11.最近、野暮用だといって出掛けることが多くなったリボーンに少し不満があった綱吉はその用事とやらが気になって仕方ありませんでした。 一番最初に出会ったのもリボーンならば、一番たくさんキスをしているのもリボーンなので人間でいられる時間が延びているということもあり、自由になる時間が他の2人より多いのです。 そして、そんなリボーンに引き摺られながらもコロネロとスカルまで連れて行かれてしまっては面白くありません。 どうにかしてその野暮用とやらを知りたいとこっそり後をつけたこともありましたが、粗忽者の上に周囲に気を配るといったことも出来ない綱吉にはどだいムリな話でした。 そんな訳で今日も今日とてリボーンはスカルとコロネロを伴ってふらりと出ていってしまいました。 時間にすればほんの20分から30分だというのに綱吉は仲間はずれにされたようで寂しくてたまりません。 しかも帰ってくる度に見たこともないお菓子を持ってきたり、着ていた洋服が変わっていたりと綱吉のいないところで誰かと何かをしていることが透けてみえて余計に辛いのです。 綱吉のことを大切にしてくれていることが分かるからこそ、教えてもらえないその何かが気になります。 先ほど出ていったばかりのリボーンたちを思っても憂鬱になるだけだと考えた綱吉はいつもいく近所の駄菓子屋さんではなく、少し遠いけれど並盛商店街にあるたい焼き屋さんまで買い物に行こうと思いつきました。 丁度いい時間つぶしになります。 少しだけ気分が浮上した綱吉は運動靴に足を入れるとお母さんからお金を貰って飛び出していきました。 並盛商店街は人通りの多い少し賑やかな商店街です。 おいしいケーキ屋さんがあったり、綺麗な洋服屋さんがあったり、いつもお母さんが買うお魚屋さんがあったりと地元の住民に親しまれています。 そんな並盛商店街の一角にある不思議な建物の前を通り過ぎて、その向こうのたい焼きやさんの列に綱吉は並びました。 カリカリの皮といっぱいのあんこが美味しい評判のたい焼き屋さんです。 お母さんと自分、それからリボーンとコロネロ、スカルと5つ買ってこようと順番を待っていると聞き覚えのある声が聞こえてきました。 「今日はもう帰るぞ。ツナが寂しがってるんだ。」 「そんな…!お願いよ、リボーン。もう少しだけいいじゃない!」 なんだか痴情の縺れのような会話ですが、ツナという自分の名前と男というにはまだ幼さが残る聞き覚えのある声とに驚いて顔を上げるとそこにはリボーンと綺麗なお姉さんが不思議な建物の前で腕を取り合っていたのです。 どうしてこんなところに…という驚きと、見たこともない綺麗なお姉さんとの仲睦ましい様子に、綱吉は思わず手にしていたお財布を落としてしまいました。 チャリンというわずかな音を聞きつけた訳でもないのでしょうが、リボーンが首を巡らせこちらを振り返ります。 「ツナ…」 何と返事をすればいいのか分からない綱吉は落とした財布と掴み取ると列から外れて駆け出しました。 いつもの鈍足はどこへやら。珍しく転ぶこともなく家へと辿り着いた綱吉は、お母さんの声を振り切って自分の部屋へと引き篭もってしまいました。 最近つけたばかりの鍵をガチャリとかけて、息を切らしながら自室のドアに背を凭れ掛けさせてずるずるとしゃがみ込みます。 ドキドキと煩い心拍音は決して走ってきたからではありません。 じっとりと嫌な汗が滲み出て、何故か目には涙が溢れてきていました。 どうしてなのかさえ分からず気持ちを整理しようと深呼吸を繰り返していると、タタタタッ…という軽やかな足音が階段を駆け上ってきたことに気付いて身体を硬くして身を縮めました。 「ツナ、そこにいるんだよな?」 「いない…」 「いるじゃねぇか。話があるんだ、ここを開けろ。」 「いないったら、いないんだ…!」 自分でもどうしてここまで頑なになっているのか分からないままそう応えると、鍵をかけたままでベッドへと潜り込んで耳を塞ぐように頭から布団を被ってぎゅっと目を瞑りました。 そうしていつの間にか眠りの底へと引き込まれていったのです。 そこは色とりどりのお花が咲き乱れる広い庭園でした。 手入れが行き届いているのか、萎れた花など見当たらず緑はどこまでも深く、花々はその色を鮮やかに映し出していました。 綱吉はどうしてこんな場所に紛れ込んでしまったのか不思議でなりません。 人の気配はなく、辺りを見渡すと少し離れた小高い丘の上に人影が見えました。 ここはどこなのか知りたくてそちらへと足を向けた綱吉は途中でぴたりと止まってしまいました。何故ならその丘の上から手を握り合って降りてくる人物に見覚えがあったからです。 すらっと長い手足に豹のようなしなやかな足取り、それから黒い髪と黒い瞳にどこか人を喰ったニヒルな笑みをたたえた顔を見てすぐにリボーンだと分かりました。 今の小さいリボーンではありません。小学生から見て、大人だと思えるほど大きく育っているのにそれがリボーンだと思えたのです。 そんなリボーンに手を握られて幸せそうに笑う女性はあの綺麗なお姉さんです。 どうしてそんな人と一緒にいるんだと言いかけた時、その女性がそろそろ時間がくるわねと言って大きなリボーンの唇にその艶やかなリップを押し付けそうになったところで目が覚めました。 「ゆめ…?」 いくら冬とはいえ頭まで布団を被っていたせいでしょう、ぐっしょりと寝汗を掻いた綱吉はここが自室であることを何度も何度も確認しました。 窓からは太陽ではなく月明かりが柔らかい光を照らし出しています。 一体何時間寝ていたのかと枕元にある時計へ手を伸ばすとその横に小さなハムスターが丸くなっていました。 「…スカル?」 『ん…?なんだ、起きたのか。』 暖房もつけていない部屋にハムスターがいてはまた冬眠してしまいます。慌ててスカルを手の平の上に乗せるとまだ暖かい布団の中へと引き込みました。 電気を点けることも忘れ、ブルブルと震えるブルーグレイのハムスターを抱えているとスカルがぽつりとぼやきます。 『まったく、いつものこととはいえリボーン先輩もムチャクチャいいやがって!お前が中に入れてくれないから開けて来いとか言うんだぞ。このサイズで開けられる訳がないだろう!』 スカルは小さい身体を生かして綱吉の部屋まで入ってきたのでしょう。けれどハムスターでは部屋の鍵を開けることは出来ません。 仕方なく丸くなって寝ていた綱吉の目に届く場所で目を覚ます時を待っていたようです。そこまでさせられたスカルに悪かったなという気持ちは湧いても、やはり綱吉は口を閉ざしたままスカルを暖めます。 そんな綱吉らしくない態度に気付いているスカルは、いつもは握りつぶされそうで怖いからとすぐに逃げ出すところをどうにか堪えて綱吉の気の済むようにさせようと黙りました。 その晩はそうしてリボーンがいないまま、一人と一匹で静かな夜を過ごしました。 凍えそうに寒い夜が密やかにひどくゆっくりと流れていきます。 . |