リボツナ | ナノ



4.




中国からの留学生である風は目の前の人物を前に悩んでいた。
声を掛けるべきか、掛けざるべきか。
それはとても難しい問題だと彼は思った。

図書館の一番隅にあるために死角になっている日当たりのいい一角。
そこは風のお気に入りの場所だ。
留学生のせいか、はたまた某風紀委員長とよく似た面差しのせいか、それとも彼の温かい人柄故にか学校で彼が一息つける場所といえばここだけなのだ。

けれど今日は先客がいた。
ふわふわの髪が夕日に染まってオレンジに見える。小柄な少年は熟睡しているようだった。

いつもなら仕方ないとすぐに踵を返すのに、今日は何故か少年の顔を見てみたいという好奇心に負けてそっと足を伸ばす。
くーすー、くーすーと寝息まで立てている口許にくすりと笑うと手で半分隠されてしまっている顔を覗き込んだ。

「?!!」

顔を見て驚いた。
ずっと探していた少年だったからだ。
風が留学してきたばかりの頃、何故か女子生徒に追いかけ回され、落ち着いて食事も取れない日々が続いていた。その時に出会った少年だった。

言葉のニュアンスが分からなかった風が曖昧に微笑み掛けてしまったところ付き合ってくれると勘違いした女の子たちが我が我がと風に迫ってきていた。
勘違いさせていたことすら気付かなかった風に、この誰にも見付からない安全地帯と助言を授けてくれたのが目の前で寝ている少年だった。

黒縁で分厚い瓶底のような眼鏡の合間から覗くまばらだが長い睫毛にドキドキして、あれが初恋だったのだと気付いたのはそれから1週間も経ってから。

かなり小柄だったことと、幼い様子だったことで1年生だろうと当たりをつけて探していたのだが結局見付かることなく1ヶ月が過ぎていった。
それならばと自分と同じ2年生を探そうかと思っていた矢先のことだった。

寝息すら頬に当たるほどの至近距離にいるというのに起きる気配すらみせず、少年は眠りこけている。
安らかな表情を見せる少年を前に起こして想いを告げるべきか、それともこのまま起きるまで待つべきなのかを考えているという訳だった。

ずっと同じ格好で長く寝ているのか、先ほどから長い睫毛がピクピクと動いている。
そろそろ起きるかもしれない。
そう思うと心臓が煩くなってきた。

探し求めていた少年との対面に胸躍らせる気持ちと、この想いを告げたら嫌われてしまうかもしれないという不安が渦巻いている。
それでもこのチャンスを逃す気はなかった。

本棚を背に体育座りで頬杖をつきながら器用に寝ている少年の横で風は少年の寝起きを待っていた。

ピン・ポン・パン・ポーン

鼓膜を叩く放送音に驚いていると、隣で寝ていた筈の少年がいきなり立ち上がると頭を擦らんばかりに下げて謝りはじめた。

「すみません!すみません、雲雀さんっ!明日は絶対遅刻しません!」

どうやらあの放送音は風紀委員の呼び出し音のようであった。
そして隣で寝惚けながらも謝罪し続ける少年は遅刻の常習犯であるらしかった。
成る程、今度からは始業時間ギリギリに校門の前で待ち伏せてみるのもいいかもしれない。ヒバリに見付かると手合わせしろと煩いが、この少年を捕まえるためだ、致し方ない。などと思いながらも笑って声を掛けた。

「ここは風紀委員ではありませんよ?」

「へ?あ…あれ?」

声を掛けられ振り返った少年は一瞬、風を雲雀と勘違いしたようだがすぐに違うと分かってその幼い顔を綻ばせた。

「隣のクラスの留学生…だよね?」

「隣?それでは君は2年生なのですか?」

「そうだよ。って、オレ1年と間違えられてたの!?」

驚いた風にショックを受けた少年がその大きな瞳を歪ませる。
綺麗なミルクチョコレート色の瞳を見て少し残念に思った風はつい尋ねてしまった。

「眼鏡はどうしたのですか?とても君に似合っていたのに。」

野暮ったい眼鏡の隙間から覗く長い睫毛、それから大きさが合っていなかったのかずり落ちた眼鏡の向こうから上目使いで覗き込む瞳とかに男心を鷲掴みにされたのだから。
それはさすがに言えないと口を閉ざすと、少年は小首を傾げて風を見上げた。

