「綺麗じゃないから覚悟しろよ?」 「ああ、横になるスペースがあればそれでいい。」 片付けるという行動が出来ないオレのうちに他人を入れるのは、そういえば初めてだったと気付いたのはコロネロを伴って家で飲もうと言われコンビニに行った先でのことだった。 汚部屋というほどでもないが物は散乱しているアパートにコロネロが寝転がれるスペースは果たしてあっただろうかと考えたが、なければベッドを一晩貸してやればいいと思い至って頷いた。 「お前、飲めるのか?」 「んー…あんまり。」 アルコール摂取は苦手だがアルコールの席は嫌いではない。そう言っている端からコロネロがブランデーやワインを無造作にカゴに入れていく。 「ちょ、オレ本当に飲めないよ。」 「分かってる。だから一人分しか入れてないぜ、コラ!」 カゴの中には日本酒一升、ブランデー2本にワイン3本、それからビールも4本ほど積まれている。これで一人分だとするならば、こいつはザルなのかはたまた飲めると思い込んでいるだけの困ったヤツなのかどちらだろうか。 男も大学生になると酒が飲めることは男らしさのバロメーターになるらしい。飲めないオレには分からないがどれだけ飲めるかを競いあって倒れるなんてこともよくある話だ。 この図体で暴れたら止められないぞと思いながらも、外人さんだし肝臓の作りが違うだろうと思うことにして自分の食べたいつまみをカゴに放り込み目を瞑ることにした。 6月に入れば夏を予感させる天候が続き、この時期は外から帰ってくると汗で身体が湿っているような気がする。 先にシャワーを使って貰っている間に座る場所だけ確保して、入れ違いに汗だくになった身体をシャワーで流してからの一杯はアルコールが得意ではないオレでも美味しいと思える。 散らばっていた本やらCDやら服を適当に脇に退けると部屋の隅に置いてあったテーブルを真ん中に据えてコロネロを差し向かい合いながらビールに口をつけた。 ぐぐっとコップ半分ほど飲んでいる間にコロネロは次の缶に手を伸ばしていた。 「注ぐよ。」 プルトップを起こして少し生ぬるくなったそれを注ぐと泡が零れてしまう。指に伝う泡を気にした様子もなくグビグビと煽るコロネロの手を拭おうとティッシュを掴んで差し出した手を逆に掴まれて驚いた。 「なに!?」 「…本当に弱いんだな。コップ半で手の平まで真っ赤か。」 いちいち言わなくてもいいじゃないか。そう思いながらも飲める自慢でも始めるのなかとぼんやりする頭で握られたままの腕を眺めていると、コロネロの腕が外れてそのままオレの髪を梳きはじめた。 「癖毛の割には柔らかいなコラ。」 「んんん?」 髪を優しく梳かれてトロンとした瞼が閉じてしまいそうになったところで髪の毛から退いた手がオレの肩を掴んで後ろに押し付けた。 片手一本であっけなく床の上に転がされたオレは痛む背中のせいではなく、上に現れた顔に驚いて目を瞠る。しかし蛍光灯の明かりが真上にあるせいでコロネロの表情がよく見えない。 コロネロに気圧されながらも負けるもんかと睨みつけているとぐっと顔を寄せてきた。 「な、」 「本当のことを教えてくれ。…ツナはラルのことが好きなのか?」 「へ…?店長?」 あくまでそこに拘るコロネロにピンときた。 「だから、さっきも言ったけどオレと店長じゃ釣り合わないだろ。大丈夫、コロネロはイイ男だよ!自信持てって!」 な!と笑い掛けると益々顔が落ちてくる。これじゃくっ付いてしまうと慌てて手でコロネロの顔を押さえるとムッとした気配を感じて焦りを覚えた。 「ちょ、なんで?!オレ店長とは無関係だって…」 「聞いたぜ、だからするんだ。」 「する?なにを…」 暑さと立ち仕事で疲れていたところに強くもない癖にアルコールを飲んだせいで力が思うように入らない。逃げようと身体をずらしても、適当に片付けた本の山に背中が当たってそれ以上逃げ場がなかった。 よもや見当違いな嫉妬で…なんて怯えていると、コロネロの顔を押さえていた手を一纏めにされて胸に押し付けられた。重みのせいでつまる息をようよう吐き出していると、その口に何かが触れてびっくりする。 「ゃ、」 「日本に立ち寄ったのは、お前を見たかったからだコラ。」 柔らかいそれがコロネロの唇だったと分かったのは、自分の唇を触れながら吐き出す息と言葉の振動がそこから伝わってきたからだ。 びっくりして逃げ出すことも忘れ目の前の顔を眺めると、碧い瞳が同じようにオレを捉えていた。 綺麗な青色はなにを思っているのかと吸い寄せられたように視線を外せなくなる。 「リボーンやスカル、ラルまでお前に執着していると聞いて見てみたくなった。」 誰かと勘違いしていると口を開きかけて固まる。少しでも動かしたら唇が触れてしまうと分かったから。焦る気持ちとは別にアルコールによって頬が熱を持ちはじめ、同じく身体も汗ばみはじめた。 冷や汗なのか脂汗なのか、ともかく動かずにどうにかやり過ごそうと固まるオレを無視してコロネロの自由な手が短パンとそこから伸びる太腿に伸びて撫でつけられた。 ごつごつした手は肉厚でひどく熱い。汗が吹き出た身体をエアコンの風で冷やされていたのに、その手に触れられた端から熱を移されたようにじわりと熱くなっていく。 「コ、コロネロは店長が好きなんだろう!」 だからバカな真似はやめろと続けようとして、ひぃ!と違う声が漏れた。 太腿を撫でていた手がとんでもない場所を擦り上げる。 「そこは洒落にならないって、ば!」 自分の手以外に触れられたことのない自身を短パン越しとはいえ握られるとは思いもしなかった。 逃げ出そうと暴れるオレを押さえつけたコロネロは体重をかけて動けなくすると、仰け反ったせいでむき出しになっていた首筋に歯を立ててきた。 「いっ!」 齧られる痛さと、擦り上げられる気持ちよさとに負けそうになりながら、それでももがいていると耳朶を食まれてビクンと震えた。 「最初はトロそうなヤツだと思っていたが、そうじゃないことも分かった。」 「だから…っ?」 いい加減に離せと詰っても中心をなぞる手と耳元を行き来する唇は止まらず、次第に短パンの奥が熱を持ちだした。 はっきり形が分かるほど立ち上がったそれを布ごと擦られて妙な声が漏れる。 悪戯にしてもやり過ぎだと頭を振って嫌がっても追ってこられて首筋に強く噛み付かれた。 「なんで!」 痛さに負けそうになりながらもこちらを覗き込む顔を横目で睨むと碧い瞳が爛々と輝いていた。 例えるなら肉食獣が獲物を捉える瞬間に見せるそれに似ている。 「好きになっちまったぜ!」 「は……ぁ?」 ただでさえアルコールで回転が悪いところに、ありえない言葉を掛けられて思考が固まる。 自分でいうのもなんだがモテる方じゃない。女の子は勿論、男にだって言い寄られたことは生まれてこの方一度もないのに。 幻聴かと聞き返そうとして、身体の力を緩めた途端下を剥ぎ取られた。下着ごとずるんとくるぶしまで引き抜かれて慌てて手でソコを隠すもすでに遅い。 それでも立ち上がりぬめりを帯びたそれを両手で押さえ込んでいると、足の間に身体を割り込ませてきたコロネロに膝を割られて顔が赤くなった。 「バカ、男のそんなとこ見て楽しいのかよ!」 正気付いてくれと思いながら怒鳴るも、碧い瞳は色を深くしていくだけで答えようとはしなかった。 「コロネロ…っ、や!」 押さえていた手の奥に口を寄せて隠していた指ごと咥えられ、思わず身体が仰け反った。膝を大きく広げられたまま曝け出す格好で転がっていると指を引き抜かれてソコの刺激を強くされていく。 先走りを舌で舐め取られていく動きをありありと感じて手でコロネロの顔を押し退けようと頭に触れるも、強く吸われて我慢するために力を込めたせいで髪の毛を引っ張ってしまった。 「ご、ごめ…」 謝ろうとしてそれがおかしいことに気付く。慌てて口を噤むとソコから口を離したコロネロが股間の間からこちらを覗き込んでいた。 「気持ちいいか?」 いいと答えかけて首だけ横に振った。 気持ちいいとは言えないが、気持ち悪いから止めてとも言えない。 男にされるなんて冗談じゃないと思っていたのに、想像よりもずっとよくて嘘が吐けなくなっていた。 相手がこんなに美形だからだろうか。それとも自分は思ったより快楽に弱いのか。 こちらをじっと見詰める碧い瞳に囚われてしまったかのように視線を逸らすことが出来なくて、だけどいいとも言えなくて口を開いてはまた閉じた。 「なら素直になるまでやってやるぜ。」 言うとコロネロはもう一度股間の間に顔を埋めていった。 そうして気が付けば腰に痛みを抱えたまま翌朝へとワープしていたという訳だった。 深いため息を吐きながら横でオレの腰を抱いて離さない男の顔をじっくりと眺めた。 白人特有の白い肌は無防備に太陽の日を浴び続けているせいか少しカサついている。 すっと高い鼻はけれど高慢ちきには見えない爽やかそうなそれで、少し厚めの唇は男らしいと思えるほどだ。 こんなことになってしまったというのに叩き起こそうという気にもなれず、はぁとまたため息を吐くと腕から抜け出してベッドの下に足をついた。 「どうした、どこに行くんだコラ。」 「どこってどこでもいいだろ。もう気が済んだんだからほっとけよ!」 酒の上での過ちとはいえ男と全裸で朝は迎えたくない。それくらいなら床で寝ると腰を浮かしかけたところを後ろから引き寄せられ、足が縺れてコロネロの胸の上に転がり込む羽目になった。 「なにするん、」 「ツナが好きだ。」 「なっ?」 後ろを振り返ることも出来ない体勢での告白に身体が強張る。するとオレを胸からベッドへと横たえてその上に乗り上げてきた。 「オレはすぐに帰国しなきゃならない。だが、どうしてもツナが欲しかった。…強引なことをしてすまなかったな、コラ。」 それだけ言うとベッドから起き上がって脱ぎ散らかしてあった服を着込み始めた。 これで苦行は終わったんだとホッとした筈なのに、気が付けばコロネロのTシャツの裾を握り締めていた。 「ツナ?」 「嫌じゃ、なかった。」 「…」 「驚いたけど、嫌じゃなかったって言ってる!」 「ああ。」 「帰っちゃうんだ?こんなことしといて…」 あんなことまでされても嫌いになれない自分はおかしいのかもしれない。 ひょっとしたら突然すぎて精神が異常をきたしているのだろうか。 それでも、もう二度と会えないかもしれないと思うとむしょうに腹が立って、それからぎゅっと心臓を鷲掴みされたように胸が痛くなった。 握り閉めたままのTシャツの裾を離せずにいると、頭の上をポンポンと叩かれた。 「1ヵ月…待ってくれ。仕事を終わらせたらもう一度ツナの気持ちを聞きに来る。」 そんなことを言っていたというのに。 翌月再会したコロネロは日本の就労ビザが取れたといい、これでオレと2人で暮らせる寂しい思いはさせないぜ!という頓珍漢なことを言い出した挙句にコロネロの新居へと連れ攫われてきたのは昨晩のこと。 何度でも言おう。 「可愛い恋人が欲しかったな…」 そう呟くとベッドの波から太く逞しい腕が伸びてきてガッと攫っていくとまたも身体の下に組み敷かれた。 「可愛いのはツナで間に合ってるぜ!」 「お前、目悪いの?」 昨晩は色々と、そう色々と久しぶりで流されてしまったけれどまだ諦めてしまう訳にはいかないとキッとコロネロを睨みつけた。 丁度よく揃っていたリボーン、スカル、店長のラルを前に1ヵ月も前にいたされたことを暴露され、あまつさえオレが最後に縋ったと脚色されてしまったせいで固まったオレと店長たちを余所に連れて来られたという訳だった。 「うううっ…織姫と彦星のバカ!」 きちんと短冊に書いたというのにどういうことだ。 そう思っていると、オレの上に伸し掛かってきたコロネロがポツリと小さく呟いた。 「ジャッポーネの七夕っていうヤツは願いが届きやすいいい祭りだぜ。」 「なんで?」 オレの願いは届かなかったのに不公平だと思って訊ねると。 「昨日こっちに着いたばかりの街中でやっていたんで『ツナが欲しい』と書いたらこれだ。今日は誕生日だし、いい日だコラ!」 「…」 コロネロの願いにオレの願いが負けたことを知った。 曖昧な願い事より明確な方が叶いやすいのだろうか。 そんなことを思いつつも夏空に負けない笑顔を見せる恋人に苦笑いを浮かべながら呟いた。 「誕生日おめでとう。」 驚いた顔をするコロネロに唇を寄せるとすぐに上から重なってきた。 おわり |