リボツナ | ナノ



今日も、明日も、明後日も、




目の端に入った時計の針を確かめて、何食わぬ顔で先生の肩から頭を上げて手にしていたゲーム機のコントローラーをテーブルに置いた。
あと少しで日付が変わる。
いつも忙しい先生が今ここにいるということは日付が変わる瞬間も2人きりだということだ。そう思うと知らず口許が緩む。

「どうした?随分機嫌がいいな」

「ななな何でもないよ…っ!」

ゲームの電源を落としてテレビも止めると、隣に座る先生の顔を横目で盗み見ようとしてそう声を掛けられ飛び上がった。
いつの間に先生はパソコンを閉じていたのか組んだ足の上に肘をつた姿勢でオレを眺めていた。
先ほどの顔も見られていたのかと思えば汗も滲んで、慌てて顔を背ける。先生はオレの考えが読めると言っていたことを思い出したからだ。
そんなオレに笑いながら先生はソファから立ち上がる。

「ゲームもキリがついたんだろ?ちょうどいいから寝るぞ」

「うん」

またも時計に目をやってあと2分あることを確認すると抱えていたクッションをソファの上に放り投げて先生の後に続いた。





先生と呼んではいるがオレとリボーン先生はれっきとした夫婦である。オレはまだ高校生だし、先生もオレも男だし…と色々とあったが今はこうして2人で暮らしていた。
進学塾の経営を手掛けている先生は忙しくなると午前様になることも少なくない。高校に通うだけのオレは時間だけはあるからどうにか顔を合わせることは出来ている。それを少し寂しいと思ったり、楽だと思ったりしているが、面倒だと感じたことはなかった。
先生は自分がオレを落とした過程と年齢差に後ろ暗さを感じているようだが、オレからしてみれば違うと声を大にして言いたい。
言いたいことはまだあるがそこは恥ずかしいので割愛する。
2人で住むには広い間取りのマンションの寝室に繋がる廊下を無言で歩く。あと少し。もう少しで日付が変わる。
この分なら寝室に入り、それからベッドの上で少し話しをしていれば13日になるだろう。特にすごいプレゼントを用意している訳ではないが、一番最初に先生の生まれた日を祝える権利を他の誰にも譲る気はなかった。
オレの後ろを歩く先生に声を掛けようと肩越しに首を傾げながら振り返る。すると、まるで計ったようなタイミングで先生のポケットの中からケータイの着信音が流れてきた。

「悪いな、先に休んでろ」

そう言うとポケットからうるさい電子音を響かせているケータイを取り出して先生が横を向いていく。こんな時間に、しかも明日まであと1分もないこのタイミングで電話を掛けてくる相手なんて一人しか知らない。
流れるようにケータイの画面を指で操作していく先生の手首を後ろから掴む。まだ鳴り続けている着信音が早く早くと急かしているようで余計に腹が立った。

「ごめんっ!」

本当に急ぎの仕事の話かもしれないとは頭の片隅に浮かんだが、それよりも先生の補佐としていつも一緒に仕事をしているビアンキさんの綺麗な笑顔が離れない。先生狙いなのは周知の事実で、オレなんて視界にも入っていないほどの熱愛ぶりだ。
驚いている先生の手からケータイをもぎ取ると、切れ間ない音を押さえ込むように手で握りながら寝室へと駆け込んだ。

「ツナ?」

どうしてオレがそんなことをしたのか分からないらしい先生は、オレを追うように寝室へと飛び込んで来る。そんなにビアンキさんの電話に出たいのかと嫉妬心が首をもたげたが、それより時計の針の位置を確認した。

 あと10秒。

「どうした?それは仕事用の電話だぞ」

そんなの知ってる。だけどビアンキさんは仕事の電話に紛れてきっと日付が変わる瞬間に先生に言いたいのだということも分かっているから渡せない。
オレと違って綺麗な長い髪と誰もが振り返る美貌の持ち主であるビアンキさんと先生ははっきり言ってお似合いだと思う。塾の外で会う先生の知り合いは、ビアンキさんが先生の妻だと勘違いしている人が少なくない。それぐらい誰が見ても違和感のない2人だ。
困惑気味に眉を寄せてオレを見下ろす先生の顔を見上げる。
でも先生が選んだのはオレだから。
カチンと音を立てて秒針が12を指す。電波時計の少し奇妙な動きを確かめてから、先生の首に手を回して口を開いた。

「誕生日おめでとう。せんせ…リボーン、が生まれてきてくれたことに感謝するよ。これからもいっぱいいいことがありますように!」

目一杯の笑顔と一緒に伝えると、手の中の電子音がピタリと止まった。

「ごめん、かけ直してよ」

やっぱりビアンキさんだったなと苦笑いになりながら、首に回した手で持っていたそれを先生に差し出す。そんなオレを見ていた先生は、ケータイを受け取るとベッドの横にあるソファの上に放り投げた。

「ちょ、先生?」

「先生じゃねぇだろ?」

先ほどの台詞をあげつらって笑う先生に顔が熱くなる。

「い、いいだろ!夫婦なんだから!」

名前呼びを茶化されたようでそう噛み付けば、ニヤニヤと笑っていた先生が一歩オレに向かって足を踏み出す。

「な、わわわ…ッ!」

押された訳でもなく、まして足を引っ掛けられてもいないのに先生に間近に迫られたオレは足を滑らせて背後のベッドの上に尻餅をついた。そんなオレをただ黙って見ていただけの先生は、笑い顔を引っ込めてオレの足の間に膝を入れるとずいっと身体ごと近付いてくる。

