12月も20日を過ぎると誰もがそわそわと落ち着かない気分になってくる。それはクリスマスが近いからかもしれないし、年末の忙しさを思ってのことかもしれない。 けれどツナこと沢田綱吉はどちらでもない気分で細い肩を落とすと、机の上に突っ伏していた。 「どうかしましたか?」 そう声を掛けてきたのはかれこれ10年の付き合いになるお隣さんであり、親友でもある風だ。 昨日まではいつも通り、よくも悪くも変わらない様子でいたツナが今朝の登校時からこんな様子で塞ぎ込んでいるのだから気にならない訳がない。 穏やかだと評判の風であるが、これがツナのことになると簡単に覆る。そんな風も素敵だと女子生徒に噂されていることも知らぬまま、隣の席のツナへと顔を寄せた。 「どうもこうもないよ…ひどいんだ、母さんと父さんが!」 今朝から口数も少なく落ち込んでいた綱吉がガバッと机から顔を上げて風ににじり寄る。それに役得といった表情で手をさりげなく肩に回すと教室の隅から悲鳴が上がった。 「奈々さんと家光さんがどうされたんですか?」 心の中で義父さん義母さんなどと呼んでいることなどおくびにも出さず訊ねれば、妙な悲鳴にキョロキョロしていた顔が戻ってきた。 「う、うん…?まあいいや。聞いてくれよ!父さんと母さんが23日から25日まで2人きりで旅行に行くって…っ!オレ置いてくって!」 「それはおいしい…いえ、大変ですね」 「だろ?!もう一人でも大丈夫よね、って!なんかあったらお隣さんがいるじゃないって!うううっ…みんなクリスマスなんて家に居ないだろ?どうすればいいって言うんだよ…」 人気者のお隣さんちのアルコバレーノを知っているからこその嘆きに、その噂の8姉弟の三男である風は腹の読めない笑顔でツナに声を掛けた。 「私が泊まってあげましょうか?丁度23日に教えている道場のクリスマス稽古があるんです。時間があれば見学してもらえませんか?その後は24日も25日も予定は入っていませんよ」 「…本当?」 母親である奈々のお陰か、食事の用意もまともに出来ないツナには渡りに船な提案だった。 けれど長女を筆頭にモテる8人姉弟がクリスマスに予定が入っていないなんてツナには信じられなかくて、キョロキョロと辺りを見渡してみる。 10年前からお隣さんをしているツナと風を知っているせいか、それとも風の人柄か、ツナへの風当たりはそれ程ひどくない。 これがリボーン相手だとそうはいかないから、相談に乗って貰った相手が風でよかったとホッと胸を撫で下ろす。 リボーンは本人にも癖があるが、その周りも同じだからだ。 ツナの相談出来る相手といえば風、コロネロ、スカルぐらいで、あとはクリスマスに用事など入れようものなら各々のファンが黙っていない。ラルの場合には腕っ節で黙らせるが、それも毎回だと哀れではある。 ヴェルデは研究があるからと一瞬思いもしたが、逆にこき使われそうで即座に候補から外した。もう一人候補から除外した4つ下のバイパーは、頼みごとをすればいくら請求されるかしれたものじゃない。 チラリと風の様子を確かめると、いつもより機嫌のよさそうな顔でこちらを見詰めている。迷惑そうな顔をしていない風に、やっとツナは頷いた。 「じゃあ23日からお願いするね」 「了解しました。ああ、それから…このことは他言無用で」 「へ?うん…お互いにクリスマスが暇なんて寂しいもんな」 そんな見当違いな台詞を苦笑い交じりに零すツナにそうですねと頷きながら、せっかくのチャンスを邪魔されてなるものかと風が考えていたことに気付かないツナだった。 沢田さんちのお隣のアルコバレーノ一家には現在両親不在が続いている。 双子の姉妹である長女、次女が中学を卒業すると同時に世界を股にかけた仕事を持っている父親に母親がついていってしまったせいだった。 ツナの父親もアルコバレーノさんちの父親と同じ仕事に就いているのだが、如何せんツナが頼りなくとても一人で置いていく訳にもいかないゆえに単身赴任で海外を飛び回っていた。 「明日の10時には母さん家を出るから、出掛けるなら鍵は持っていきなさいよ」 「分かってるよ!」 子供じゃないんだからとコタツの中でゲーム機を手にしたまま文句を言っている息子の顔を覗き込むと、何度も訊ねた問いをまた繰り返した。 「母さん留守にするけど、本当に大丈夫?」 「大丈夫だよ!…たぶん」 勢いはいいのに最後が決まらないツナの返事に思いを巡らせてみる。大丈夫だと言い切れるということは、少なくとも食事の不安がないということではないのか。 そこで思い浮かべるに、食事の支度が出来るお隣さんといえばルーチェ、ラル、リボーン、風、コロネロの5人だがスカルはコンビニで調達してくることを計算に入れれば6人になる。 しかし不安がない訳ではない語尾についた言葉を聞くにつけ、料理の上手いルーチェとリボーンは除外されるから残りは4人。 ラルとコロネロは料理というか缶詰とレトルトの組み合わせての野外料理の部類なので、それに付き合わされることを面倒臭がるツナが頼むかといえば微妙だと思っている。 すると残りは風とスカルの2人のどちらかになるのだが、今年はクラスが一緒だった風が最有力候補ではないのか。 そんなことを考えながらゲームに熱中しているツナの横顔を眺めていれば、奈々の視線に気付いたのかツナが顔を上げた。 「…なんだよ」 昔はあんなに可愛かったのに、なんて思わない。今でも充分可愛いと思っていることを知られないように澄ました顔で奈々は再度訊ねた。 「誰か来てくれるのかしら?」 「しっ知らない」 すぐに顔をゲーム機に戻すとぎゅっと唇を噛み締めている。そこに親に知られてはまずい類の疚しさは見えないから、ホッとしたような残念なような気持ちでツナの湯飲みにお茶を注いだ。 「ほら、温かいお茶が入ったわよ」 帰ってきてからずっとコタツに潜り込んでいたせいか、奈々の声に返事をしないままゲーム機を横に置くとコタツから這い出てきた。 「お留守番お願いね」 「うん…いってらっしゃい」 どこか寂しそうなツナの顔に少しだけ頬を緩ませながら、小ぶりなみかんを選ぶとはいとツナの手に押し付けた。 2011.12.20 |