2.きゅんって音がするらしいです隣のクラスの幼馴染みはよくモテる。 外面がよかったり、勉強が出来たり、運動神経がよかったりすれば多少はちやほやされるものらしいのだが、件の幼馴染みはその上に見た目もよかったりするのでもの凄いことになっていた。 正直、オレじゃ鬱陶しいと思えるほど休み時間や昼休み、果ては放課後から家に帰り着くまで取り囲まれている。少しでも声を掛けようものなら、女子の総スカンを喰らうことを覚悟しなくちゃならないという有様だ。 必然的に学校では喋ることも出来ず、こうして偶然渡り廊下で行き違ってもわずかに手を上げあうだけで精一杯なことが面白くない。 通り過ぎる一団から頭一つ分抜け出ている顔が真横を通り過ぎる瞬間、ふっと目元を緩ませた。 それに応えるように顔を上げると、すぐに離れていく。見送るように女子に囲まれた背中を眺めていれば、隣にいた獄寺くんが気遣かわしげに声を掛けてくる。 「どうかされましたか?」 「え、あ!ううんっ!!何でもないよ、次の授業に行こうか」 慌てて手を振って気持ちを切り替えると、また歩き出した。 獄寺くんは最近出来た友だちで、こんなダメツナ相手に何故か敬語を使うちょっと変わった転入生だ。 どこで覚えたのかオレをボスだの10代目だのと呼んでは、オレ以外のすべてに喧嘩を売ったり吠えたりしている。もう一人友だちになったばかりの山本とは犬猿の仲というぐらいソリが合わない。 そんな獄寺くんだったが、オレ以外では唯一まともに話が出来るのは先ほどのオレの幼馴染みだけで、理由を訊ねたことがあったのだがオレには意味が分からなかった。 音楽室へと向かう廊下は茹だるように暑い。9月に入ったというのに、真夏となんら変わりはない日差しが照りつけている廊下にうんざりしながら歩いていくと、隣の獄寺くんが声のトーンを落としながら話し掛けてきた。 「あの…リボーンさんのことなんですけど」 「へ?あ、なに?」 ヒソヒソと内緒話をするように顔を近付けられてビクっとする。リボーンほどじゃないにしても、獄寺くんも女子に人気がある。何せ頭も顔もいい。 でもリボーンと違うのはそういう女子をまったく相手にしていないという点だ。本当にオレしか眼中にないといった態度のせいで、違う嗜好の女子たちには違う意味で人気がるのだ。そんなことある訳ないのに、女子って怖い。 よくよく考えてみれば、オレの周りって格好いいヤツばっかりかもしれないと今更ながらに気付いて俯いていれば、またも声が掛った。 「いえ、最近リボーンさん何か変わったことでもありましたか?」 「ええ?……聞いてないけど」 聞かれて思い出してみたが、これといった違いも見付けられなくてそう返す。すると獄寺くんの眉間の皺がどんどん増えていった。 「いえ、姉貴の思い過ごしかもしれませんし…」 「オレは近すぎて分からないだけかも。どうしてそう思ったのか聞いてる?」 「ええ、オレも姉貴の思い過ごしだろうと思ってたんスけど」 そう口を閉ざした獄寺くんに焦れて顔を近付けると、どうしてか目を泳がせながら顔を赤らめてモジモジする。これだから女子に勘違いされるのだろう。 もう一度強く呼びかければ、はい!と背筋を伸ばして口を開いた。 「その、姉貴が言うには最近リボーンさんがぼんやりしていることが多いと。放課後、リボーンさんは部活もされていないから女どもと一緒に帰られますよね?うちの姉貴も高校からわざわざリボーンさんと会うためだけにその時間に来てるんスが、ここ1ヶ月ほど返事が上の空だったり、学校が気になるのか振り返ったりとかなりぼんやりされているらしいんです」 「…あいつが?」 「はい」 「ふうん…」 そう生返事をしたものの心の中は落ち着かなくて、それを振り切るように歩調を早める。 「あの…」 後ろからオレの後をついてきた獄寺くんの声を聞かなかったフリをして音楽室までの道のりを無言で通した。 面白くない気分のままでは授業なんて頭に入る訳もない。ただでさえ出来がいいとは言えないオツムなのに、その後は教師の声も耳には届かなかった。 何が不愉快なのか自分でも分からない。そうしてそんな自分に腹を立てていれば、そういう時に限って宿題を忘れていたりして…結局、部活帰りの山本と同じ時刻までこってり絞られての帰宅となった。 ばったり校門で出くわした山本は、野球部の部員たちに手を振るとすぐにオレの元へとやってきてこうして隣を歩いている。 