リボツナ | ナノ



6.




出勤してきた早番の山本先生と一緒に子供たちの朝食を作ってから引き継ぎを終えて勤務交代をした。
7時少し前のこの時間は通勤、通学ラッシュはまだ先でバスの車内はオレとリボーンとほんの数人が乗り合わせるだけだった。

横に座るリボーンはいつもの乏しい表情で窓の外が流れていく様を眺めている。
前の座席の背もたれに手をつく右手を視界に入れて咄嗟に顔を背けた。

あれから何度かそのことを尋ねようと口を開きかけ、けれどことの異常さにどう尋ねればいいのか分からずに開けた口を閉じていた。
もの言いたげなオレに気付いているだろうリボーンは、その度にじっとオレを見上げどんな問いかけにも逃げない姿勢を見せていた。

情けないのはオレだ。
尋ねられないのは尋ねた先にあるそれを受け止める度胸がないからに他ならない。
大体モンスターの存在すら半信半疑のままなのだ。いや、曖昧なままで通り過ぎることを望んでいる。
汚い大人だった。

小さくため息を零すと丁度のタイミングで自宅近くの停留所を知らせるアナウンスが流れてきた。
慌てて停車ボタンを押すとバスはゆっくりといつもの停留所へと滑り込んだ。





マンションに足を踏み入れた途端、どっと疲れが押し寄せた。
昨晩は仮眠を取った筈なのに何故こんなに身体がだるいのだろう。

リボーンを先に上がらせると手洗い、うがいをしてから寝室に転がり込んだ。
重たくなった手足を放り出したままベッドの上で長くなっていると寝室のドアの扉のところからリボーンが声を掛けてきた。

「寝るのか?」

「ん…ごめん、ちょっとだけ横にならせて。」

「構わねぇぞ。あれだけ絞り取ってやったんだ、寝とけ。」

「んー?」

言葉の意味が分からなくて尋ね返そうとリボーンへと顔を向けたところでぶつりと記憶が途切れた。












夜な夜な現れるようになったヴァンパイアに小さい町は騒然としていた。
闇に潜むヴァンパイアも、満月で獣へと変身する狼男も、怪しい魔術を使う魔女も、そういった様々な者たちがともに存在していた時代だった。

未通娘を持つ家では厳重に扉を閉めたきり堅く閉ざされ、家の者以外の立ち入りも出来ないように警戒を強めている。
けれど流行り病で両親を亡くしたばかりのオレは、男ということもありまたオレ一人死んだとしても誰も悲しむ者などいないという事実にやけくそになっていたらしい。
誰もが死にたくはないと拒否する仕事に就いたのはそういった事情からだった。

まだ電球も電気も発明されてはいないこの時代では、火の番をするのは若い男の務めでもあった。
オレのような身よりのない男がこの町を統治する貴族の家で働けるようになったのは、先に務めていた者たちがヴァンパイア怖さに逃げ出してしまったためだ。

一人娘だというご主人さまの娘は年齢こそ16歳だが本当に未通かどうか怪しいと屋敷の使用人たちが小声で漏らしていた。
ご友人と言われる男友達があまりに多く、またご主人さまのお留守の際にはそのご友人たちが泊っていくのだと。

町にいるような娘たちと違い、綺麗に身なりを整えたお嬢様は確かに煌びやかで綺麗に見える。だが身分を笠に着た態度はひどく鼻についてオレは苦手だった。

生まれてこのかた、ヴァンパイアだの狼男(ワーウルフ)だのといった存在をお目に掛ったことはない。
けれど噂ではヴァンパイアは未通娘の血のみを欲するらしい。
ならばお嬢様は大丈夫なのではと思えど、ご主人さまは大事な一人娘であるお嬢様のためにオレとあと数人の火の番を雇われたという訳だった。






