3.深い霧の中を歩いていた。 見覚えのない獣道を踏み締める足元は何故か裸足で、ごつごつした石や木の根が足裏を汚し小さな傷を作っていく。 体力のないオレはすぐに息があがり手近な木の根元に腰を据えた。 どうしてここにいるのかすら分からないが、何故か先に進まなければならないことだけは分かっていた。 視界を遮る白い霧のその奥にうっすらそびえるのは見たこともない城だ。 そこに何がいるのか、何の目的でそこに行きたいのかすら知らないけれど。 パジャマに裸足という格好にも不思議と不信感は覚えず、ただそこにいかなければという使命感のような感情だけでまた立ち上がる。 誰かが独りで泣いているような気がした。 独りぼっちで泣いているのは誰なのか。 唐突に夢から醒めたオレは身体の上に跨る重みに驚いて跳ね起きようとしたが出来なかった。 ストーカーをされていた学生時代の暗い思い出のせいで、咄嗟に払い除けようとして慌てて手を止める。 そういえばリボーンと一緒に寝ていた筈だ。 ごめんと謝りかけて声が凍り付く。 「あ…」 明かりを一切つけない部屋の暗さよりも、一層深い闇を纏った存在がそこに在った。 ギシリと音を立て近付いてくる重みに身動ぎひとつ取れない。 今朝の男だ。 黒いスーツに目深に被った帽子という出で立ちもさることながら、その独特の雰囲気から堅気ではないことが滲み出ている。 暗い部屋に響くのはオレの荒い息遣いだけだ。 掴まれた足のせいで逃げ出そうにも逃げ出せないようにベッドの上に縫いとめられ、ついっと顔を寄せられた。 低い声音は耳朶を打ち、滴るような淫靡な声を響かせた。 「やはりよく似ているな…あいつもこんな間抜け面だった。」 「は…っ、つ…」 知らないことが怖かった。 殺されるとは思わなかったが、それでも相手が何かに苛立っていることだけは雰囲気で分かる。 どうしてここに入ってきたのか、誰なのかさえ分からないが、知っていると思った。 「まあいい。なんだ?怯えているのか?」 ニイィと笑った口許から零れるそれに視線が釘付けになる。 それは今朝は見えなかったもので、普通の人間には不要の代物だ。 そしてそれを持つ者の名称はオレでも知っていた。 「…吸血鬼……」 「ヴァンパイアと呼べ。」 異形の姿をしていると謳われるヴァンパイア。 けれど目の前の男はその鋭い牙以外、人間のカテゴリーから逸脱してはいない。 逆に美しいとさえ言えるその容姿と、泰然とした雰囲気からはモンスターと言われるような禍々しさは感じられなかった。 それでも、両肩をベッドに押さえつけられゆっくりと近付いてくる顔に肝が冷えた。 ヴァンパイアに血を吸われたものは干乾びて死んでいくのだという伝説もある。それは本当なのか嘘なのかさえ知らないが逃げ出すことも出来ずに死んでいくのかもしれないと思うと身体が勝手に震えだした。 「怖いのか…?」 くつくつと喉の奥で笑う声を耳元で聞きながら、強張らせた身体に男の手が這っていく。 どくん、どくんと肌の下で主張する鼓動を舌でなぞられてヒッ!と声が漏れた。 構わずビチャビチャと音を立てて舐め取られる度に牙が肌に触れる。 身体を這う男の手は器用に片手でボタンを外していき、そっと肌を撫で付けた。 冷たい指が肌の上を這い、辿る指によって熱が湧き上がってくる。 つつっ…と脇腹から胸をなぞられてくぐもった声が自分の口から漏れた。 恐怖を上回るそれは淫靡な衝動だった。 首筋を舐める舌とクニクニと胸の先を捏ね繰り回す指に、下肢の熱が湧き上がる。 特別強い力で押さえつけられている訳でもないのに何故か逃げ出せない。 身体の奥に溜りはじめた熱い吐息を吐き出すと、首筋から鎖骨へと降りてきた唇が少し膨らんだ胸の先に齧り付いた。 食べられてしまうのかという恐怖と、それでもいいという破滅思考が交錯する。 歯を立て甘噛みを繰り返されて起ち上がった先は硬くしこって、それを舌先で転がされ甘い声が漏れた。 「ひっ、ううん!」 羞恥も恐怖も霧散してただただ快楽だけを追い求める。 声を殺す気も起こらず、頭をもたげはじめた起立を下着の上からなぞられてまた喘いだ。 男の手が肌に触れる度に身体は跳ね、熱を持ち、舌で弄られてドロドロに解けていく。 下着の上から撫でていた手が裾からするりと入り込むと、既に透明な液を零していた起立をやわやわと握って擦り上げた。 シーツの上を跳ねた身体ごと抱えあげられ男の膝の上に乗せられる。 パジャマは辛うじて手首に巻き付いているのみで、下着さえいつの間にか床の上に落とされていた。 あられもない姿のままネクタイひとつ乱れていない男の胸に背中を預ける格好で座わらされ、後ろから伸びる手に起立を扱かれ先走りを零し続けた。 汗の滲む項を舐められて男の手の中の自身がビクンと震えた。吐き出したいと訴えるそこを根元から握り、片方の手で赤く尖った先を強く摘まれた。 「やっ、あっ、ああん!」 激しく脈打つ肌の下を確かめるように唇で啄ばみながら、せき止められていた起立への動きを再開する。 巧みな扱きに成す術もなくあっという間に快楽の波に攫われた。 くびれから亀頭を爪弾かれ耐える間もなく吐き出す。 最後の一滴まで搾り取るように扱かれてドロリとした白い液体が起立を伝い落ち男の手を汚した。 それに構うことなく白濁を握り締めると顔を近付けてそれを舐め取る。 「お前、まだ誰とも性交してねぇな?」 そう問われて荒い息のまま頷くと、男は満足気に口端を上げて手に滴る白濁をすべて舐めてしまった。 その様子をぼんやりと眺めていたオレの意識はそこから掠れて曖昧になる。 「ツナ、朝だぞ。」 まだ声変わり前の甲高い声に起こされて目を開けた。 カーテンの隙間から漏れる光は朝の清々しさに満ち溢れ、室内にも闇の欠片すら見当たらない。 オレの横でちょこんと座るリボーンもオレも、寝た時とどこも変わりはなかった。 キョロキョロと辺りを見回してもあの男の残り香すらない。 夢だったのかと息を吐くとリボーンがどうした?と声を掛けてきた。 何でもないと言い掛けて身体がギクリと強張る。 「どうした?」 「ううん!別に。」 リボーンの顔があの男にあまりに似すぎていて驚いたなどと言えはしない。 それ以前に男に喘がされ、イかされた夢なんて子供には喋れないが。 慌てて頭を振ると、それでも気になって思わずチロリとリボーンの顔を覗く。 「何だ?」 「や、あの…リボーンに年の離れた兄弟とかお父さんとかはいないよね?」 居たらオレなんかの世話になる訳がないと知っても、思わず訊ねてしまう。 すると子供らしからぬ顔でクスリと笑うと白い歯を見せた。 勿論、牙はない。 「ああ、いないぞ。オレはオレだ。」 どこか突き放すような雰囲気で、そう笑った。 . |