1.小学校生活最後の行事は卒業遠足となっていた。 普通の小学校だと春に済ませてしまったり、秋の行楽シーズンに出かけたりするものらしいのだが沢田綱吉の通う小学校では毎年年明けと決まっている。 綱吉たちの乗ったバスがゆるやかに駐車場へと吸い込まれ、潮風が吹き上げる園内の入り口を視界に入れる。速度の落ちた車内では誰もが皆楽しげにこの先の時間をどう過ごすかを相談し合っているようだった。 中学校の受験を終えたばかりの2月の6年間で最後の行事とあって誰もがこの日を待ち望んでいた。 そんなことなど関係なく、地元の市立中学校への進学が決まっている綱吉はバスに揺られ酔った青白い顔のままふらふらとバスから遠ざかっていった。 友だちの少ない…というよりいないといった方が正しい綱吉には、楽しく園内を回る約束をしている者などいない。 だからといっていつも綱吉を構って弄って、それでも面倒を見てくれていた彼とまた今回も回るという訳にもいかないだろう。 なにせ彼はクラスの、いや学年一の人気者なのだから。 バスを降りたら即自由行動という気楽な卒業遠足は、帰りの時間までにバスに戻ってくればいいと先生が説明していた。 あまりこういった娯楽施設が好きではない綱吉は昼まで少しぶらついて、それからどこかでハンバーガーでも食べてからバスに戻って時間になるまで寝ていようと決めていた。 それにつけてもどこで何をしていようか。 先生から手渡された園内のマップを覗き、一番人が少なそうで一番時間の潰せそうなアトラクションを探す。 被っていた帽子を取り、背負ったリュックを降ろして清潔に保たれている路上へと置いた。 母親から手渡されたお金でお土産も買ってこなければならないことも考慮して大きめのリュックを渡されたのだが面倒だなという気しか湧いてこない。 木に寄りかかり、小学生に似つかわしくない大きなため息を吐いているとドンと背中を突き飛ばされた。 「お前、何木と同化してやがんだ。暗いヤツだな。」 「うわわっ…!ってリボーン?!なんでこんなところに?」 ぼんやりしていたところを思いの外強く押されてよろけているとリボーンが腕を掴んで支えてくれた。 それに礼を言いながらもそう訊ねると聞こえなかったのか綱吉を引っ張る腕を強めて自分の前に引き寄せた。 前から数えた方が早い小柄な綱吉と、後ろで1,2を争っているリボーンとでは体格の差がある。 しかもリボーンが外国産、綱吉は純国産だ。 腰の位置がまるで違う2人は傍から見たら大人と子供ほど違って見えた。 綱吉と同じく帽子を脱いでいるリボーンはいつものように全身黒尽くめ。対してパーカーにハーフパンツのどこからみても小学生な出で立ちの自分を省みて何故だかバツの悪さを感じた。 それに気付かない様子のリボーンは綱吉が広げていたマップを覗き込むと珍しく真剣な顔をして考え込んでいる。 「どこ行く気だったんだ?」 「う、ん…そのあんまり人のいなそうなとこ、」 暗いヤツだなとまたからかわれるのかと身構えていると、逆に頷いて用意してきたらしいガイドブックを取り出した。 何だかおかしい。そもそもどうして自分なんかのところに現れたのかその理由さえ分からない。 目の前の外国人特有のすっと通った鼻と長い睫毛を眺めていると、てめぇも一緒に考えろと怒り出す。 勝手に現れて、理不尽に怒り出す相手にやっとほっとした。 それでこそリボーンだ。 「わかんないって!オレ、ここ初めてなんだからな。」 「フン、ダメツナは何度来ても忘れんじゃねぇのか?」 「んな?!」 くくくっと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべるリボーンにやっといつもの調子を取り戻すことができた綱吉だった。 少し歩けば同級生にかち合うこと数回。 その度に近寄ってくる女の子たちを振り切って逃げ出すこと同じ数だけ繰り返したがそれでもどうにかアトラクションを3つ消化した。 今は別のアトラクションに乗り込んでいて、暗い洞窟を模した中にいた。 船の形をした乗り物に乗るのは綱吉とリボーンだけで、前後は家族連れ。そして乗り物と乗り物の間は離れている。 効果音が響くアトラクション内で乗り物の手摺りにしがみ付いていると、横から肘で脇腹を突かれた。 「おいツナ。」 「何だよ?」 一拍置いた言葉に訝しんで横を振り返ると長い足を窮屈そうに折って腕を組んでこちらを見ていた。 あまりお目にかかったことのない表情だ。 何かリボーンの不興でもかってしまったのだろうかと窺うように覗き返すとチッと小さい舌打ちが返ってきた。 「ご、ごめ…」 「何謝ってやがる。そうじゃねぇ、そうじゃなくて…なんだ、京子はいいのか?」 「京子ちゃん?」 突然出てきた名前に驚いて目を瞬かせていると苛立ったように組んでいた腕を外してくるんとした揉み上げを弄りだした。 これをするときはバツが悪いと思っていたり、言い難いことを訊ねようとしている時だ。 チャームポイントだというくるくるした揉み上げは別に毎朝セットしている訳でもないらしい。 唯一そこだけは可愛いと思える揉み上げを弄りながら、リボーンが喋りだした。 「京子は別の女子中に通うって噂だぞ。」 「あぁ、うん。そうみたいだね。」 突然の話に事態が飲み込めない綱吉はそう曖昧な返事をした。するとリボーンは苛々がはっきりと感じ取れる声を出す。 「だからいいのかって聞いてんだ。」 「いいも何も…オレ、ダメツナだって。オレなんかに告白されても嬉しくないよ、きっと。」 薄暗がりでへにょりと眉間に皺を寄せて笑うと、それを見たリボーンは口をへの字に曲げて横を向く。 「てめぇはダメツナなんかじゃねぇぞ。ちょっと他人より要領が悪ぃだけだ。」 「何言ってんだよ。ダメツナ、ダメツナって一番呼んでたのはお前だろ?」 今までの仕打ちを逆転するような言葉にムッとして返せば、弄っていた揉み上げから指を離してリボーンの顔が益々どこかを向いていく。 「煩ぇぞ。ダメツナって呼んでもいいのはオレだけだからいいんだ。」 「…なんだよ、それ。」 とんでもないジャイアニズムだと思いながらも何故か胸の奥がもぞもぞするような不思議な気持ちになった。 → |