5.二人揃ってお買い物昨日の電話口での醜態事件の後、腹が立ったオレは実家に逃げていた。 それでもすぐに帰るつもりだったので、着替えは持たずに学校の制服と鞄だけ抱えて沢田の家に転がり込んだのだ。 いつもは仕事で帰りが遅い父さんが、何故かその時だけは間の悪いことに早く帰ってきていた。 ことの顛末はとても話せないが今日だけ泊めてと言うと、たまには喧嘩したからじゃなく顔を見せに帰ってきなさいという母さんの言葉にうんとだけ頷いた。 父さんの離婚だ!といううきうきと弾んだ声に正直ムカついたオレは口を利いてやらなかったけど。 オレが実家に戻った翌朝にはやつれた様子の先生が母さんの味噌汁をすすりながら、新聞で不機嫌な顔を隠している父さんの前で座っている姿を見つけた。 出ていった時と同じ背広姿にささくれ立っていた心が少し平らになったので許してあげることにした。 「もうしない?」 「ああ、懲りた。」 本当かなとは思ったが心配性な先生のこと、書き置きもなく飛び出ていったオレを探して寝ずにここまで来てくれたことなど容易に想像がついた。 携帯電話の一件はオレを心配するあまりの暴挙だということも知っている。 そもそも結婚に至った直接の原因は山本とオレの仲を疑った先生による拉致監禁。それが誤解だと分かった先生が、互いの所有権の在りかを明確にするために結婚という鎖で縛り付けた…というのが結婚までの流れだった。 でも結婚後も変わらずモテる先生にオレだってヤキモキしている。帰りは遅いし、帰ってくれば女物の香水が存在を主張するように纏わりついているのだ。 疑ったりはしないが、もやもやと嫌な気分が晴れることはなかった。 我慢していたものが携帯電話の一件で弾けてしまったのだと気付いたオレは、バツが悪くてどう声を掛けていいのか分からなくなった。 ここでごめんと謝るのは先生を調子付かせてしまいそうだし、だからといって先生ばかりを責めることも出来ない。 先生の隣に用意されていた母さんの朝食に箸をつけながら、チラチラと隣を覗き見ていると、そこに新聞で顔を隠したままの父さんが口を挟んできた。 「いいんだぞ、ツナ。このままずーーっと家にいても。」 「それは…ムリかな。」 というか嫌だ。 先生との暮らしが当たり前になっていたオレは、もうこの家に自分の居場所を見つけられない。 オレの居場所はもう先生の隣しかないのだと分かった。 「どうしてだ?!父さんはツナと母さんが言うから仕方なく認めたが、こんないかにも遊んでますみたいな面した男はツナには向かないと思うぞ!!」 「遊んで…いや、まぁ、うん。モテるのは仕方ないだろ。」 「そうよねぇ。リボーンくんは格好いいもの、好きになっちゃう女の人はいるわよね。」 母さんは助け舟なのか、それともとどめなのか分からないフォローをしてくれた。 私もリボーンくんに見詰められるとドキドキしちゃうものなんて聞いて、オレと父さんは慌てて母さんの顔を凝視する。 「やだ!なぁに?一般論としてそれくらい格好いいってことよ?」 なんていいながらも頬を染められるともの凄く心配になる。 母さんとオレは姉弟に間違えられるほどよく似ている。そして先生はオレのことを可愛いと言っては顔にキスを落としていくのだ。 同じ顔なら母さんの方が女の人だし、可愛いという点では女の人特有の可愛さが肉親の欲目でなくあると思う。 眉が垂れてしまっていることを自覚できるほど情けない顔になってしまっていると、横から先生がオレの手をぎゅっと握りとった。 「ありがとうございます、義母さん。しかし今はツナが余所見をしないでくれているだけで充分です。」 「なっ、」 言われ慣れている大人の余裕というヤツにしても、よくもまぁ衒(てら)いなく言えるものだと言葉を失う。 どの口がそれを言うのかと思わず横を振り返ってしまってからそれを悔いた。 その顔は反則だ。 手を握られたまま顔を赤くして先生と見詰め合っていると、斜め前からゴホゴホとわざとらしい空咳が聞こえてきた。 「あー…ツナ?学校の時間はいいのか?」 「うわっ!今日こそ行かなきゃ!」 慌てて母さんのご飯を掻き込むと、それを聞いた父さんが血相を変えてテーブルに乗り上げる。 「なにぃ?どういうことだ!?」 「まあまあ。たまには色々あるわよね?」 そんな父さんの肩をそっと掴む母さんの何でも分かっているわよといわんばかりの言葉に、齧りついていたたくあんが喉に引っ掛かった。 すぐに隣から差し出されたお茶を煽っていると、先生が世間話でもするようにシラっと言い出した。 「すみません。つい、綱吉くんが可愛かったもので…学校に行かせたくなくなってしまいまして。」 飲んでいたお茶が勢いよく噴出してテーブルの上を汚す。 台拭きでそれを拭き取りながらも否定も出来ずに下を向いていると、父さんが握っていた新聞紙を2つに引き裂きながら顔を赤くして怒りはじめた。 「ふふっ、ごめんなさいね?ツナは一人っ子だからあの人、本当に大事なの。」 食事もそこそこに慌しくキッチンから逃げ出したオレたちは、父さんの怒声を背に笑いながらオレと先生を送り出してくれた母さんに手を振って、先生の車へと乗り込んだ。 「ご、ごめんね。父さんが…」 走り出した車の中で父さんの失礼な物言いを詫びると先生はくつくつと笑い出した。 「あれくらいお前を貰うと決めた時から覚悟していたぞ。むしろ今まで我慢していたのかと思うと余程ツナと義母さんの言葉に逆らえないんだと…くくくっ!」 違うところで笑っているらしい先生に少しホッとしたオレは、ギアを握る手にコテンと頭を凭れ掛けた。 「ツナ?」 「あのさ…今日は帰ってくるの、遅い?」 丁度赤信号に変わったところで先生がギアを落としながら停車させる。 早朝ということもあり、まだ車通りもまばらな交差点は前からの対向車も見当たらない。 顔を上げられずに額を先生の腕に擦り付けたまま、ぎゅっとその腕を握り締めた。 「お茶碗、欠けちゃったんだ。だから、その、新しいのが欲しくて…で、その、オレ見立てが悪いし先生に見て欲しいなっ…て、」 欠けたのは本当だ。ただしもう1週間も前の話で、しかもオレはそれを今の今まで気にしてはいなかった。 色違いは嫌だと突っぱねてわざと違う茶碗にしたそれが、今更寂しいと思うなんてバカげているだろうか。 突然の茶碗の話に意味が分からないんだろうと思いながらも、それでも今日くらいは一緒に買い物をして一緒に食事を摂りたいと思って口から訳の分からない言葉が零れた。 これじゃ意味不明だよなと、恥ずかしさに瞼を強く閉じると頭をぐりぐりと撫でられて驚いた。 「…今日は何が何でも早く帰ってくるぞ。そうしたら一緒に買い物に行くか。」 「っ…!う、うん!」 嬉しさに顔を上げて返事をすると上から先生の顔が迫ってきた。 そのまま逃げずに唇を合わせていると、後ろからクラクションの音が響いてきた。それでもオレから先生が退くことはなかった。 . |