リボツナ | ナノ



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「…え?」

いつものようにオレと獄寺くんと山本の3人で昼食を摂っていたときのことだった。
先生は冬期講習の準備のために5日ほど家に帰って来なくて、心配性な先生の懇願というより脅しに従って実家から学校へと通っていた。
曰く、自宅に一人にはさせておけないと、親バカならぬ亭主バカな先生は長く自宅を空ける時には必ずオレを実家に帰らせる。
すると父さんが上機嫌でオレに離婚届を書けと突きつけてくるので、頭にきたオレは母さんにそのままそれを手渡して、現在沢田家では滅多に怒らない母さんの暴風警報が発令中だ。
それはともかく。
手から転がり落ちたたらこの卵焼きを気にすることも出来ずに、獄寺くんを凝視する。すると何故か獄寺くんの顔が赤くなってくるから、驚いて顔を近付けて覗き込んだ。

「ちょ、大丈夫?」

「だだだ…大丈夫っス!!ぜんぜん!」

どう見ても大丈夫そうではないというのに、1ミリたりとも視線をずらすことなく器用に頭を振る獄寺くんの顔をまじまじと確認していれば、横から山本の手が伸びてきた。

「それ以上は条約違反なのな。」

「は?……なにそれ?」

絶滅危惧種を保護するような口ぶりの山本を振り返ると、今度は手前から獄寺くんがオレの腕を引っ張った。

「てめぇも近付き過ぎだ!」

いつもの位置に戻されて山本と獄寺くんを交互に見詰めるも、2人とも面白くなさそうに弁当に戻っていった。
それはまあいい。
だけど、その前の獄寺くんの言葉は気になる。
最近の獄寺くんのお気に入りなのか、近所のパン屋の袋から3つ目のパンを取り出して食い千切っている顔に恐る恐る訊ねた。

「あ、あのさ。お姉さんって本当に5日ぐらい帰ってきてないの…?」

オレの言葉の意味を知らない獄寺くんは、あっさりと頷くと口の中のパンを素早く咀嚼しながら買ってきたばかりの缶コーヒーに口を付けた。

「そうっスよ。こっちとしちゃ、二度と帰って来なくてもいいんスけどね。」

「そっ、か…」

毎回作る料理がもの凄い代物らしいという噂は耳にしていたが、そちらにではなく問題は獄寺くんのお姉さん自体にあった。
いつも眉間に皺を寄せている獄寺くんは、他人に媚びるということをしない。むしろオレ以外の誰にも心を許していない野良猫のような性格だったが、見た目はとてもイイ男だ。
そんな獄寺くんの腹違いのお姉さんというのが、誰あろうビアンキさんだった。
ここ2日ばかり、メールすら寄越さない先生を思って制服のポケットを膨らませているケータイに視線を落とす。
仕事だし、ビアンキさんと2人きりになる時間なんてないと分かっているのに不安になって、箸を持ったままケータイに手を伸ばすと隣から声が掛かった。

「どうした?なんかあったのか?」

「え!いや、なんでもっ!!?」

空になった弁当箱をしまっていた山本が声を掛けてくる。それに慌てて手を振ると、すぐに箸を戻した。
食べる気なんてすっかりなくなってしまったオレが、まだ半分以上残っているそれに手をつけずにいると、隣から指が伸びてから揚げを攫っていった。

「いただき!」

「てっめぇ!何、勝手に!」

何故か獄寺くんが怒り出して、それを宥めていれば、山本がいつもの調子で笑って言った。

「人のモンってうまそうに見えるよな!」

何気ない一言にガンと頭を叩かれる。山本の言葉は弁当についてだと分かっているのに自分の顔が強張っていくのを止められない。
みっともない自分を見られたくなくて顔も上げられずにいれば、山本の手がまた伸びてきた。

「まあ、オレの場合は様子を見てたら横から攫われちまったんだけどな。だから今度チャンスがあれば頂くさ…って訳で、もう一個貰うぜ!」

ひょいと手許から攫われていったから揚げのあった空間をぼんやりと眺める。ぽっかり空いた隙間はまるで自分の今の心みたいで、どうしようもなくもやもやが広がって眉根が寄る。それを前から伸びてきた手が弁当箱ごと攫っていった。

「残されるようならオレが頂きます!」

「へ?あぁ、どうぞ?」

半分ほど残っていたそれを手渡すと、あっという間に平らげた獄寺くんは普段の仏頂面が嘘のようにニカリと笑った。

「ごちそうさまっした!」

「えーと、ごめんね?」

食い残しを食べて貰ったことに謝れば、獄寺くんは鼻の下を擦りながらはにかんだ顔を見せる。

「オレはいつでも待ってますんで!」

そんなにまともな食事に飢えていたのかと目を瞬かせたオレに、獄寺くんは綺麗さっぱり何も残っていない弁当箱を返してくれたのだった。











いつも以上に右から左へと流れていった授業を終えて、部活がある山本と教室で別れてから獄寺くんに嘘を吐いて駅前へと辿り着いた。
年末には少し間がある11月もそろそろ終わりを迎えようとしている街は、まだ人の賑わいはそれほどない。
しかしあと1週間もすれば人だらけになるのだと知っている。
行こうか行かまいかと街中をうろつき、それから行くと決めたはいいが、手土産の一つぐらい持っていかなければと気付いてまた菓子屋で悩んでいれば日が落ち始めた。
冬期講習の始まりを前にした塾は、いつもの講習生たちが思い思いに中へと吸い込まれていく。
少し様子を見て、人気がまばらになった頃を見計らって受け付けに顔を出すと毎回そこで顔を合わせる受付け嬢がニコリともしないで顔を上げた。

