リボツナ | ナノ



そういうの、ずるいじゃない




自分より小さい子には優しくするのよ?

そう教えられ続けたオレには兄弟がいない。
まあ中学まで父親がお星様になってしまっていたと聞いていたオレは、女手一つで育てている(と思っていた)母親に兄弟が欲しいなんて我がままを言える筈もなく、父親の所在が知れた今でも一人っ子のままだ。
特に小さい子供が好きな訳でもないから、楽でいいやと思っていたのに母親は違ったのかもしれないと、最近気が付いた。
ある赤ん坊がやってきてからというもの、その赤ん坊を追ってやってきたうざいチビたちが何故かウチに居付き、その面倒を楽しげにみている母親の姿があるからだ。

その赤ん坊というのは何をやらせてもダメダメだったオレを変えるべく、母親がオレのために雇った家庭教師だった。
普通、家庭教師といえば勉強を教えてくれる『大人』だろう。それがどうしてか『赤ん坊』で、しかもオレの勉強より自分の楽しみを優先させ、あまつさえオレをマフィアのボスに仕立て上げようとしている。冗談みたいだが本当の話だ。
そして何より困るのが、今のこの姿だった。

「何が困るってんだ?」

「か、勝手に人の心を読むなよ!」

以前よりも視線が重なる角度が浅くなっている。父親に似れば180を越す巨漢になれるというのに、残念ながらオレにはその予兆すらない。
そもそも、オレによく似ているというイタリア男の遠いご先祖様からして大柄とは程遠いのだ。
そんなオレの代わりに、追い越せ追い抜けの勢いで伸びていく家庭教師に視線を合わせた。
アジア系の黒髪、黒瞳とは違う色をした真っ黒い髪と深い黒色の瞳。白い肌は黄色みなどなくて自分とは明らかに違う。
いつも不敵な笑みを浮かべる口許は淡い紅がほんのりひかれているようにも見え、はっきりとした目鼻立ちは赤ん坊の頃を思い出すことさえ出来ない。
それから手足の長さをみせびらかすように組んでいた足を組み直すと、高慢ちきなほどすっと通った鼻を鳴らしてニヤリと笑った。

「どうした?オレの美貌に目が眩んだのか?」

「バッ…バカ言うなよっ!いきなり育ってきたから驚いてるだけだって!」

「フン、そういうことにしといてやるぞ」

「しといてやるも何も、そうなの!」

ムダな言い争いだと顔を背ければ、後ろから以前より少しだけ低くなった声が漏れ聞こえてくる。人を小馬鹿にしたような口調も、何様な態度も相変わらずだというのに外見が少し変わっただけで動揺する自分がおかしい。
これは母親の情操教育の賜物だといい訳をして頭を振ると、山のように出された宿題を解くべく鉛筆を握り直した。

「もう!わかんないよ!これじゃ、また炎真と一緒に追試だあ〜!」

ガシガシと頭を掻いて大声を張り上げれば、それを聞いていたリボーンがひょいとプリントを覗き込んできた。勉強机に蹲るようにしていたオレの肩に手を掛ける。
一見して小学校の中学年ぐらいには育っているリボーンは以前のように机に飛び乗ることもなく、けれど少しだけつま先を立てると肩越しに顔を寄せた。

「てめえそんな方程式も忘れてんのか。やっぱダメツナはダメだな」

「っ、ダメダメいうなよ!」

あんまりな台詞に横へ顔を向けると、思っていたより間近に迫っていた息遣いにギョっと身体が強張る。気軽に肩に乗っていた赤ん坊の頃より近い距離に驚いて椅子から飛び上がると、そんなオレの腕を簡単に握って引き寄せた。
情けないことにいまだリボーンに敵わないオレはあっという間に椅子に引き戻されて、背凭れに背中を打ち付ける。

「い…っ!」

息が詰るほどの痛みを堪えていれば、オレの腕を掴んでいない方の手が伸びてきて顎を摘まれた。オレの肩までもない身長の癖にビクともしない力で摘む指先が喉元を撫で付ける。下手に脅されるより怖いと思う自分はどこまでも自分勝手なリボーンの言動をよく知っていた。

「ツナさんっ!!こんにちはです!今日はですね、家庭科でケーキを作ったので食べてくださ…」

何の前触れもなくやってきたのはハルで、勿論リボーンに押さえつけられていたオレは身動きが取れない。そしてその恰好はといえば、背後のハルのいる位置からではリボーンとオレの顔が重なっているように見えたようで。