「似合わないかな?」

「いいえ!君の可愛い顔は隠してしまうには惜しいと思います!けれど、眼鏡からわずかに覗く瞳もまたよかったのです。」

「は、はぁ…」

熱く語る風にどう返事をすればいいのか分からないまま生返事をすると、風が少年の腕を掴んだ。
風は中国拳法の達人でそんな彼から逃れられる筈もなくただただ少年はぼんやりと風の顔を見上げるだけだ。
その大きな瞳に自分だけが映っていることを満足気に確かめるとずいっと風の顔が近付いてきた。

「お名前は?」

「さ、沢田…沢田綱吉、」

「ではツナ、これから言うことをよく聞いて下さいね。」

にっこりと風が微笑むと沢田はわずかに頬を赤らめる。それに気をよくした風がもっと近寄って沢田の瞳を覗き込んだ。

「どうやら君に一目惚れをしたようです。ずっと探していました。付き合っている人がいなければ僕とお付き合いしましょう。」

「……………っ?」

沢田のただでさえ大きな瞳がいっそう見開かれて零れてしまいそうになる。
聞き間違いかと焦る沢田を余所に立ち上がると、ぐいっと腕を引っ張り上げた。

風より10センチは低い位置にある頭、まだ少年の域を脱していない頼りない肩も細すぎる身体もどこもかしこも愛らしい。
そう告げる瞳に自らのピンチを悟った沢田はどうすればいいのかを必死に考えていた。

いくら可愛いだの言われても沢田は沢田。ダメツナ根性は抜けていないし、まがりないにも男だという自覚はあったのでほとほと困り果てた。

ここに逃げ込んだ理由もそれで、委員会が終わるまでスカルを待とうとしていた沢田に声を掛けてくる男があまりにも多かったからだった。
コロネロは部活で、リボーンは何やら用事だといって今日は休みだったせいでもある。

ともかくここ3日の間に男に告白されること数十回にも及んでいるせいで、嫌悪感は浮かばないが受け入れられないと撥ね退ける反発心は膨らんでいた。

けれども風は留学生である。
以前も言葉のニュアンスが分からなかったこともあり、ひょっとして言葉の使い方を間違えているだけなのではという一縷の望みを掛けていた。

返事を躊躇う沢田ににっこりと微笑む風。傍から見ればいい雰囲気に見えたかもしれない。
そんな2人の間に(風にとっては)無粋な声が掛かった。

「待たせた、ツナ。」

いかにも走ってきましたといわんばかりに肩で息するスカルが図書館の扉を勢いよく開けた。
それにホッとした沢田は風から逃げ出してスカルの背中へと隠れてしまう。

そんなことをされれば普通ならダメだったかと萎んでしまうが、風は普通ではなかった。
留学生だからではなく、元からポジテブなのだろう。そう、リボーンたちと同じくらいに。

「大好きです、ツナ。また明日!」

そう爽やかに挨拶をされてまた明日と思わず沢田が返したところでスカルが焦って問いただす。

「ちょ、何者だ?なんでツナに告ってるんだ!」

「ツナの隣のクラスの風です。以後お見知りおきを……そうそう、ツナの眼鏡ですがあなたがツナから取り上げたんですか?」

「誰がお前なんか!っつ、嫌オレじゃない。せんぱ…リボーンがツナにぶつかって壊したんだ。」

「そうですか、それは残念。」

「残念?」

「ええ、そうでしょう。ツナのあの黒眼鏡からチラっと覗く茶色の瞳がよかったのに…勿体ない。」

そう嘆く風に何故かスカルが勢いよく頷き始めた。

「そう思うか?!そうだよな。このツナもすごく可愛いが、眼鏡越しに見上げられるのも萌えたんだ!」

「もえ…?」

「そう、胸が苦しくなってどうにもならないほど可愛がりたくなる心情のことだ。」

「成る程、それが萌えと言うのですね。確かにツナの眼鏡姿は萌えです。」

「なっ!」

と分かりあい始めたスカルと風を放って、様子を見にきたコロネロに耳を塞がれて連れていかれた沢田ははーっと長い長いため息を吐いた。

「……とりあえず、オレの前で『萌え』は禁止ね。」

「分かってるぜコラ。」

心の中ではスカルと風に同意しながらも、ツナにはそう頷いたコロネロだった。



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