虹ツナ | ナノ

1.



瓦屋根に木造の平屋建ての一軒屋をぐるりと取り囲む垣根を乗り越えて、小砂利を敷き詰めた庭を通ってその教室の前へと辿り着いた。
随分と趣のある教室だが、今の時間は子供たちの声が外にまで聞こえてくる賑やかさだ。
その中に知った声音を聞きつけて余計にリボーンは顔を歪ませた。

「くだらねぇが、一応行かないとじいさんが泣くしな」

子供らしくない台詞を呟くと、呼び鈴を鳴らして入り口で待った。しかしまったくこちらに気付く気配がない。
気の長い方ではないリボーンはそれだけで帰ろうと出入り口に背中を向ける。すると丁度のタイミングで擦りガラスの向こうからこちらを覗き込む人影が見えた。

「うわわっ…!ひょっとして呼び鈴、鳴らしてくれた?」

リボーンの影を見付けてか、慌てた様子で飛び出してきた男はぼさぼさの髪を余計に振り乱して出入り口を開け広げて現れた。
ご隠居のじいさんが趣味で教えている教室だとばかり思っていたリボーンは、思いの外若い男に驚く。

「えっと、リボーン君だよね?ティモッティオさんから聞いてるよ。ようこそ、沢田書道教室へ」

ニコリと笑った顔に少し付き合ってやるかと、差し出された手の平を握り返す。
いつもの斜に構えている顔をわずかに赤らめながらリボーンは奥の教室へと足を踏み入れた。




広い玄関から中に入ると板張りの廊下を抜け視界が開けてきた。
あまり日本家屋というものに触れたことのなかったリボーンは、ギシギシと歩くたびに軋む床やそこから見える庭に興味を惹かれてキョロキョロと見回している。

「ん?何か面白いかな。ここが教室だよ」

と前を歩く男が振り返り、奥へと促されると畳敷きの部屋には見知った顔が2、3…5人もいる。
しかもリボーンを視界に入れた5人が5人とも即座に顔を逸らして他人のフリをしたところを見るとどうにもこの昼行灯が目当てらしい。
チラチラとこちらを窺う様子にフンと鼻を鳴らすと、握られたままの手を引き寄せて男にしては細すぎる甲に口付けた。

「うわっ…なに?!って、ああケーキの生クリームでも付いてたのかな?母さん、じゃない先生のお手製なんだ。説明しながら食べる?」

斜め向こうに解釈した男とは逆に、それを見ていた5人が筆を滑らせて墨を零したり、握力で筆を折ったり、立ち上がろうとして躓いたりと大騒ぎになっていた。

「あ、こら!先生はこの子に説明するからコロネロは筆を綺麗にしてから代わりにオレの筆を使って。ちょ、スカル大丈夫?あ、ラルみてくれるかな?ありがとう。マーモンは…着替え持ってくるから待ってて」

と慌しく奥に引っ込んでいった。
それを確認してから5人がリボーンに声を掛けた。

「お前、どうしてこんなところにいるんだコラ!」

「あぁ?それはてめぇらも同じだろう。人にものを教わるぐらいなら寝ずに自分で覚えるよな?」

広くもない教室の中がピシリと凍ったように冷え冷えとした空気に支配された。
ご町内でも有名な8人組の内の6人までもが揃った状態の教室で、それ以外の子供たちは身の置き場もなく震えるしかない。
どうしてこの場に居合わせてしまったんだと我が身の不幸を嘆いていると、すぐに着替えを手にした男が戻ってきた。
一触即発の空気が霧散していく。

「お待たせーっ!マーモン、これでいいかな?オレの小さい頃のだからかなり古いんだけど…ま、着れればいいよね」

墨で汚れたマーモンのフードを脱がそうと手を伸ばした男から替えの服を奪い取ると、マーモンは教室の奥へと歩いていく。

「ボクの着替えを見たら殺すよ。そいつの説明はそこでしなよ」

「もう、マーモンは本当に恥ずかしがりやだなあ」

8人組の中で一番小さいマーモンだったが、態度のでかさと得体の知れなさ加減ではリボーンと張るというのにそれを丸っと無視する男に場が凍る。
しかし、それを怒るでもなく口をへの字に曲げただけでマーモンはトコトコと歩いていった。
驚いたリボーンを余所に他の4人は慌てて自分の不始末を片付け始める。
そんなイイ子を演じる仲間を見ながら、小首を傾げて手招きする男の前へと座る。畳にぺちゃんこの座布団が敷かれただけのそこに尻を据えれば、正座するようにと男は声を掛けてきた。
ムッとしながらも言い返す気にもならなくて、リボーンはしぶしぶ正座をすると男も同じく正座をした。
ピシリと真っ直ぐ伸びる背筋と柔らかい雰囲気に視線を奪われたことが面白くなくて、つい口から可愛げのない言葉が零れた。

「正座ばっかりしてるから背が低いんじゃねぇのか?つーか、お前座高高いぞ」

「んぐっ。…お前じゃありません!沢田綱吉って名前があります!」

「んじゃ、ツナだな」

「あのねぇ…まぁいいや。みんなもそう呼んでるし」

どこか投げやりな態度でツナはため息を吐き出すと、まずは入会の説明をと言い出した。
そんなもんはじいさんにすればいいと素気無く切り捨てたリボーンは一番興味のあったことを口にした。つまりは目の前のツナのことを知りたかったのだ。
そんなに頼りなくみえるのかなあと眉根を寄せた書道教室の先生は予想の遥か上を語り出した。

「これでも大学を出て5年になるんだ。あ、ちゃんと書道の先生の免状持ってるからね?」

ほらと差し出された免状の日付は今から6年ほど前のそれで、リボーンは益々驚いた。見た目がどう見ても高校生ぐらいにしか見えないものだから尚更だ。
そこに他の5人も身を乗り出してツナ先生を取り囲みはじめる。

「お前、その顔で28なのか!?」

「ありえん!」

「ちょ、ええぇぇえ?!そんなに頼りなく見えた?」

頼りないというより、そこまで年上だとは思ってもいなかった子供たちは思い切り首を縦に振る。
ショックで肩を落としたツナ先生の手を取ったのは、いち早く立ち直ったリボーンだった。

「そういうところも好みだぞ。安心しろ、オレは年上でも構わねぇ」

筆をよく洗うせいか少し荒れた手を両手で握り締めてにじり寄れば、目の前の顔がふわりと柔らかく微笑んだ。

「ありがとう。オレのこと先生扱いしてくれるのはリボーンだけだよ」

「…全然分かってねぇだろ!」

沢田書道教室に新しい仲間が加わったある冬の日。

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