「もう一回、言ってみろ」

「う、あ…」

何度見ても慣れない先生の顔に体温は上がるばかりでうまく言葉が出ない。
出会って2年以上経つというのに情けないと思いながら、それでもこの立場を誰にも渡したくないのだからとどうにか口を開いた。

「リボーン…」

「もう一度」

「リ、リボーン!」

たかが呼び名と笑われるかもしれないが、一度身に付いた呼び名を改めることの気恥ずかしさは拭えない。それを振り払う勢いで声を張り上げれば目の前の顔がほんのわずかに頬を緩めた。

「いいもんだな、お前に名前を呼ばれるのは」

いつもの何かを企んでいる底の知れない笑顔ではなく、ニヤニヤとオレの言動を楽しんでいる顔でもない。滅多に見せない先生の本当の淡い笑みとその台詞に心臓が飛び出るほど跳ねた。

「そうか…だから電話を取り上げたんだな。ビアンキに先を越されたくなくて」

自分のみっともない嫉妬まで知られて情けなくなる。顔を腕で覆いながら逃げるようにベッドにうつ伏せると、それを追って先生がオレの上に乗り上げてきた。

「逃げるな」

そう言われても恥ずかしくて顔なんて上げられない。柔らかい綿素材のベッドカバーに顔を押し付けたままでいれば、急にパジャマのズボンが下着ごと引き下げられ普段は隠れている肌を真夜中の空気に晒された。

「ひ…っ!」

先生の手によって剥かれた下半身に手をやると、カバーを手繰って腰に巻きつければそれを見ていた先生がスルリとオレの足からそれらを抜き取っていった。毎度のことながらあまりの手際のよさに抵抗する隙さえなくて呆然としていれば、手にしていた下着とパジャマを横に放ってオレの手を握ってきた。

「ラッピングはいらねえぞ」

「イヤイヤイヤ!それ違うし!」

恥ずかしさも忘れて顔を上げると、してやったりといった表情の先生がこちらを見詰めていた。

「祝ってくれるんだろう?」

「そうだけど、さ…」

プレゼントはクローゼットの中だ。決してオレではない。
下半身は剥かれたままだし、仕事の付き合いにまで口を出した自分を情けないと思っているからうまく逃げられなくて口篭る。

「あ、そうだ!電話!電話かけ直さなくていいのかよ?」

かければまた嫉妬するのにこの場を逃れたい一心で思わず口に出してしまえば、先生はあっさりとオレの上から退こうと身体を離していく。それに慌てたのはやっぱりオレだった。

「待ってよ!」

バカだと思う。だけど気持ちは正直で身体は素直に反応する。カバーを押さえていた手は先生の手首を掴んで離さない。
自分で自分が分からないオレは、情けない顔で先生を見上げた。

「ごめん…」

いつまで経っても慣れない自分にも、嫉妬ばかり募らせることにも辟易する。ぐっと唇を噛んでいれば、先生はベッドの上に座り込むと手を伸ばしてオレの鼻をつまんだ。

「どうしたいんだ?」

つままれた鼻が痛いのか、待っていてくれる先生のせいでか眦に涙が浮かぶ。

「おへ、」

鼻をつままれたままでは話せないと気付き、先生の手を外すと両手でぎゅうと握り締めた。

「もうちょっと時間が許すなら、電話はかけないで欲しい」

照れが邪魔をしてきちんと伝えられなかったけれど、握った手を緩めることなくどうにか言い切った。
ガキだと笑われるだろうかとチラチラと先生を窺っていれば、オレが握っていない方の手が伸びてオレの顎をつまみ上げた。

「今日はオレの誕生日だってのに、しょうがねぇな」

謝る前に落ちてきた唇に塞がれて瞼を閉じると、すぐ熱い舌が割り込んできた。それに歯列を緩めて応える。
握り締めていた手がオレの手から離れて背中に回され、オレもそれに倣って先生のパジャマの背にしがみ付くと絡めた舌が音を立てた。
静かな部屋に2人分の息遣いだけが響いて余計に興奮する。舌を舌で舐め取って、蜜を啜るようにどちらのものとも知れない唾液を飲み込むも含みきれずに口端から零れ落ちる。
そうして夢中で口付けに応えていると、ふたたびケータイが無粋な音を鳴らし始める。今度こそ唇を離さなければと先生の胸に手を当てて身体を離そうと力を入れるのにビクともしない。
オレが気付いて、先生が気付かないなんてことはないからわざとなのだろうかと薄目を開けてケータイに視線をやれば、先生は腕を伸ばしてケータイを取り上げているところだった。
仕事なのだから仕方ないと諦めて唇を離すと、先生の腕はオレの肩を掴んでそのままベッドの上に押し付けられた。

「せんせい…?」

電話に出るんじゃないのかと顔を上げると、いつものらしい顔でニヤリと笑う。

「先生じゃねぇだろ、まだ分かってねぇのか。しょうがねぇ、一晩で分からせてやるか」

「それってどういう、」
最後まで訊ねる前に、先生はケータイの受話ボタンを押した。

「イイ声を聞かれたくなけりゃ、少しの間黙ってるんだぞ」

「?!」

先生の辞書に『前言を撤回する』という文字はない。そうして、我慢するのはいつもオレの方だった。








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