7.遮光カーテンからわずかに漏れる光は日中のまぶしさを含んで、床の上に薄く広がっている。 人工的に作り出した闇は日光を完全に覆うことは出来ない。 そして外から聞こえる生活音が、静まり返った部屋に響いた。 何を聞くべきか。 どう訊ねればいいのか。 分かるのはこのまま何もなかったようにはいられないということだけだ。 長い睫毛に覆われた黒い瞳は断罪を待つように閉じられて、触れた頬の温かみさえ消えてなくなってしまいそうだった。 リボーンは何に怯えているのだろうか。 物理的に傷は負ってもすぐに治癒され、日中でも活動ができる。 身体能力、洞察力などどれを取っても人間よりも遥かに優れているというのに。 ふと頭に浮かんだ疑問を口端に乗せる。 「リボーンは人間じゃないんだよね?仲間はいるの?」 閉じていた瞼がわずかに揺れて、それからゆっくりとこちらに視線を向けた。 「仲間…ってのは種族が同じってことか?それなら多いぞ。だが、オレと同じ存在はあと数人しか残ってはいない。」 種族的にはそこそこ居ても、同じ存在はあまり居ないというのはどういう意味なのだろう。 けれどそれ以上を説明する気はないらしく、またもリボーンは口を噤んでしまった。 言いたくないものを追求することは憚られオレも同じく口を閉じた。 長い沈黙の後、ベッドから降りたオレは不安そうにオレを視線で追うリボーンにできるだけ普段の顔で笑ってみせた。 「遅くなっちゃったけどお昼にしようか。何が食べたい?」 そう訊ねるとリボーンは柳眉を顰めた。 「…聞かねぇのか?」 「聞いたよ。リボーンは人間じゃないってこと。」 難しい顔で睨むリボーンにそう笑い掛けると、少し切れ上がった眦が驚いたように見開かれそれからまたも眉間に皺を寄せる。 「バカだろ。人間じゃねぇってことはバケモノなんだよ。てめぇを狙う人狼と大差ねぇってこった。分かってんのか。」 「違うよ、全然違う。リボーンはオレを守ってくれてる。契約だろうと何だろうと構わない。だからオレはお前を信じる。」 見せ付けられた驚異的な治癒力も、咄嗟の判断力や運動神経も人とはまったく異なる存在だった。 それでも今までオレを守ってくれたのはリボーンだ。 そう答えたオレにリボーンは一瞬だけ瞳を滲ませたようにも見えたが、それを見られたくなかったのかベッドの上からオレに飛びついてくる。 支えきれずリボーンごと床に転がると、オレの肩に顔を埋めていたリボーンが小さく声を零した。 「……どこまで似てんだ…」 「なに?」 うまく聞き取れなかった言葉は繰り返されることなく、ただオレにしがみつく力だけを強めていった。 12月がそこまで迫った夕暮れ時は、夜の訪れが足早にやってくる。 リボーンと共に17時過ぎにマンションを出ると、寒さに背中を押された学生や会社員が逆方向のバスから降りてくるのが見えた。 切れるような寒さに手袋で顔を覆うとはーっと息を吐き出した。 白い息が視界を覆い、それだけ寒さが本格的になってきたのだと知る。 「こんな時間に出歩かせてごめんな。寒くない?」 「だから…オレは見た目はガキだが中身は全然違うんだぞ。」 「ふうん?でも感覚はあるんだろ。寒さとか痛さとか…」 「さあな、忘れた。」 あれから冷蔵庫の中身が空っぽだったことに気付いたオレとリボーンは、遅くなった昼食を摂りにいきながら買い物に出掛けた。 2人で歩く道すがら、ぽつりと零すように人間と自分たちとの違いを教えてくれたリボーンはどこか突き放したような表情をしていた。 「これ巻いとけよ。黒にオレンジも映えるから格好いいしさ。」 首に巻きつけてきたオレンジ色のマフラーをリボーンに巻くと随分暖かそうに見えた。 真っ黒が好きなのかデニムパンツも黒、セーターも黒、そしてコートまで黒だったリボーンに炎が灯ったようにオレンジが映える。 それを邪魔そうにして手を掛けたリボーンは、けれどピタリと手を止めて大人しくなる。 どうしたのかと顔を覗き込むと複雑な顔をして横を向いてしまった。 「首に巻きつくのは嫌いなのか?」 「いや、別に。そんな訳じゃねぇが、そこまで寒くねぇから。」 そう言いながらもマフラーを外したりはしない。 オレンジのマフラーを握ったリボーンはそれに顔をうずめると噛み付いていた。 「何すんの。」 「すげぇいい匂いがするんだぞ。」 「へ?いい匂い?よく乳臭いとは言われるけど。」 ふんふんと自分のコートの襟元に鼻をくっ付けて匂いを嗅ぐがよく分からない。 そんな会話をしている内にバスが目の前まで迫ってきていた。 「来たよ。」 分かったと答えたリボーンの口許からなにかが覗いたような気がした。 昨晩と同じように夜間保育で預かった子供たちを寝かし付けると、最後の一人であるリボーンの肩に布団を被せた。 顔の半分まで布団に埋まったリボーンは、けれどニヤついた顔を隠しきれていなかった。 「いつまで笑ってんだよ!いいから寝ろって!」 「笑ってなんかいねぇぞ。可愛いモンは可愛いってこった。」 「だっ、な!もう寝ろ!」 バフンとリボーンの頭まで布団を被せて、ベーと舌を出して部屋から逃げ出した。 廊下に飛び出たオレは恥ずかしさに顔を押えながらも歩き出す。見回りがあるからだ。 昨晩は忘れて寝てしまったようだが、今日はしっかりやろうと保育園の出入り口に向かう。 先ほど一緒に風呂に入った時に、今日はオレが洗ってやるぞと言われ気安く頷いたところ、背中どころか前まで洗われてしまった。 ただ洗われただけならまだよかった。 何も反応していなかった中心を小さい手に掴み取られて泡のぬめりを借りた手で擦られて少し起ってしまったのだ。 信じて欲しい。オレは断じてショタコンじゃない。本当の、本当だ。 なのに勝手に反応してしまったソコを見て、リボーンはくすりと笑うとこう言った。 「可愛いモンだな。」 言われてカッーと血の気が昇り、リボーンを突き飛ばすと園児たちを置いて慌てて風呂場から逃げ去った。 その後、裸で出てきた園児たちに服を着せることが大変だったのだけれど。 そんな一幕があっての先ほどのやり取りという訳だった。 夜の園は人気がなく、何事もないときでもドキドキする。 リボーン曰く、人狼に狙われていると聞いてからはもっと切実に身の危険を感じるようになっていた。 「でも、どうして夜は平気なんだろう…」 日中はトイレすら付いて回るほど警戒しているのに、夜になった途端一人でこうして歩くことが許されている。 普通は逆なんじゃないのかとぶつぶつ文句を言っていると、後ろから手を引かれて普段は使われていない道具やおもちゃがしまわれている物置に引きずり込まれた。 . |