1.もう、天使かと思ったそいつは、いつも気軽にオレを呼びだしては、決められた時間までに顔を見せないと『躾』という名の暴虐の限りを尽くしていく。 だから今こうして呼びだされた場所に向かうのは、もうボコられたくな…いや、余計な怪我を増やしたくないからではなくて!どうせ押しつけられる面倒事ならば、先に済ませてしまおうと思ったからだ。 決して、決して!あの黒い悪魔に屈しているからではない!オレは無敵のスカル様だ! 「…なにキモいポーズつけて力んでんだ?死ぬか?」 チキッ、と黒光りする手入れの行き届いた銃口を向けられて、しかも微塵も躊躇なく引き金を引くから堪らない。 慌てて地面に伏せなければ間違いなく頭に風穴が開いていただろう。空気を裂く音がオレの居た空間を通り過ぎていく。 それに顔を引き攣らせながら喉から声を出した。 「ひぃ…ぃぃいいい!!い、いつの間に!!?」 「ほんの一秒前に決まってんだろ。てめぇみたいな格下に時間を無駄に割くのは惜しいからな」 いつもの如く、一ミクロンの慈悲も見えない瞳が帽子の影からオレを見下す。 黒い帽子、黒いスーツ姿のマフィアはよく見掛けるけれど、こいつのようにトレードマークがあるヒットマンはそうそう居ない。 くるりと巻いている揉み上げを指で弄びながら拳銃を懐にしまい込んだ男は、地面に伏せたままのオレの背中に足を乗せると力を込めた。 「ぐぇぇ!!」 「オイ、死ぬなよ?まだ用事は済んじゃいねぇんだ。それまでは気軽に息を引き取るな。オレの用事が済んだら二酸化炭素を排出しなくてもいいからな」 「どんな、エコカーだ!ぐふぅ…!踏むなっ!いえ、踏まないで下さい!!」 いくら不死身と異名を取るオレでも、痛覚がない訳じゃない。 頑丈に出来ているオレの、弱い部分を知っている男はオレの上から足を退かすことなく力だけは緩めてくれた。 「チッ!しょうがねぇ根性なし野郎だ。まあいい。それより、どうしてここに呼びだされたのか知りたいだろ?」 「別に、ブブッ!」 「知りたい、よな?」 「はい!知りたいです!教えて下さいぃぃい!」 知ったら巻き込まれることを熟知していても、今この瞬間に命のともしびが消えてしまうよりはマシだ。 哀願の叫びを上げたオレの顔を見ていた男は、そこでやっと満足そうに口端を上げて足の力を少しだけ緩めた。 「そこまで言うんなら教えてやる。オレと、天使の出会いをな」 あ、この人あっちの世界の住人になったんだ。そう思った瞬間に、オレの鼻先5センチの地面に穴が空いた。 「口のきき方には気を付けろよ?」 薄ら寒い笑みを浮かべた男に、ありったけの力で首を振って服従を示す。 そんなオレに鼻を鳴らしてから、男はまた言葉を続けた。 「あれは、昨晩の小雨の降りしきる深夜のことだった」 ちなみに今はオレの涙で地面は濡れている。はっきりいって怖い。今のオレにはこの男を刺激しないことだけが、生存への希望の道しるべだ。 目を見開いて男の顔を見上げながら頷いていれば、視線の先で男は昨晩の情景を思い浮かべているような瞳で虚空を見詰めて語り出す。 「いつものように仕事で狙撃できるポイントを探っていたのだが、そいつの周囲はことごとくダメでな。このオレが、だぞ?だが、それで諦めるオレじゃねぇ。様子を伺い、昨日の夜にやっと至近距離ならいけると確信できる場所を通ることになった。そうしたら、どうするのか分かるよな?」 分かり過ぎるほど、分かる。この男は、サドで情けも容赦もない人非人だけれど、ヒットマンとしての腕は誰にも引けはとらないのだから。 殺るためにそのポイントではっていたのだろうことは、想像に難くない。 小雨の降りしきる道路沿いで、懐に拳銃を忍ばせた男が闇夜に紛れる様まで思い浮かべて…頭に?が飛び始めた。 さっき、天使がなんたらとか言わなかっただろうか? 「せっかちな男はモテねぇぞ。ああ、てめぇは元よりモテねぇか」 一言余計だと歯噛みをしながら先を促せば、男は笑みさえ浮かべてまた話はじめた。 「ターゲットの車が見えてきて、オレは引き金を引くと車は衝撃で片輪を外し目の前で停まった。前後の車も足止めをしてから素早く近付いていくと…現れたんだ」 何が、と訊ねるのもバカバカしい。が、ここは聞いてやらなければオレはずっと地面と仲良しのままだろう。 どうしてオレがと心の中でボヤきつつ、オレを素通りして思いを馳せているらしい男に約束の合いの手を入れる。 「何が現れたんだ?」 「フッ、知りたいか?知りたいよな?凡人のてめぇには一生かかってもお目に掛かれねぇだろうな。あの、天使…」 そこまでこの男に言わせる天使とやらに少しだけ興味が湧いた。 愛人は履いて捨てるほど居るという噂のこの男に、そこまで言わしめるなんてどんな人物なのだろう。美人なのか、それとも意外にもロリコンだったら面白いのに。 しかし、この男はどこまでも規格外だった。 天使とやらを思い出しているのか、見たこともない笑顔を浮かべている姿が恐ろしい。 相手は大丈夫だったのだろうかと、思わず心配になるオレを余所に男はまた口を開いた。 「オレのターゲットの護衛についていた天使!次期ボスだということも知ってはいたが、あれほど可憐だったとは…オレの弾を炎で焼き切り、すべてを凍らせていく様は裁きの天使かと目を疑った」 「って、ちょっと待て!それってボンゴレじゃないのか!?死ぬ気の炎を凍らせられるのは、ボンゴレだよな?!!」 「明日の同じ時間の同じ場所で会うことになっているんだ。バラは持っていくべきか、それとも反ボンゴレ勢力のボスでも血祭りにあげて手土産にすべきか…!」 「おい、ちょっと!マジなのか!?マジなんですか!」 ボンゴレといえばオレが軍師をしているマフィアの敵対勢力の親玉とも言うべき巨大マフィアだ。 この男はとんでもないマフィアに喧嘩を売ったというのだろうか。 ここは逃げるべきだと、男の足元から抜け出そうとして…気配が変わっていることに気付く。 ゾワッとするほどだだ漏れの殺気に身体が動けなくなって、這いつくばっていた姿勢から恐る恐る視線を合わせると。 ニヤリ、と笑う口元だけが雲の隙間から洩れる月の光に照らされていた。 「てめぇんとこのボスならいいと思わねぇか?」 その晩、倉庫の奥から絹を引き裂くような声が聞こえたとか、聞こえなかったとか。 2012.03.10 タイトルをモノクロ メルヘンさまよりお借りしています |