貧乏くじを引くという言葉は自分のために作られた言葉なのかもしれないと思う時がある。 2つ年上の先輩のパシリにされ続けたのを皮切りに、それ以降もマフィアに入ればその先輩の1人がもっと大きなマフィアの専属になり、もう1人の先輩はマフィア界の落ちこぼれ共を鍛えなおす施設で活躍し、オレがこの世界に入ったことなど誰ひとり注目していない状態だった。 けれどプライドだけは高いオレはそれをバネにカルカッサファミリーの軍師にまで伸し上がった。 最年少軍師と噂されていたがその実、軍師らしい仕事は滅多にしてはいなかった。年が若すぎるからじゃない、カルカッサのボスが計略を巡らせるより先に行動に移してしまうからだ。 自分の価値はあるのかと頭を抱える日々が続き、そんな折にボスからとんでもない贈り物を貰う羽目になったのだった…。 その日は反ボンゴレ勢力のファミリーが集まる会議があるといわれ、軍師としてボスに同行するよう言いつけられていた。 しかし、あまりに軍師であるオレの策を取り入れてくれないボスに反発を覚えたオレは体調不良だと偽って同行を断った。後で思えばその時に一緒に同行していればと悔やまれてならない。 いつもは日を跨ぐほど長居をしてくるその会議に、珍しくその日のうちにカルカッサ本部へと帰ってきたボスは、何やらご機嫌でオレを呼びつけた。 腹に据えかねているとはいえボスの呼び出しに応じない訳にもいかず、しぶしぶとボスのいる執務室へと足を運ぶと見覚えのない子供がソファの上で寝息を立てていた。 「失礼しま…ボス、この子はお孫さんですか?」 「いいや、まだ孫はいないんだよ。早く作れと急かしているのだがね。」 ニコリと皺まみれの顔で破顔されてもどう返事をすればいいのか。 分かっているからこそ訊ねたのに、それをそう返されるとは。 ゲッソリしながら寝入る子供の前に立つとその寝顔を眺めた。 色艶はいい。痩せこけてもいず、太ってもいない。どういう髪の毛なのか四方八方に跳ねる髪はミルクチョコレートのような色で頬に影を落とすまばらだが長い睫毛も同じだ。着ている服はテーラーの一点ものだろうと思われる仕立てのスーツ。 奴隷ではないことだけは分かる。 色好みではあるものの、子供は範疇外だと思っていたのが、さて。 そんな感想を抱いていると、ボスが机から立ち上がってオレの横まで歩いてきた。 オレより少し背が低いボスは、見た目はスケベオヤジのような顔をこちらに向けて笑った。 「この子はボンゴレの縁者だ。何かの時に役立つだろうと同盟ファミリーが攫ってきたんだが…面倒が見切れないと泣きつかれてな。悪いがスカル、頼んだぞ。」 「って、何でオレが!」 慌てて尋ねるもオレの話を聞いちゃいないボスは反ボンゴレ同盟の中で一番若いお前にしか出来んだろう!と気楽に言うと逃げ出すように執務室を後にした。 残されたのは意味も分からずこんなところに連れてこられた子供と、またも貧乏くじを引いたオレだけ。 広い執務室は空調が効いている筈なのに今のオレには寒すぎた。いや、寒いのは身体じゃなくて心か。 はぁ…とため息を吐いて、今度こそカルカッサを抜けようと思っていると、眼下の子供がもぞもぞと動き出した。 半ズボン姿ということは男の子だろうが、それにしても線が細い。 ふわふわの髪の毛を左右に振ってから起き上がると、やっと辺りを見回してから目の前にいるオレに気付いたようだった。 「あの…お兄さんは、誰?」 零れそうな大きな瞳からは不安が透けて見えた。ボンゴレに縁のある者だと聞いたが、それはこの世界では命を狙われるに足る存在だということを示す。 攫ってきたということは誘拐されたのだろう。オレもボスもマフィアだ。その程度の犯罪など容易いとはいえ、この子の親は何をしていたのだ。 色々な不満がつい漏れてチッと舌打ちを零すと、目の前の子供はあからさまに怯えた様子で身体を強張らせて縮まった。 「ごめんなさい!ごめんなさい!」 「…?どうした、何を謝るんだ。」 オレの一挙手一投足を見逃すまいと目を見開く子供に今までの扱いが透けて見える。 所詮マフィアだ。なんでも暴力で済ませようとしたのだろう。 伸し上がるために選んだ道とはいえ、どうにも暴力に訴えるこの気質は性に合わない。そしていつもいつでも先輩たちに頭を押さえつけられていた自分を思い出す。 同情心が湧いたのはこの瞬間だった。 「お前、名前は?」 「つなよし。さわだ、つなよし…」 「つなよし?ツナでいいか?」 「うん、じゃない、はい。」 恐る恐るといった表情で頷いたツナに手を差し伸べると細い腕を引っ張り上げてそのまま抱え上げた。途端震えだす身体を宥めるようにさすってやるとツナの身体の力が抜ける。 「ツナは幾つなんだ?」 「えっと、こんだけ。」 指をパーに広げてみせるツナに驚いて思わず聞き返す。 「本当に5歳なのか?」 「う、うん。10月がくれば6になるよ。」 東洋人だろうツナはこちらの子供と比べても小さいようで、4つになるかならないかぐらいだと思っていたオレは驚きを隠せなかった。 いかつい構成員たちと違い、まだ年若いオレを見て少し心を許す気になったのか、小さな唇が小さく訊ねてきた。 「お兄さんはいくつ?」 「オレか?オレは17歳に今日なったな、そういえば…」 とんだバースディプレゼントだと内心で笑う。そんなオレを見上げているツナに笑い掛けるとまだ強張ってはいるが初めて笑顔らしいものを見せてくれた。 マフィアになってはじめて心を動かされた笑顔だった。 「とりあえず、その窮屈な格好をどうにかするか。」 こうしてオレの育児生活が幕を開けたのだった。 . |