リボツナ | ナノ



19.




目の前に飛び出てきたそれは人狼の頭だった。コマ割のようにワンカットずつ流れているシーンはまるで映画のようで、地平線の向こうから零れる日の光が異様な光景を浮かび上がらせていた。
頭だけだというのに、しっかりと意思を持ってオレに襲い掛かる人狼は一直線に心臓を狙ってきている。

ほんの一瞬の出来事に逃げるという選択は思い浮かばず、足は地面に張り付けられたままどうすることもできなかった。
ダメだと諦めかけた時、またも横から伸びた腕に引かれ間一髪で人狼の口から逃れることができた。
痛みのない身体にホッと息を吐き出したところで、苦しそうな呻き声が聞こえてくる。慌てて顔を上げてオレを庇った背中から抜け出すと人狼は鋭い牙を立ててリボーンの胸に喰らい付いていた。

「っ…!」

「リボーン!」

身体の一部でも残っていれば必ず喰らってやるという宣言通りの醜悪な姿に足が竦みながらも、リボーンから人狼を引き剥がそうと手を伸ばすと、いつの間にか握っていた拳銃の柄で叩き落とされた。
痛みにかわずかに震える手元で拳銃を強く握りしめたリボーンは、躊躇いなくその銃弾を自分の心臓に喰らい付いている人狼の頭へと撃ち込んだ。

パン!という音とともに霧散していく人狼の頭とともに、抉られたリボーンの胸からは赤い血が噴出して止まらない。
崩れ落ちる背中を支えきれずに地面へと尻餅をついたオレの膝の上で呻き声も上げることが出来ずに死人のような顔色へと変化していくリボーンに抱きついた。

姿を変えることもできずに、自らの銃弾を心臓に撃ち込んだリボーンはわずかな衝撃にも耐えられそうになかった。
退魔の弾は諸刃の剣だ。リボーンもバケモノであるからなおさらに。
この状態のリボーンを引き摺っていくだけの力もなく、また背中からの光を止める術など見当たらずに浅く息を繰り返した。

赤々とした朝日が、もうそこまで迫ってきていた。
一日の始まりを告げる太陽をこんなに憎んだことはなかった。
ヴァンパイアは日の光に弱い。いくらリボーンだとてこの状態で浴びてしまえばどうなるか分からない。

庇うようにリボーンに覆い被さっていると、ジャリッという靴が砂を踏み締めた音が近付いてきた。
こんな姿のリボーンを見られたら最後だというより、誰でもいいからリボーンを日の届かない建物の中へ一緒に運んで欲しくて顔を上げると、そこにはボサボサ頭によれよれの白衣を身に纏った背の高い男がリボーンの顔を侮蔑するような視線で見下げていた。

「さすがの私でもその状態ではどうすることも出来ないな。だが、方法がなくはない…」

この男が誰で、リボーンとどういう関係なのかなんてどうでもよかった。
土気色へと変色しはじめたリボーンの顔に手を添えて、男の顔を必死に見詰めた。

「教えて。オレに出来ることなら何でもする…!」

そこまで迫った太陽の光がじわじわとリボーンの命を吸い取っていく。
睨むように男を見詰めていると、簡単だとこともなげに言われた。

「お前の血をくれてやればいい。聞いていないか?お前の血は我らヴァンパイアにとっても、人狼などのモンスターにとっても万能なのだ。…ただし、瀕死状態での吸血は自我が薄れる。一度吸いはじめればお前だと分からず全身の血を残らず吸い尽くすかもしれない。その覚悟はあるか?」

眼鏡越しの濁った瞳がその瞬間にだけ爛々と輝いた。
その瞳から視線を逸らすことなく頷くと、足元に落ちていたリボーンによって壊された家宝の刀の残骸の切っ先で手首の皮膚を掻っ捌いた。

血管にまで到達したらしい傷から噴出すように血が流れ落ち、リボーンの顔を赤く染めていく。
血の匂いに反応した唇がわずかに動きはじめ、そこに自分の手首を押し付けた。
すると唇の奥から現れた牙が手首を固定するようにくわえてごくりごくりと喉が上下をはじめた。

急激に搾取される感覚に痛みも恐怖もなにも感じることはなく、けれどこれがリボーンと過ごす最後の時なのかもしれないと思うと意識を手放したくはなかった。
こんなことをしても喜ばないことは知っていたが、それでも手の中でリボーンが消えていくことを見過ごすことが出来なかった。

「…ごめんな、馬鹿で。」

生死の間を彷徨って、本能だけの状態のリボーンの耳に届かないことは知っていた。
自己満足に自己満足を重ねただけの行為は誰も幸せにすることはできない。
これで自分の生が終わるのならば一番幸せだが、残されたリボーンや父親や母親や祖父はどう思うだろうか。
それでもこの気持ちに殉じたいという想いは止められず、霞んでいく視界の中で手首から唇を離しオレの首筋へと牙を立てる顔ににっこりと微笑みかけた。

「まごうことなき愚か者だな、お前は。」

手首から流れていた血はいつの間にか止まっていて、赤く染まった袖口だけがオレの覚悟を笑っているようにみえる。
人ならざる力で締め上げられながら吸血行為の快楽に息を吐き出していると、白衣の男が片方の口端をくいっと上げながらそう話しかけてきた。

「こいつもお前たち人間なんぞを守り続けるなどという馬鹿なことをしていたが、お前はそれ以上の馬鹿だ。だが、愚かなことも時には必要だ。…お前が生きてこの世の朝日を見ることが出来たならばこれを飲むがいい。リボーンの欲しがっていたものだ。そういえば分かる。」

それだけ言うと力なくリボーンの背中にしがみついていたオレの手に一錠のカプセルを握らせた。
朝日が煌々とオレたちを照らし出しているというのに、男もリボーンも灰に帰ることはなかった。
手の平のカプセルをぎゅっと握り締めたまま、そっと意識を手放していった。



















京子が卒業旅行にと選んだのはイタリアからスペインへと跨って周遊する10日間のコースだった。
小学校からの親友の花と、高校からの友人のハルの3人で学生時代最後の自由を満喫するべくこうしてイタリアの石畳を歩いていた。

治安があまりいいとはいえないイタリアの路地を3人で足早に駆けている途中ですれ違った顔に、思わず京子はその足を止めて振り返った。
ふわふわと纏まりのない茶色の髪が、その横の頭一つ半は大きい黒い髪の男と馴染みの街を縫うように歩いている。
そんな京子に気付いた花が、どうしたの?と声を掛けるとううん!と京子は頭を横に振った。

「小さい頃の保育園の先生によく似ていた人とすれ違ったの。」

「はひー!それは運命です!こんな異国ですれ違うなんてきっと神様の思し召しです!声を掛けてみたらどうですか?」

「でも…」

そう言い淀んだ京子を不審に思った花は何も言わずに京子の顔を覗き込むと、困惑しきりに眉を寄せ一生懸命思い出そうと視線を彷徨わせる京子をみつけた。

「私が5歳の頃に20代だったんだよ?今は40くらいになっていてもおかしくないよね?なのにそのままだったの。何も変わっていなかったの…」

「ええぇ?」

「エクセレントです!というか、それは別人なんじゃないですか?」

当然の返答に京子はそうだよね!と頷くと、また3人でホテルへと歩き出した。
その後ろ姿をこっそり振り返って見詰めていた茶色い髪の青年は、隣の黒髪の男に頭を抱えられて引き摺られるように路地の闇へと吸い込まれていった。


おわり



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