深夜の火の番は2人交代で務めている。
先ほど変わったばかりのオレは、煌々と闇夜を照らす松明の光に揺れる自分の影をぼんやりと見つめていた。

夜空には半月が顔を覗かせていて、その周りには宝石がちりばめられたような星の瞬きに包まれている。
松明の炎と十字架、そしてにんにくを手に城内へと続く道の脇に座りこんでいると突然話しかけられた。

「おい、生きてんのか?」

「んあ?」

甲高い子供の声に顔を上げると闇の中から現れたような真黒い格好の子供がこちらを覗きこんでいた。
なんでこんな時間に…という疑問はもたなかった。
モンスターの類であろうと、そうでなかろうとオレにはどうでもよかったからだ。

「…ここは子爵の城だよな?なのになんでてめぇみてーなボケらっとしたガキが門番していやがるんだ?」

「ガキって、お前がガキだろ!オレは来年18になるんだ。ガキじゃない。」

むっと口を尖らせてそう返すと、驚いた様子の子供は突然クツクツと笑いだした。

「いい度胸だ。てめぇはここの娘がヴァンパイアに狙われてるのは知ってんだろ?そこまでして守りたいほどイイ女なのか?」

「まさか。ご主人さまには悪いけど処女じゃないどころかアバズレって噂だよ。狙うなんて見る目ないんじゃないの、そのヴァンパイア。」

「ふん?」

「仕事があるのはありがたいけどオレはああいうタイプの女の子は嫌だな。それともヴァンパイアにとって血っていうのは高貴な貴族の血であればいいのかい。」

「さあて…」

ニヤリと笑った顔は子供のものではなかった。
何故かヴァンパイアと対峙しているというのに恐怖はなかった。
それは相手が威圧していないからかもしれない。

松明を握った手を持ち替えようと視線が下を向いた瞬間、手を弾かれて松明が地面に転がる。
流れる雲に月が隠され辺りに闇が広がり、首に掛けた十字架がチャリ…と音を立てた。

「…門番、名前は?」

後ろから肩を抱かれ、顎を固定されながらそう尋ねられた。
子供の声ではない。艶を含んだ声は耳朶を低く打ちつける。
ゾクリと背筋を這う冷たい感触に声が凍りついた。

「怖いのか?」

首筋に寄せられた唇が肌の上を動く度に違う疼きが湧き上がる。
ドクドクと在り処を知らせる命の鼓動は恐怖と初めて知る淫猥な衝動に飛び跳ねていた。

「っ…!」

「さっきの問いの答えを聞きたいか?……貴族の血だろうかお前のような薄汚い小僧の血だろうが変わりはない。人が作った上下なんぞオレには関係ねぇ。あるのは未通か否か、だ。」

そう呟くと逃げられないように顎を押さえつけられたまま耳裏に強く吸い付かれた。

「あっ、」

「お前は面白い。そして綺麗な血を持っている。また会いに来るぞ。」

その言葉を残して拘束を解かれるとそこになにもいなかったかのように、気配もなにも残ってはいなかった。
男の腕から逃れ、力が入らなくなってしまった身体はズルズルと地面に尻もちをついた。
びゅうと身体を吹き抜ける風だけが夜明け前の冷たさを伝えていた。









次に目が覚めると昼はとうに過ぎていた。
遮光カーテンをひいたままの寝室は昼間の光を遮断して暗闇を作り出している。
肩まで掛けられていた上掛けを剥いで起き上がると、いつからそこにいたのかリボーンがこちらをじっと見つめていた。

「リボーン?」

切なさと懐かしさと痛みがない交ぜになっているような表情など初めて見た。
オレの呼びかけにすぐいつもの能面のような無機質な顔に戻ってしまい、それは見間違いだったのだろうかと思うほどだ。

それでもオレを見つめる視線はどこにもいかない。
白い滑らかな頬に手を添えるとビクリとリボーンの細い肩が揺れた。

「寝ててごめんね。話を聞かせてくれる?」

黒い瞳が迷うように眇められた。


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