学校のプールというのは実用本位というかとにかく使う者に優しい作りはしていない。塩素を入れるのは菌の増殖を防ぐためだが、水の冷たさはどうしたものか。 それでも若いというだけでそこに放り込まれるのだから、水泳が苦手な者なのは余計にプールが嫌いになってしまうのではなかろうか。 つい、そんなくだらないことをつらつらと考えてしまうほどコロネロは目の前の状況に困惑していた。 いつもはふわふわとしている髪の毛は無理矢理キャップに押し込められていて、ただでさえ小さい頭が余計に小さく見えてしまう。その下の大きな瞳よりもあまり高くはない鼻よりも、どうしても目に入れざるを得ないのがぴったりとしたスクール水着を押し上げている2つの膨らみだった。 「コロネロさん?」 と呼びかけられて白い頬が一気に赤らむ。 なななななんでもねーぞ!とどもるコロネロに不審げな視線で見上げるとふいっと赤い頬が横を向いた。 「ごめんなさい…迷惑、ですよね。練習の邪魔して…」 泣き声交じりに言葉を詰らせるツナに慌てたコロネロが肩を掴むとぐいっと引き寄せた。 「そんなことないぜ、コラ!オレでよかったらいつでもツナの練習に付き合ってやる!」 「あ、ありがとう。」 至近距離でのツナの笑顔に益々赤くなったコロネロが自分の取った大胆な行動にやっと気付いて狼狽えていると、丁度のタイミングでプールの向こうから声が掛かる。 「よお、筋肉バカ。やっとムッツリを卒業したん、……なっ?!」 いつものように小馬鹿にした口調のリボーンが、珍しく大胆に女子に迫るコロネロを冷やかしている途中でその相手に気付いた。 血相を変えて金網をよじ登り靴のままプールサイドまで入り込んできたリボーンを非難する者は誰もいない。 「てめ、何水着姿のツナを襲っていやがる!つーか、何でここにはてめぇとツナしかいねぇんだ?」 普段ならば水泳部員が所狭しと泳ぎ回っていて、しかも水泳の補習は原則教師の指導の元で執り行われる。 大体、女子生徒が同じ学年の男子生徒に教わるなど普通ならばあり得ない。 なのに何故?と言われれば、事は数時間前に遡る。 いつもはラル・ミルチに水泳の補習を手取り足取りしていたツナだったのだが、今日は家庭の事情で放課後は帰ってしまっていた。ならばルーチェが…と普段ならばそうなるのだが、こちらも生徒会の仕事でどうしても手が離せない。かといって教師の教え方ではまったく埒が明かないということでお鉢がコロネロに周ってきた。コロネロは水泳部の助っ人をしていたからだ。 そこにコロネロの気持ちを知っている水泳部員たちが妙な気を利かせてやれ腹痛だ頭痛だと訴えて早退していってしまい、結果今の状態に追い込まれていた。 ありがたいというよりどうしていいのか分からない、そんなヘタレ…いや、思春期真っ盛りなコロネロはこの状況を持て余していたのだった。 その話を聞いたリボーンは、あからさまな憐れみの目をコロネロに向けるとやっとコロネロから開放されたツナに向かってニッと笑い掛ける。 「オレが教えてやろうか?」 「へ…?」 突然そんなことを言い出したリボーンにツナは何か裏があるのではと様子を窺う。するとリボーンの視線が顔の下のプールの上に浮かんでいるそこへと注がれていることに気が付いた。 「へ、変なとこ見るなよっ!オレのよりラルさんやルーチェさんのが大きいのに何でオレのここばっかり興味津々なんだ!」 手で覆い隠すツナにフフンと笑いながら近付いてきたリボーンは肩を竦めた。 「あいつらのあれは筋肉だぞ。言っとくがヤツらをお前と同じ女だと思わねぇ方が身のためだ。」 「はぁ?訳わかんないこと言うなよ!」 そんな訳ないだろ!と怒るツナに隣にいたコロネロまでリボーンの言葉に頷いている。一緒に居過ぎてラルやルーチェの魅力が分からなくなったんだろう、それにしても失礼なと憤りのまま睨んでいると今度は別の影がヒラリと金網の外から飛び込んできて驚いた。 「ルーチェさん!」 「3時間ぶりね、ツナちゃん。」 リボーンと違い、きちんと脱いだ靴を片手にプールサイドを伝いツナの元へと近付いてきたルーチェはツナにだけ挨拶をするといつものように柔らかく笑っていた。 その美少女という言葉を形で表したような笑みにやっぱりリボーンたちが間違っているのだと確信する。 「もう会議は終わったの?」 「ええ、ツナちゃんが気になったから。」 一見通じているような会話だがツナの返事に答えてはいなかった。つまりはツナが気になって会議を強制的に終わらせてきたのだろう。 一年生、しかも書記という立場ながら、実質的にはルーチェの意のままに操られている生徒会の面々が情けない。 「もう下校時間が迫っているわよ?そろそろ終わったらどうかしら。」 「そうなんだ…うん、終わるね。コロネロさんありがとう!」 「おう!またいつでも教えてやるぜ!」 先ほどまでのヘタレぶりも忘れそう調子よくツナに告げる。するとそれに頷いたツナが小さい頭をペコリと下げてからプールから上がろうと端に駆け寄った。微妙にリボーンを避けてルーチェの目の前を選んだだけ少しは学習したのかもしれない。 しかし水泳の特訓で疲れたツナは思うように這い上がれなくてもがいていた。 「出られないのか?」 それに気付いたコロネロがツナの下半身を支えると難なく水面から身体が浮かび上がり、そのままプールサイドへと押し上げてくれた。 ありがとうとお礼をするツナにいつものコロネロに戻った顔で気にすんな、コラ!と笑い合っていると、上からもの凄い形相のルーチェとリボーンがコロネロに近付いていく。 「何だ!」 「なにが『何だ!』だ、このムッツリ!」 「なっ!?」 「やあね、コロネロったら…ツナちゃんのお尻を触った上に、後ろからあんなにじっくり見て。」 「!!」 「「このスケベ!」」 声を揃えてのスケベ呼ばわりに、やっと自分のしたことを自覚したコロネロは顔どころか耳まで真っ赤に染めてプールの底へと沈んでいった。 そこまで言われて遅まきながらコロネロにそんなところを晒したことに気付いたツナも顔を真っ赤に染めてペタリとプールサイドのコンクリートの上にしゃがみ込んでしまった。 「大丈夫?ここはいいから早く着替えましょうね。私が見ていてあげるから。」 縋るようにコクンと頷いたツナにイイ子ねと優しく言葉を掛けたルーチェはリボーンににっこりと微笑んだ。 「覗いたら殺すわ。」 表情と言葉がまったくそぐわない。殺気の篭ったルーチェの言葉に思わず足が止まったリボーンだったが、すぐに声を上げた。 「ちょっと待て!そういうてめぇはツナの着替えを覗く気満々じゃねぇか!」 「いやだわ、リボーンたら。私は女の子よ。あなたたちが覗かないように見守ってあげるだけなのに…」 ふふふっと悠然と笑うルーチェの腹など分かりきった話だ。女という立場を利用した同類の足止めをすべく立ち上がったリボーンがどうにかツナの着替えが終わるまで阻止できたのかどうか撃沈していたコロネロは知りえなかった。 . |