今日は2時限目と4時限目だけ講義があったので、少し抜けさせて貰った。ランチが始まる11時半には間に合う訳もなく、バイト先に辿り着いたのは13時5分前のことだった。 「すみません!遅れました!」 「気にするな、今日は代わりがいた。」 いつもは涼やかな音色を聞かせるカウベルが忙しなくカランカランと店内に響きながら足を踏み入れて驚いた。普段ののんびりとした店内が嘘のように女の子だらけだったからだ。 そしてその訳は女の子たちの熱い視線の行方ですぐに判明した。 「あれ…どうして、」 「いいから手伝えコラ!」 「うわわ…!はぃぃい!」 朝の金髪男がウエイターの格好で店を回していたからだ。 白いシャツに黒いスラックス、同じく黒いエプロンを腰に括りつけたコロネロとかいう男の恫喝するような声音に慌てて着替えに走ったオレは少し情けなかったかもしれない。 14時過ぎまで居座ってくれた女の子たちの波が引いても、今度は15時になった途端に別のお客が流れ込んできた。 ご近所さんとそのご近所さんに連れられてきた年配の女性陣だ。 格好いいわねぇ!素敵ね!とはしゃぐオバサマ方に黙って弄られていたコロネロがいつ切れるのかとハラハラしているも、元教官だという店長の無言の威圧に押されてか最後まで大人しくしていた彼をどうにか休憩させてあげられたのは17時を過ぎたあたりだった。 「お疲れさん!」 「おう…」 げっそりとやつれた頬を見て、苦笑いを浮かべながら店長のまかないとコーヒーを添える。店長も黙ってはいるが疲れた様子できっとこんな事態になるとは思ってもいなかったに違いない。珍しく、もうコーヒーしか提供できない状態の店をクローズしようと言い出した。 「お前たちのまかないを出すだけで精一杯だ。閉める準備をしてきてくれ。」 「はいっ!」 勿論オレも疲れていたがこれで終わりだと思ったからこそ臨時店員に負けてなるものかと閉店の支度に取り掛かる。すると店の看板を中に入れようと提げたオレの手から一回り大きな手がひょいと奪い取って軽々と持っていかれてしまった。 「あありがと、」 「気にするな、コラ。お前みたいなひょろっちいヤツには重いだろう?」 「ひょろっちいって…!オレだって!」 コロネロの言葉に腹を立てたオレが思わずワイシャツの袖を捲って比べようと近づけたが、比べるまでもなかった。どだい軍人だというコロネロと比べるだけムリなのだ。 しかもお国が違う。 だからオレがひょろい訳じゃないんだと開き直った。 「…コロネロと比べたら誰だってひょろいだろ!」 「そうか?お前は特に細っこいんじゃねーか?」 言うと背中に手を回されてひょいと抱え上げられて驚いた。 「ちょ、なに?!」 大の男が抱えられるとは思ってもいなくて、慌ててコロネロにしがみ付く。するとしがみ付いた広い背中がビクッと揺れた。 「沢田を離せ、コロネロ。」 あからさまに不機嫌な店長の声が背後からかかり、昔の性か即座にオレから手を離したコロネロのせいで尻餅をついた。 「イタタ…!」 「たるんでるぞ。いいからこれを喰って早く帰れ!」 「ううっ、ひどいですよ店長!」 「知らん!」 フン!を余所を向いたきりこちらを見もしない店長に何を言ってもムダだろう。 店長の知り合いと関わると碌なことがない。 ため息を吐いてから立ち上がると、痛む尻を擦りながらカウンターに座る。隣に同じくコロネロも座り、その座高の低さにショックを覚えつつも用意されていたまかないを食べ始める。 BGMも途切れた店内にオレとコロネロの咀嚼する音だけが響いた。 「…悪ふざけが過ぎた。スマン。」 「イイデスヨ。」 ぼそりと呟いたコロネロの言葉に素っ気無く返す。どうせ慣れっこだ。 店長の知り合いだという真っ黒けのイタリア男はオレを見る度にからかってくるし、もう1人はよく分からないがオレが気に入らないのか刺々しい言葉ばかり吐き捨ててくる。 どうやらコロネロとリボーンとスカルという3人は揃って店長のことが好きらしい。だからきっといつも一緒にいるオレのことを快く思っていないのだろう。 ランチの残りだという唐揚げにネギソースを絡めたそれを頬張っていると、横から視線を感じて顔をあげる。いうまでもなくコロネロだが、コロネロの視線がオレの口許に釘付けになっていてその理由に思い当たったオレはまだ口をつけていない唐揚げを箸でつまむとコロネロの皿に放り投げた。 「足らなかったんだろ?いっぱい働いてくれたし、よかったらどうぞ。」 「いや、そうじゃなくてだな…クソ!まどろっこしいのは性に合わないぜ!」 ブルドーザー並みの喰いっぷりでまかないを食べ終えると、まだ食べている途中のオレの皿の横にバン!と手をついてにじり寄ってきた。 大柄なコロネロに迫られて身の危険を感じる。 怖さに竦む身体を情けないとは思いつつ、それでもどうにかして上手いこと逃げられないかとそればかりを考えていた。 「…お前、付き合ってる恋人はいるのかコラ!」 「いいいいないっ!っていうかありえない!店長となんか月とすっぽん過ぎて釣り合わないだろ?!」 やっぱりそこかと全身全霊で否定すると、いつものごとく店長がフンと鼻を鳴らして割り込んできた。 「オレと沢田は半年の付き合いだ。」 「それは店員と店長としてでしょう!」 コロネロやリボーンたちと付き合う気がないからってオレをダシに使うのは止めて欲しい。 美人なのに恋人がいないのはその気がないからなんだろうが、だからといって虫除けに使うにしてもオレでは意味がないだろう。 ブンブンと頭を振ってどちらの言葉も否定していると、最後に残していた唐揚げを口の中に放り込まれて口を塞がれた。 「こいつを借りてくぜ!」 「…明日には帰ると聞いたが?」 目の前でバチバチと火花を散らせるコロネロと店長にどうしていいのか分からずオロオロしていると、突然コロネロがくるっとこちらを振り向いた。 「ラルの家に世話になるつもりだったが誤解されると面倒だ。ツナの家に一晩泊めてくれ。」 「へ?ああ、いいよ。」 さすがに未婚女性の家に泊まりこむのはまずいだろう。恋人という訳でもなさそうだし。 これでリボーンやスカルだったら嫌だと思っただろうが、コロネロは気安い上にバイトを手伝ってくれた仲間だという意識が働いたせいだろう。 気軽に頷くと店長が拳をカウンターに叩きつける。 「貴様!」 白い頬を激昂させる店長に、そんなにコロネロが好きなのかとちょっと驚いた。 だったら素直になればいいのに。 その割にはライバルのように冷たい視線を投掛ける店長とそれを受け止めるコロネロという図式はなんだかおかしい。おかしいながらもオレが口出しすることじゃないかと諦めて、口の中の唐揚げを咀嚼し終えると少し残っていたコーヒーを飲み干した。 「で、うち来る?」 「ああ、世話になるぜ!」 勝ったといわんばかりの表情のコロネロが少し気になりつつも、コロネロを連れてアパートに帰ることになった。 . |