長した彼は、そこも変わらなかった大きな瞳を見開きながら小首を傾げてこちらを覗き込んできた。

「ちょっと!それはどういうことですか!僕の方がチョコレートの良し悪しは分かるんですけど!!」

聞き捨てならない台詞にそう抗議すると、アハハ!と近年見たこともないような笑顔を見せて隣に並んできた。
こんなに大人しく僕の隣を歩く彼を見たことがない。
普段ならば僕の気配を感じただけで逃げ出す彼が、今日はこちらの様子を窺うように歩調を合わせて隣にいる。
そのいつもとは違う様子に何故かソワソワと落ち着かない気分で視線だけを横に向けた。

「…今日は逃げ出すために護衛を巻いてきた訳ではないようですね」

そう水を差し向けてやれば、出会った頃より少しだけシャープになった頬を染めて恥ずかしそうに視線を伏せる。
まばらな睫毛の先が迷うように揺れている様を見て、動悸が激しくなってきた。
いや、まさか。
だがそうだとすれば、今までの彼の行動にも合点がいく。
嫌よ嫌よも好きの内という日本語も存在することは知っているし、彼はどちらかといえばシャイな日本人気質だ。
なるほど、そういうことだったのかと頷くと、ニンマリと頬を緩ませながら彼の細い肩に手を掛けた。

「どうしました?誰か居ては言い難いことでも…?」

顔を寄せ、小声でそう囁けば、彼は見る間に項から耳まで真っ赤に染めていく。
それを見て期待に脈打つ鼓動を押し隠しながら肩をぐいと引き寄せると、辺りに幻術を使って誰にも邪魔されないようにしてから彼の顔を覗きこんだ。

「あ、あのさ…誰にも言わないでくれるかな?」

躊躇いがちに視線を合わせる彼に余裕を見せつけるように鷹揚に頷いてみせる。だが、実際のところは僕も顔を赤らめないようにするので精一杯だった。

「オレ今まで女の子が好きだとずっと思ってたし、今も男と女のどっちがいいかと訊ねられれば女だと胸を張っていえるけど…」

そんな言い訳などしなくても構わないのにと、首を縦に振って先を促す。

「でも、その…!一昨日からオレ、おかしいんだ!」

「一昨日から?……それはまた、急な話ですね」

突然気付くにしても中途半端だと思いつつ、けれどそれには目を瞑って相槌を打った。

「うん…。獄寺くんに知られたらきっと反対されるし、山本に相談したら軽蔑されるかもしれないって思ったんだけど」

獄寺の反発はともかく、山本はどうだろうか。少なくとも軽蔑はしないだろう。というより絶対にない。
それを分かる程度には彼らとの付き合いも長いが、それもこれも目の前の子供のような顔をした彼との付き合いがあってこそなのだ。
僕よりもほんの少し先に出会った2人との親密さに面白くないとへそを曲げかけると、目の前の顔が寂しそうに顔を背けて幻覚から逃げ出そうとする。
それを慌てて押し留めると、掴んだ肩をぎゅっと引き寄せた。

「何を躊躇しているんですか。言ってしまいなさい」

どうにか取り繕ってみたが、本心は早く彼の告白を聞きたくて仕方がなかった。
漏れそうになる笑い声をどうにか堪えて、優越感に浸りながら迫ると彼は驚いたように腰を引いて逃げ出そうとする。

「ちょっ、近いんじゃ…まあいいか。一昨日に9代目が襲われた件は聞いてる?」

何故か話が変わったことを不審に思いながらも、ええとだけ答えると彼はその時を思い出すように目を細めて話を続けた。

「その時さ、丁度オレも車に同席してたんだ。だから、ヒットマンが近付いてきた気配に炎を纏って飛び出していったら、」

「君は何をしているんです!そういう仕事は番犬に任せろと何度言えば…!」

絶対に彼が乗る車にはストーカー気質の番犬が主を守るために同席していた筈なのだ。それをどうして、と憤る僕に悪びれなく愛想笑いを浮かべて流そうとする。

「大丈夫だって、簡単に殺されないよ!それでさ…」

マフィアは死んでも相容れないが、彼の守護者であることだけは確かなのだと言い掛けて口を閉ざす。複雑な僕の気持ちを汲んで曖昧にしようとする彼に乗るしかないだろう。
過ぎてしまったことは仕方ないと不承不承頷けば、彼は茶色い髪をふわふわと揺らしながら迫ってきた。

「出会ったんだ!王子様ってああいう人のこというのかな?目と目が合った瞬間、この人だッ!!て思えた!」

「……………なんですって?」

「だから、会っちゃったんだよ!オレの運命の王子様!」

真顔で寝言をほざく彼の額に手を伸ばして熱をはかる。しかし残念ながら熱はなさそうだ。
とすると。

掴んでいた肩を引き寄せそのままひょいと担ぎ上げる。細い細いとは思っていたが、この調子ではクロームとさほど変わりないかもしれない。
らしくもないボス稼業なんかを継ごうなんて思ったりしたからこうなったのかもしれない。
そう結論付けると周囲を遮っていた幻覚を戻して医務室へと足を向ける。

「ひぇぇえ!どこに連れてく気なんだよ!」

「医務室ですよ。ストレスで幻覚が見えるなんてそうとうきてますからね。薬でも処方して貰わないと」

「イヤイヤイヤ!?オレ正常だけど!」

誰でもそう言うのだ。

「安心なさい、この僕以上に魅力的な男なんて存在しません。君の王子様には僕がなってあげましょう」

「ぎゃあぁぁあ!ちょ、この電波誰かどうにかして!!」

暴れる彼と、それを見付けた9代目の守護者たちが僕から彼を引き離そうと押し問答になったせいで、彼を逃がしてしまったことを、僕は死ぬほど後悔することになる。




2012.03.11







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