虹ツナ | ナノ

2.



いつまで預かるかは分からなかったが、小学校にあがる年になっているツナにまずは自分の名前を書けるように教えはじめていた。
ボスはどうやら数年単位で身柄を引き受けるつもりらしく日本人学校へ身元を隠して通わせる手続きをしていると打ち明けてきた。
言われて初めてツナが日本人であったのだと分かった。なるほど、この奥ゆかしさは日本人特有のものかもしれない。
ならば自分がこの子供に出来うる限りのことを学ばせてやろうと心に決めたのだが…。


「『わ』の向きが逆だ。」

「うううっ…」

日本語は喋れても書くことは出来なかったのだが、ツナに教えるにあたって平がなカタカナ1年生程度の漢字までは頭に叩き込んだのだ。
しかしツナはそれ以前の問題だった。
手先が不器用というか、少し…そう少しだけ足りないというか。
そこがまた可愛らしいところでもある。
小さな手が鉛筆を握る姿に知らず頬が緩んでいると、後ろから構成員のだみ声が聞こえてくる。

「スカル様があんなに穏やかな顔をされるとは…!」

「憎きボンゴレの小僧と聞いて小突き回してやろうと思ったが、あんなスカル様を見てしまっては出来ないな。」

うん、うん!と頷き合うヘルメット姿の彼らの言葉にここに来るまでたらい回しにされた理由がよく分かった。当たり前といえば当たり前だ。反ボンゴレ勢力にボンゴレの血族が紛れるのだ。いくら子供だとはいえ、反感を覚える者も多いだろう。
そういう自分もボンゴレには何度も煮え湯を飲まされた経緯がある。主に黒衣のヒットマンにだが、自然ボンゴレ憎しという感情は植え付けられていた。

けれどそれとツナとは別だった。
当初は誘拐されてきたのならば帰してやろうと思ったこともあったのだが、ツナはボンゴレの中でも異質な存在で居場所がなかった。
現当主であるボンゴレ\世は次代を息子のザンザスに委ねようという腹が見え、しかし他にも候補が数人居る状況だ。
そしてツナはというと、その]世候補の末席に名前が連なっていた。
マフィアなどと全く関係のない東洋の国から父母を抗争で亡くした少年は\世に引き取られこそしたものの、まだ幼いこと、そして後ろ盾がいないことで身の置き場をなくしていた。
こちらに渡ってきて3ヶ月の間に幾度も屋敷を点々としていたツナは身の危険を感じて抜け出したところを反ボンゴレ勢力に捕まったということらしい。
次代はほぼ決定している現状ではツナの価値はないと判断したものの、帰すに帰せなくなった反ボンゴレ勢力はまたもツナをたらい回しにしていた。
そんなこんなでオレにお鉢が回ってきたのだった。

「自分の名前くらい書けないと小学校で困る。覚えろよ。」

「うんっ!」

もう一度ノートに自分の名前を書かせてから、そろそろ寝る時間だと時計を確認する。
最近では軍師の仕事よりツナの教育係をしている時間の方が多くなっていた。

「できた!」

「よし、よく出来たな。」

今は大きな抗争はないのだから、これでいいんだと自分を納得させながらツナに寝る時間が迫っていることを告げる。
すると恥ずかしそうにもじもじと膝を擦り合わせながらこっそり見上げてきた。

「どうした。」

「あ、あの…今日もいい?」

言われてくすりと笑うと小さい顔が真っ赤に染まる。恥ずかしいという気持ちはあるものの、怖さに勝てないといったところか。
ふわふわの髪の毛に手を差し込むとぐりぐりと撫でてやる。

「仕方ないヤツだ、今日もしっかり頭まで洗うからな。」

「えーっ!あ、ううん。はぁい!」

思わず漏れた本音を隠すようにいい返事をするツナの手を取って部屋の隅にあるシャワールームへと歩き出す。構成員たちを外に出すと鍵を締めてバスタブに湯を張りはじめた。

ツナの部屋を用意したのだが、小さい家に住んでいたツナはこの広い部屋を1人で使うことに慣れていなかった。普通の日本人の生活というものは知らないのだが、ウサギ小屋と間違うほどの小さな家に肩を並べて『フトン』と呼ばれる寝具で寝る生活だったのだと言われ、慣れるまで一緒の部屋で寝起きすることにしていた。

着ていたシャツのボタンを外していく細く小さな指を見ながら自分の服に手をかけると下から視線が突き刺さる。

「どうした?」

「えっ…うん、あのスカルはオレとずっと一緒で嫌じゃない?」

度々訊ねてくる問いに今日も同じ返事をする。

「嫌じゃないから一緒にいる。大丈夫だ、ずっと一緒にいてやる。」

「うん…」

父母が死んでからずっと気の休まる時がなかったせいだろうか。時折、こうして訊ねては確認を取るツナを哀れに思う。
ここに居てもいいのか。ここは自分の居場所なのかと常に気を張るツナに少しでも安らぎが戻ればと望む言葉を返すもそれを聞いてツナはまた考え込んでしまう。

「だからお前はオレの言うことだけ聞けばいい。」

他の誰に何を言われてもオレだけは味方だと励ますつもりでそう言うと俯いていたツナが小さくコクンと頷いた。

「オレ、スカルのお嫁さんになるんだよね?」

「ぶっーー!」

とんでもない単語に思い切り唾を噴出したオレはそれが気管支に入り込んでしまったせいでゴホゴホと咳き込みながらしゃがみ込むとツナの顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「平気だ…しかし、そんなこと誰から…」

「みんな。厨房のおじさんも、ヘルメットかぶったお兄さんも、それから『ボス』とかいう人も言ってた。オレがスカルのお嫁さんになればあんたいだって。…あんたいってどういう意味?」

意味間違えたのかな?とあっけらかんと訊ねるツナに悪気はない。悪いのはツナ以外のすべての大人だ。
ことの道理も分からない子供になんてことを教えるんだと腹を立てていると、ツナがきょとんと瞳を大きく見開いた。

「違うの?オレじゃダメ?」

言い募るツナに他意はない。強いていうなら縋る者のいないツナにはオレしかいない。だからお嫁さんになればずっと一緒にいられるよと言われ、それしかないと思い込んでしまったのだろう。しょうのない大人たちだ。
しかし、それを分かっていながらもオレは首を横に振ることが出来ずにいた。子供にありがちな間違いだが何故か否定する言葉が出てこない。

チラリとツナの白い肌を視界に入れてからすぐに視線を逸らすと着ていた服を急いで脱いでいく。
湯船が零れるほどたまったバスタブにツナの好きなアヒルを投げ入れてから手を引っ張って中へと入っていった。

「スカル…?」

「あー…そうだな。もっと大きくなってからな。」

「うん!」

大きくなる頃には忘れてるさと安直に返事をしたことが後々自分の首を絞めることになろうとはその時には思ってもいなかったのだった。


.




top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -