リボツナ | ナノ



1.




2月に入ったばかりの放課後はまだ4時にもなっていないというのに、心寂しさに満ちている。
いや、何も心寂しいのは2月だからでも、放課後だからでも、まして人っ子ひとりその部屋の前の廊下を通りゃしない数学準備室だからだでもなくて。
目の前の見事なまでの点数を突きつけられたからだ。

沢田綱吉は何をやらせてもダメな中学生だ。
運動ダメ、勉強ダメ、物覚えは悪いし、ちょっとどころか大分間抜けだ。流されやすいともいう。
そんな通称ダメツナにだっていいところはある。
間抜けな性格のためか、いいヤツにも悪いヤツにも目を付けられやすい。ダメな意味で目立っているのだが、それも愛嬌と言えなくもない。

だからといって、この成績では高校進学も危ういだろう。
机の上に置かれたテスト用紙にはバツだらけ。丸が一個もない。あるとすればひとつ、点数のところにあるくらいだ。

ふうっ…と、憂い顔も素敵〜!と女生徒から学食のおばちゃんにまで大人気の数学教師であるリボーン先生が深〜いため息を吐いた。
ちなみに綱吉の担任でもある。
綱吉はといえば、何も言えずリボーン先生の前で小さい身体を益々小さく縮めているのが精一杯だ。

このリボーン先生。生徒によって態度が違うのだが、それを知るのは目の前にいる綱吉だけで、他の生徒には至極優しい。女性にはたとえ幼女であろうと老婆であろうと気遣いを忘れないし、綱吉以外の男子生徒にも普通に接している。

にもかかわらず。

「ツナ…お前、この前の授業で出るところを念入りに何度も教えただろうが。それがなんでこんな点数になってやがるんだ?あぁ?!」

ベシベシと先ほど日直が渡しにきた日誌で頭を叩く。
結構な厚みの日誌は、リボーン先生の手首のスナップが利いて非常に痛い。
あまりの痛さと先生の怖さに、涙目どころか声も出ない。
小さく唸っていると、リボーン先生が日誌を頭の上から遠ざけて変わりに本人が近寄ってきた。

イタリアンなリボーン先生は、足も長ければ腕も長かった。その長い腕が伸びてきてネクタイを掴むを机越しに引っ張られる。

「うぐぅ…!」

無理矢理引っ張られた苦しさにくぐもった声が漏れた。それを無視して机越しに引き寄せられた綱吉と、近付いたリボーン先生の距離が縮まる。

「変な声出してんじゃねぇ。ったく、そんなんじゃ立派な宇宙飛行士になれねーぞ。」

「なりませんよ!いつの文集のこと掘り出してんですか?!」

いつでも、どんな状況でも突っ込みは忘れない。それも変な人たちに構われる原因だということを本人は自覚していない。

勿論今も自覚せずに、ついでに状況も把握せずに突っ込んだ。
ネクタイを引っ張る手に力が篭る。

「ちょ…!タンマ!助けて!殺され……うぐっ!」

本当に締りそうになって息が吸えなくなってきた。
机を叩く手に力が入る。
すると、やっと手を離してくれたリボーン先生は、机に懐いている綱吉の顎をくいっと上げると大真面目な顔で言った。

「小学校の卒業文集だぞ。先日、ツナの家に家庭訪問に行った時にお母さんに見せて頂いた。」

「母さん…!」

「ちなみにこんな時期に家庭訪問するのはてめぇが始めてだ。家ではどうなってんのかと聞いてみりゃ…宿題もせずにゲームだってな?」

「母さんっ!」

「つーことは、いつも出してる宿題は獄寺あたりに写させて貰ってやがるんだろ。」

「…」

まさにその通り。
頭のいい獄寺に何故か懐かれてしまった綱吉はいつも宿題を写させて貰っていた。
もうリボーン先生の目を見れなくて、掴まれた顎のまま視線だけを上手に逸らしていた。
それで追求の手を緩めてくれるほど、リボーン先生は優しくない。

「オレの授業中はまともに聞いているような顔してるが、ノート取っている振りしながら寝てやがるだろう?」

「ちが…そんなことないです。」

「じゃーノート出してみろ。」

「……」

だらだらと嫌な汗が出てきた。
リボーン先生の指摘通りだからだ。今日の授業もさっぱりで、ノートの中身もさっぱりだった。

「てめぇはバカだバカだとは思っていたが、星になったお父さんを探しに宇宙飛行士になるなんて、小学校の卒業文集に本気で書くなんて……」

「ぎゃーっ!昔の恥を晒さないで下さいっっ!今は、思っていませんってば!」

ハシッと手で先生の口を塞ぐと、哀れみを込めた目で見られてその上頭を撫でられた。

「…もうちっと世の中を知っとけよ?」

「だから今は知ってんだって!」

イイ子イイ子と撫でられて悔しさで涙が滲んできた。

「先生、オレのことそんなに嫌い?」

この一年弱、ダメ生徒と2人きりになる度に裏の顔で脅されて、構われて、いつもいつも怖い思いをしてきた。
確かに自分はダメツナだけど、こんなに他の生徒と差別しなくてもいいんじゃないかとずっと思っていた。

「ううううっ…」

自分の想像が当たっているのだろうと思うと辛くなって、とうとう涙が零れてきた。
机の上の腕で顔を囲むと、泣いているのがバレないように息を殺した。
それでも小さく震える肩を見なくても、鼻をすする音でモロバレだ。

そんな綱吉を上から見ていたリボーン先生は、無造作に跳ねまくっているミルクチョコレート色の髪の毛をわしゃわしゃと撫でると、ぎゅうと上に引っ張り上げた。

「いっいだっ!…ぐすっ…泣いてる生徒に虐待かよ!」

「そんだけ減らず口叩けりゃ平気だろ。チッ、しょうがねぇヤツだな……ほれ、口開け。」

制服の袖でぐしぐしと目を擦っていると、ポケットから小さな箱を取り出して中から茶色い物を手に綱吉の口許まで運んできた。
先生のいう事には絶対服従を強制させられた結果、拒否するなんてひとかけらも思うことなく口を開いた。
そこへ先ほどの茶色い塊をポイと放り込まれる。

「ふん…?ヒョコ?」

「口の中のもん、喰い切ってから喋れ。」

泣いたカラスがもうなんとやら。むぐむぐと口の中のそれを食べきると、ちょっとオツムの足りない綱吉はえへへ…と笑っていた。

「センセーおいしかった!」

「そーか、そりゃよかったな。」

なんてどこかを向いたきり、こちらを振り向きもしないリボーン先生だけど。
その横顔が赤かったのは、夕日のせいだけじゃないことを綱吉は知らなかった。


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