「ッッ!不潔です!ツナさんのエッチ!」

「って、オレ?!」

どう見てもオレがこいつにされているように見える筈なのにと、顔を後ろに向けようとした途端、目の前のガラス窓が割れて頬の真横を死ぬ気の炎が通り過ぎていった。

「つーことだぞ、ツナ」

「分かったけどさ!」

どうやらオレを狙った刺客らしい。毎度毎度ご苦労なことだ。
いつもならば獄寺くんがナチュラルストー…いや、護衛をしてくれているのだが、今日に限ってダイナマイトの取引き云々と言葉を濁していたことを思い出す。
それを知ってハルがやってきたのだろうが、同じく刺客もやってきたというところか。
一般人であるハルを危険に晒す訳にはいかないが、追い払うにしても他にやりようはあったんじゃないのかと目の前の家庭教師の顔を覗くと、同じようにこちらを見ていたリボーンがそれはそれは楽しそうに目を細めていた。

「お前さ、いくらハルを追い返したかったからってアレは酷いだろ!」

リボーンのお陰で狙いが定まらなかったのか、オレを狙っていた刺客は一撃を外すと慌てた様子で電線を伝って向かいの家の奥へと飛び退っていった。
それを目で追いながらリングに炎を灯す。
ハルを見られてしまった以上逃がしてやることも出来ない。両手の炎は煌々とオレンジの明かりを灯しながら、割れた窓をくぐって外へと飛んでいく。
死ぬ気の炎を灯せばクリアになる思考は、目測と予測の終着点を思い描きながら刺客の足取りを追っていく。直感の働くままに炎を噴射させて飛んでいこうとすると、後ろから声が掛かった。

「まあ、ハルのことだ。あれで当分お前には近寄らねえだろ」

どこまで分かっているのか、そう言われるのはおもしろくない。憮然とした表情で視線を部屋へ向けると、机の上に乗り上げていたリボーンが割れたガラスを踏みながら真顔で言った。

「なんてな」

「え?」

ハルを追い返したかった理由が、刺客以外にあったような口ぶりに目を瞠る。
浮いた状態で窓の中のリボーンを見つめていると、死ぬ気の炎を物ともせずに割れた窓ガラスの向こうから手を伸ばしてきた。

「妬きもちはてめえだけじゃねえってこった」

「は…」

言われた意味が飲み込めなくて、リボーンの顔を凝視していれば、透けるように白い頬がほんのり染まったような気がした。
何かを掴めそうな気がして手を伸ばそうとすると、それを察知したようにリボーンの手は外れて代わりに懐から見覚えのある黒い塊が現れる。

「真に受けんなよ、ガキが」

「んなっ?!」

どっちがガキだと口に出す前に、オレの脇腹目掛けて弾丸が飛んできた。

「おまっ、殺す気かよ!」

「うるせえ、グダグダ言ってると眉間に風穴開けるぞ」

「ひぃ!行くよ、行くって!!」

炎で受け止めて焼き切った弾をリボーンに放り投げると、逃げるために空へと飛び上がった。
一片の雲さえない空に目を奪われていると、すぐに拳銃の音が背後から迫ってくる。窓から乗り出したリボーンがライフルに姿を変えたレオンを使って狙撃を始めたようだ。
真剣に狙いを定めるリボーンの銃口から逃れるために、刺客の逃げた方向へと身体を反転させるとリボーンはライフルを肩に担いで身を乗り出した。

「きちんと殺ってこいよ?」

「無理だから!」

分かっている癖にそう声を掛けるリボーンから顔を背けて飛んでいく。後ろから聞こえる笑い声はいつも通りなのに、何故か照れ隠しにも感じて、そんな自分に首を傾げた。
飛んでいく間、リボーンに掴まれた手首が熱い気がしてそこを見るも、何も変わったところなど見当たらない。
リボーンも分からないが、そんなリボーンも嫌いじゃない自分も分からない。
分かるのは母親の教えだけで、それを守っているからだと自分にいい訳をした。

「でもさ、リボーンて小さい子なんだろうか」

ふと湧いた疑問に答えはない。
分かるのは先ほどの表情が見たこともないほど大人っぽかったというだけだ。

「大体妬きもちってなんだよ。自分だってビアンキがいる癖に」

もやもやした気持ちを振り払うようにスピードを上げて気配を追う。

「ずるいだろ、リボーンは。あいつばっかり、ずるい」

自分ばかり振り回されている現状に呟いた言葉が、何よりも雄弁に自分の胸の裡を吐露していたなんてその時は気付きもしなかった。






おわり



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