4.昨晩の事の発端がケータイだったから、自然と自分のケータイすら視界に入れないように一日を過ごしてきた。 なにせ先生とお揃いのケータイなのだ。見ればどうしても自分の恥ずかしいあれやこれやも思い出してしまう。 友だちらしい友だちといえば山本や獄寺くんぐらいで、その2人はオレが結婚していることもその経緯も知っている。休んだ理由も多分分かっているから、ケータイを覗かなくてもいいと思っていた。 実は先週の土曜日に一緒に先生へのプレゼントを一緒に探して貰ったのだ。理由なんて言わなくても察してくれるだろう。 だから、やっと13日が終わり14日へと変わる時刻が迫ってきた頃になってお礼ぐらいはメールしておこうかとケータイを探しに居間まで足を伸ばしてきた。 先生はといえば次はオレの誕生日だからとキッチンに篭っている。レパートリーの少ないオレより一人暮らしをしていた先生の料理はずっと美味いから楽しみで、しかも甘いもの好きのオレのためにケーキまで用意してくれていると聞かされてソワソワと落ち着かない気分で家の中をうろついていた。 やはり置きっぱなしだった自分のケータイには5件の着信履歴が残っていて、山本が1件と獄寺くんが4件で留守電も入っていたことに笑う。 「あ…昼過ぎから獄寺くんの着信がなくなってる。山本が止めてくれたのかなあ。」 それにしても一々頑張りますだの、負けねーのなだの、オレに宣言をする獄寺くんと山本が不思議でならない。誰かと勝負をしているらしいということは分かるのだが、誰と何を競っているのかがさっぱり知れなかった。 先生との約束で山本や獄寺くんからの電話は明日の朝にすることになっている。それが先生へのプレゼントに含まれると言われて腑に落ちないながらも頷いたから仕方ない。 留守電は明日聞こうと思いながら、ケータイをテーブルの上に戻して顔を上げるとそのタイミングでケータイの着信音が鳴り響いた。 「ひぃ…ぃ!って、誰からだろ?」 静まり返っている居間に突然響いた音の大きさにビビッて悲鳴をあげてしまう。そんな自分を恥じながらもテーブルの上のケータイに視線を落とすと見たこともない番号が映し出されていた。 「え?誰だろ…」 山本や獄寺くんからなら名前が表示されるし、父さんや母さんも同じだ。先生の場合には【ダーリン】と太字で出る設定になっている。ツッコミどころはあれどそれは横に置いて、それ以外でオレの番号を知っている人なんていないから間違い電話だろうかと首を傾げつつ、一度置いたケータイに手を伸ばした。 「も、もしもし?」 こんな時間に間違い電話だなんて迷惑だなと心の中で愚痴りながら電話に出ると、聞き覚えのある声が電波を伝って聞こえてきた。 『もしもし〜綱吉クンだよね♪』 「へっ、あ、白蘭さん?!」 『当たり〜!』 能天気というより場を読まない白蘭さんの声が耳元で響く。 白蘭さんは先生の知り合いで、オレには詳しく教えてくれないのだが仕事の取引先のひとつでもあるようだった。 だから一度だけ先生の仕事の都合で妻として白蘭さんと会ったことがあるが、その時の印象が酷くてあまり係わり合いになりたくないと思っていた。 というかいつも先生に碌でもないモノを送ってくるから心象はよくない。こいつのせいでオレがどれだけ恥ずかしい目に遭っているのかと思い出せば、それも当然だと言えるだろう。 どうにも人を小馬鹿にした口調に反感を覚えて、ついつい口調が厳しくなる。 「どうしてオレの電話に掛けてきたんですか?っていうか、オレ白蘭さんに番号教えたことありました?」 一度会ったきりなのだ。特に先生はオレがケータイを持っていることを先生以外の人に知られることを快く思っていないからやたらな人には教えていないというのに。 訝しみながらもそう訊ねると、白蘭さんはフフンと楽しそうに笑いながら話始めた。 『うん、ちょーっと色んな手を使って調べた。ほら、ボク君のこと気に入っちゃったからさ。』 「ちょ、気に入ったとかそういう問題ですかっ?!調べたってそれ犯罪なんじゃ…」 『邪魔されると燃えるよね♪』 「イヤイヤイヤ!何の邪魔だよ!それよりも何の用ですかっ!」 白蘭さんのペースに巻き込まれていたことに気付くことなく声を荒げてケータイを睨む。くだらない用事ならすぐに切ってやると息巻いていると、電話先の向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきた。 『ああ、うん。リボーンクンに仕事の用事でね。でも彼の電話は今朝から通じないんだ。で、綱吉クンの電話ならと思ってさ』 「あっ!うぅ…すみません…」 言われて顔から火が出る思いを味わいながら、先ほどまでの勢いを必死で殺して小声で謝る。すると白蘭さんは驚いたように言葉を重ねた。 『何で君が謝るの?夫婦だからとかナンセンスだよね』 「ちがっ、あの、オレが…今日は先生の誕生日だからお祝いしてて…その、」 言い難いこと甚だしい爛れた情事を振り払いながらケータイに向かって頭を下げて顔を伏せる。するとふ〜んと意味深な声が回線越しに聞こえてきた。 『なんとなく分かったからいいよ。成る程お楽しみだった訳だ。』 「っ!」 これだから白蘭さんは嫌いだ。 自分の我が儘に先生を付き合わせたことに罪悪感を感じているからなおそう思う。八つ当たりだと分かっていても、電話の向こうの白蘭さんにイラついてケータイの電源に指を伸ばした。 『おっと、待ちなよ!話があるんだって!』 「…先生なら今出られないよ。」 それは本当だ。 先生は食事の支度を中断されることが嫌いらしい。その間だけケータイの電源を落とすほどだから間違いない。オレもそれを知っているから支度途中の先生には近付かないようにしているのだ。 もう少しで14日になる時計の針を見上げながらため息を吐くと、白蘭さんは話題を変えてきた。 『ねえ、今日がリボーンクンの誕生日だったんだよね?』 「そうですけど、」 何かを確かめるように訊ねる声に渋々返事をすると、またも白蘭さんは嬉しそうに喋りだした。 『ということは、あと20秒で綱吉クンの誕生日ってことだよね。』 「なんでそれを?」 『いやだなあ、君とボクの仲じゃない。』 「どんな仲だよ!」 本当に自分のプロフィールを調べられていることにゾッとしながらそう叫べば、電話口で白蘭さんが声をひそめた。 『どうして電話番号を調べたのか分かるかい?』 「分かりません!」 分かりたくもないと今度こそこの会話を絶とうと指を伸ばす。 『綱吉クンは好きな子に一番最初におめでとうって言いたくはないの?』 昨晩の自分の行動を見られていたような台詞に肩が揺れ、思わず指が止まった。 『おっと、もうあと5秒だね。綱吉クンへの一番はボクが貰うよ♪』 白蘭さんの言葉で昨晩の自分の子供っぽさを突きつけられたオレは、居た堪れなさにケータイを握ったまま手の中のそれを見つめていた。 すると。 後ろから伸びてきた大きな手がオレの手ごとケータイを掴むと電源ボタンを押して通話が寸断される。 驚いて振り返れば苦い顔をした先生が立っていた。 . |