「こ、こんばんは。」

「いらっしゃいませ。今日はどんなご用件ですか?」

綺麗なのに愛想というものに乏しい受付け嬢の素っ気無い言葉に口篭る。手にしていたお菓子をおずおずと差し出すと、いつもはニコリともしない彼女がプッと小さく噴出した。

「ダメだわ、我慢出来ない。やっぱり可愛いんだもの。」

「かわ…?」

「いいえ、こちらのことです。お気になさらず。」

澄ました様に見える表情の中で目元だけが緩んでいる受付け嬢が、先生の居場所を教えてくれる。
爪の先まで整えられている彼女に頭を下げると、押し付けた手土産を提げて珍しく友好的に手を振ってくれた。

「お菓子ありがとうございます。塾長にはゆっくり頂きますので、じっくり堪能して下さるようお伝え下さい。」

「はい?」

手土産はそれだけだというのに、何を堪能するんだと訊ね返すことも出来ずに首を傾げたまま最上階に続くエレベーターに乗り込む。
そんなオレの後ろから受付け嬢のはしゃいでいる声が聞こえてきたが、電話に夢中になっている姿にまあいいかとすぐにボタンを押すと、ゆっくりとエレベーターの扉は閉まっていった。








数回目となる最上階へ足を踏み出してキョロキョロと辺りを窺った。
この階には塾長室と会議室しかなく、その会議室は講師たちの勉強や講習に使われるためにあるのだから、授業が始まっている今の時間なら出払っている筈だ。
だから大丈夫だと先生が居る部屋の前へと歩き出す。
信じていると思っているのに、わざわざ顔を見に来るなんて自分でも相当疑り深くなったんじゃないかと落ち込みながら、それでも5日ぶりに先生に会えることにドキドキと胸は高鳴る。
夫婦なのにおかしいかもしれないと照れながら、塾長室の前にそびえる扉の前に立つと手を握り締めて息を吸い込んだ。
その手で扉を叩こうとして、奥から聞こえてきた声に手が止まる。

「ねえ、リボーン。ずっと働き詰めなのよ…ご褒美が欲しいわ。」

「何がいい…?」

「そうね、」

妙に近い声を不思議に思えないほど耳をそばだてて息を殺した。
獄寺くんの言葉通りなら、先生とビアンキさんはずっと一緒だったんだと思うとガンガンと頭が割れるように痛み出した。
ビアンキさんはオレと結婚する前まで先生の恋人の一人だったのだ。
絶対そんなことはないと思っていても、ビアンキさんが先生を今でも好きで事ある毎によりを戻そうとしているのは知っているから不安で堪らない。
先生だってオレよりずっと綺麗なビアンキさんがいいと気付くかもしれない。そんなことを思うのは先生を疑っていると言われそうでも、どうしてもその考えが捨てられそうになかった。
言葉を待っているオレが扉の向こうにいることなど知らないビアンキさんはふふっと含み笑いを漏らして口を開いた。

「ならキスしましょう。昔みたいに、熱いキスを…」

「ダメーッ!!って、あれ?」

とうとう我慢し切れずに扉を壊す勢いで部屋の向こうに雪崩れ込めば、扉の横でビアンキさんが先生に背を向けて肩を震わせていた。
先生はといえば、オレが現れるのを知っていたように目の前に立ってニヤついている。
そこでやっと嵌められたことに気付いて先生とビアンキさんを睨めば、ビアンキさんは口許を手で覆いながら隠し切れない笑みを浮かべて肩を竦めて扉の向こうへと歩いていった。

「面白かったわ。ホントにバカな子ね…私がそんな卑怯な真似する訳ないじゃない。奪うならツナの目の前で奪ってあげるわ。」

じゃあねと手を振って扉の向こうに消えていったビアンキさんの後ろ姿をぽかんと口を開けたまま見送っていれば、後ろから伸びてきた手に抱え込まれて背中を押し付けた。

「どうした、珍しく大人しいな。」

「だって…ごめんなさい。」

勝手に誤解した挙句、先生を信用していないことまでバレてしまったからバツの悪さに顔が上げられない。
もう一度ごめんなさいと呟けば、先生の手がオレの頬を掴んで引き寄せた。

「今日は何の日か知ってるか?」

突然話が飛んだことに驚いて瞬きを繰り返すと、段々と近付いてくる先生の顔がとてもイイ笑顔に変わっていくことに気付いた。
意味も分からず笑い返せば、先生はオレの鼻の頭にキスをして、それから扉に貼り付けるように身体を押し付けられた。

「何の日だっけ?えーと…」

結婚記念日はもっと前だったし、それは祝った覚えがある。祝ったというか祝わされたというべきか。いや、今はそれはいい。
いつもの調子で先生の手が制服を脱がしにかかるから慌ててその手を掴むも、今度はキスが落ちてきて押さえていた手から力が抜けた。
そうなってしまえばもう止まらなくなって、肩に掛けられたシャツ以外はすべて床の上に落とされていった。

「今日も帰れそうになかったから、どうやってお前を呼び出そうかと思っていれば…まさか自分から来るとは思わなかったぞ。しかもビアンキとの仲を疑ってるとはな。」

「ごめ、」

「本当にビアンキの弟は面白いほどよく転がってくれる。」

ツナと同じだと笑う先生に意味を訊ねたかったが、勿論そんな暇などオレには与えられなかったのだった。


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