獄寺くんと違い、気遣っていることを見せずに隣に居てくれる山本は何も話し掛けてはこない。 沈黙に堪え切れなかった訳じゃなくて、山本の優しさに甘えて口を滑らせた。 「山本はさ、女の子に囲まれてる時に別のこと考えたりする?」 聞いてしまってからすぐにバカな質問をしたと気付いても遅い。どうにか誤魔化せないかと自分より随分上にある顔を覗き込むと、同じようにこちらを窺っている視線とかち合った。 「や、あの…!」 「そーだな、そういうことあるかもしんねーな」 「そういうもんなの?」 茶化すでもなく普通に答えてくれたことにホッとすると、山本は鞄を肩に担ぎ直して顔を上に向けた。 そもそも女子に囲まれる=吊るし上げに遭うといった悲惨な思い出しかないオレには、自分に気のある女子をあしらう術さえ知らなくてすごいなと感心する。 そんなオレに山本は肩を竦めると視線は上に向けたままニッと笑う。 「ま、そういう時はそこにいる女の子たち以外の誰かを思い浮かべてたりしてな!」 「そっ…か、」 どうしてか先ほどより声のトーンが沈んで、そんな自分が分からなくて唇を噛む。知らず俯いていた頭の上に山本の手が回されて慌てて顔を上げた。 「けど、ただ単に腹減ったなかもしれねーぜ?」 な?と言った途端、山本の腹の虫が鳴き出した。ぐぅ〜!と響いたそれに緊張の糸が途切れる。 「…プっ!」 笑っちゃダメだと思っていたのに、そう思えば思うほど堪え切れなくなって思わず漏れた自分の声に笑いが納まらなくなってきた。 ゲラゲラ笑い出したオレを見て、山本も隣で笑い始める。人通りのない夕暮れを中学生男子2人が肩を抱き合って大声で笑い合う姿はどうやら人目を惹くらしい。 道行くご近所さんや帰宅途中のサラリーマンが訝しげにオレたちを覗き込みながら通り過ぎていくから余計に止まらない。 ひとしきり笑い合ったオレたちは、どうにか笑いを引っ込めてまた歩き出した。 「やっぱ欲求に従うのが一番の早道だと思うぜ?」 「う、うん?」 何に対しての台詞なのかと隣を見上げると、片手で腹をさすっていた山本は鞄を抱え直して手を振って別の道へと歩き出す。 「迎えが待ってるみたいだから、またな」 「むかえ?」 何の話だと顔を前に向けると、私服姿のリボーンが電柱に凭れ掛りながら立っていた。 「…なにしてるんだろ?」 電話をしているという訳でもなく、誰かが傍にいるということもない。不思議なヤツだと首を傾げていると、山本がクツクツと笑い出した。 「見てて楽しいし、邪魔するのも面白いけど…そろそろヤバいかもな。じゃあな、ツナ!」 「うん?あ、またね山本!」 小さくなっていく背中にそう声を掛けていれば、オイと向こうから声が掛かってきた。意外と近い声に驚いて顔を戻すと不機嫌そうに眉を顰めている幼馴染みがオレを見下していた。 「お前何でこんなに帰りが遅いんだ?」 「うるさいな!ちょっと宿題忘れてたから居残りしただけだって!」 「あぁ?だから昨日教えてやるって言っただろうが」 「いいだろ!どうせ帰りは暇潰さなきゃならないし」 その理由に思い至ってムッと口を尖らせると、それを見ていたリボーンがボソリと呟いた。 「嫌なら嫌だって言えばいいじゃねぇか」 「は?」 あまりに小さい呟きに聞き返せば、2度は言う気がないのかオレに背中を向けるととっとと歩き出した。 置いて行かれまいと慌てたオレに顔を背けたまま何かを差し出してくる。 「何でもねぇ。グダグダ言ってないで帰るぞ」 「う、ん」 押しつけられた白いコンビニ袋の中からはオレの好きな炭酸飲料とスナック菓子の横から欲しかった単行本が顔を覗かせている。 そういえば発売日だったんだと思い出して、ついでにこいつとの約束も思い出した。 「…ごめん」 今日は一度帰ってから一緒に少し遠くの書店まで足を運ぶつもりだったのに、オレはといえば別のことばかり気にしてすっかり忘れていた。 前を歩くリボーンの背中が遠くなっていく気がして堪らなくなって手を伸ばすと、自分より随分大きい手にしがみ付いた。 「ごめんって!」 顔を覗き込んで謝罪の言葉を繰り返すオレを見下したリボーンは大きなため息を吐き出すと顔を横に向けてまた呟いている。 その台詞に驚いて身を乗り出せば煩えと一喝されて首を竦めた。 「だって、心臓押さえながら『きゅんとした』とか言われたら普通心臓病疑うだろ?!」 「疑うか、この鈍チン!」 そんな言い争いでウチまでの帰り道が騒がしくなっていった。 . |