特にナヨナヨしている訳でもないのに、つい目がいってしまう奴がいる。奴というからには男で、勿論自分も男だ。ちなみにここは男子校ではない。 部活の帰りに呼び出されて告白されることもままある程度には女っ気がある。だからといってそれに応えるかはまた別だ。なかには可愛らしい子もいて、男なのだから心は動かないこともない。 なのに、なのにだ。 弁当も食い終わり、あとわずかで午後の授業が始まる一瞬でも寝れる間があれば寝てしまうクラスメイトのほわほわした髪の毛を視界に入れた。 窓越しの光の温かさが幸せだと呟いていた通りに、机に頬を載せた格好で口を開けて寝ている相手が気になって仕方ない。 運動ダメ、勉強もダメ、背も低くこれといった特徴といえば大きな瞳だけという相手の名はダメツナ。いや、沢田綱吉といった。 声を掛けることも出来ずにチラチラと横目で沢田の寝顔を眺めている。よく寝ているせいかニキビひとつない頬を机に押し付けているためにかなり妙な顔だ。だがそれすらも可愛いと思える。 どうやって声を掛けようかと思い悩んでいると教室の扉を勢いよく開け放ち煩い奴が入ってきて思わず舌打ちが零れた。 「なんだ?てめぇに用はねぇんだぞ。その隣の隣で寝こけているダメツナ…おい、ダメツナって言ってんだろうが!」 「んぁ…ヤバ、もう授業?」 リボーンの声に慌てた沢田が、よだれを拭うことなく机に手を入れて教科書を漁り始める。そんな様子にクラスメイトが噴出し、腐れ縁の幼馴染みはといえば眉間に皺を寄せて沢田に近寄るとスパンと一発頭を叩いた。 「いっ…!なに?!なんなんだよ!」 突然のことに声を上げて抗議する沢田の鼻先に押し付けたそれは、午前中に毟り取るように沢田から奪っていった英和辞典だった。 なにも沢田から借りなくても、こいつが一声掛ければすぐに手に入るそれをわざわざ沢田に借りたところに作為を感じる。 穏やかな昼寝を邪魔された挙句、クラスメイトの笑い者にされながらもリボーンに叩かれた頭を擦っていた沢田は貸していたことすら忘れていたような顔でそれを受け取った。 「いつでもよかったのに。」 「どうせ使ってねぇしな。こんな綺麗な辞書、書店でしか見たことねぇぞ。」 「うるさいな!貸してやったのに文句言うなよ!」 どうやらかなり綺麗らしい。授業で使っているところを見たこともないが、家でも使ってないとみえる。 そんな沢田の前に立ったリボーンはニイと唇を歪めて顔を近づけた。 「文句なんて言ってねぇぞ。だが、たまには見た方がいいんじゃねぇか?」 「どういう…あ、」 何かを思い出したのか沢田が慌てた様子で辞書を開く。パラパラと捲る速度に見られたくない何かがあったことを知って思わず凝視していると、リボーンがフフンという顔でオレに笑い掛けてきた。 その余裕綽々の顔にカチンとくる。 「ない?!ない!おま、アレどこやった!!?」 「アレ?どれだ?」 顔を赤くしてリボーンの野郎に詰め寄る沢田は大きな瞳を滲ませている。かなりの焦りっぷりに益々なんだと気になって、横目で見ることも忘れて思わず身を乗り出した。 「辞書貸してやったのに、お前は恩を仇で返すのかよ?!」 どうしても取り返したいらしい沢田の一言にリボーンの顔色が一変する。勿論、見た目は変わらない。だが気配がゾワリとするようなそれに変わったのだ。 「…いいか、ダメツナ。人生はギブアンドテイクだ。京子の隠し撮り写真を持ち歩いていることをバラされたくなきゃ口を慎め。」 「バッ、聞こえる!聞こえるよ!」 慌ててリボーンの口を押さえた沢田は、チラリとオレを横目で確かめると顔を逸らすように俯いた。 どうやら沢田はいまだにオレの下宿先の同級生に片思い中らしい。中学からだというのに告白するでもなく呑気のものだ。 女子高に行ってしまった京子も呑気な性質で、高校2年にもなるというのに彼氏の一人もいないのだから一概に沢田が奥手という訳でもないかもしれないが。 髪も伸び、随分と可愛くなった京子を思い出してため息が漏れた。いっそ京子を好きになった方が楽だった。 そんなことを思いながらも沢田とリボーンを眺めていると、リボーンは制服のズボンのポケットから紙を取り出してそれで沢田の頬を撫でた。 「そこでこれだ。」 「………映画のチケット?」 リボーンの口を塞いでいた沢田の目の前に差し出されたそれは、評判がいいアクション映画だ。 そんなチケットをリボーンから手渡された沢田はキョトンとした顔で受け取ると裏表をマジマジとひっくり返してから顔を上げた。 「一枚しかないよ?」 どういう意味だとリボーンの顔を見上げる沢田に、堪えようとして堪えきれなかった笑いが漏れる。 リボーンと一緒に行くという選択肢もないことに胸が空いた。 「ブブッ!色男も形無しだな、コラ!」 ざまあみろと笑っていれば、沢田がそんなオレを見詰めながらチケットを差し出してきた。 「何だよ?またお前らの喧嘩にオレを巻き込んだだけか。どうせオレは誰かと映画に行くなんてことないけどさ…それでも酷いよ。」 ぷくりと膨れた頬でオレを睨む沢田の手を握る。誤解だといい訳しようとしたのに、口から出たのはまったく違う言葉だった。 「なら一緒に行くか?お前となら2人きりでもいいぜ。」 言ってしまってから露骨すぎたと後悔しても後の祭りだ。吹き出た汗に気付いてどうにか取り繕おうと口を開きかけたときにまたも教室の扉がガラリと開いた。 「沢田、次の時間の準備がある。日直だろ、来い。」 絶妙なタイミングで割り込んできたパシリに、助かったというより邪魔された気分で睨めば、沢田はオレの手からするりとすり抜けてから机の上にチケットを置いた。 「よく分かんないけど、リボーンと行ってきなよ。リボーンからのもらい物で悪いけど、オレと行くよりナンパは上手くいくんじゃないの?」 そう言うと最後まで誤解したまま、沢田はパシリに引き連れられて教室から出ていってしまった。残されたオレとリボーンは、机の上に乗せられたままのチケットを横目に重いため息しか出てこないのだった。 お題をfisikaさまよりお借りしています |