虹ツナ | ナノ

1.



7月7日といえば七夕を思い出す。
小さい頃には笹の葉に願い事を書いた短冊をくくっては小さな願い事を叶えて貰おうと必死だった。
あのおもちゃが欲しい、このゲームが欲しいから段々と寝坊が直りますように、頭がよくなりますようになんてムチャを書いていたあの日が懐かしい。
今、願い事はと訊ねられたら即座にこう言うだろう。

「彼女が出来ますように!」

うん、贅沢は言わない。オレより少しだけ小さくて、それから大人しい女の子であれば理想的だ。少なくともこんなド派手で自分より随分と大きな彼氏が欲しいと思ったことなんて一度もなかったのに。
呆然と同じベッドで眠る金髪頭を見下ろしながら、昨日とその1ヵ月前を思い出した。









その日は梅雨前のカラリと晴れ渡った空が広がっていた。
親元から離れて大学へと通うオレは、自分の食い扶持は自分で稼ぎなさいと言われてアルバイトに明け暮れていた。
この不況のご時勢にそうそういいアルバイト先が見つかる訳もなく、けれど学費と賃貸費以外はビタ一文も出してはくれない親に泣きつくことも出来ずとにかくありとあらゆるアルバイトを経験していた。

宅配業者の荷物の選別は早朝ということもありまた荷物の運び出しなどが以外に重労働で体力のないオレには向かなかった。コンビニは誰もが一度は経験をするアルバイトの基本中の基本だと思うが、思ったより時間を拘束されたり人の入れ替わりが激しいがためにいる人間で調整をしたりと想像以上に大変な仕事だった。

そんな訳で今は借りているアパートの近所の喫茶店の店員を勤めている。

「いらっしゃいませー。」

「おはよう、沢田くん。いつ見ても眠そうだね。」

「はははっ…」

朝は早いがクローズも早い典型的な街の喫茶店。売りはコーヒーではなく、モーニングとランチという変り種だがバイト後に食べるまかないの美味さは本物だ。
黙っていれば美人な店長だが口から出る言葉は男勝りだ。つい1年ほど前にここを親族から引き継いだらしい。以前より美味しくなったモーニングとランチなのにその無愛想さでお客を逃していたところをオレが雇われることになった。
愛想がいいとは言い難いが適度にいい加減で、そこそこ接客が出来るオレが入ったことでやっと店として機能することになったらしい。いわゆる潤滑剤としてうってつけの適当さだったのだろう。
そんな訳で今はこのアルバイトの収入とまかないだけでどうにか食費を捻出している状態だった。

「沢田、4番にモーニング2つだ。」

「うっ、はいっ!」

どこぞの軍の教官だったとかいう経歴を持つらしいラル・ミルチ店長は、荒っぽい手付きでオレにモーニングの皿を2つ放り投げるとまたすぐ別の支度へと取り掛かってしまう。
こちらを見もしない店長の背中を見ながら慌てて落とさないように持ち直すと4番テーブルまで運ぶ。
最初は何度も落としたが今では慣れたものだ。
常連さんのご近所の老夫婦に提供すると今度はコーヒーだ!と声が掛かる。

「はぁい!」

「妙な返事をするな!貴様それでも男か!?」

「はいっ!」

などという会話をくすくすと笑いながら聞かれてはいつもの常連さんに茶化される。
美人だし、ちょっと口調は荒いけど面倒見はいい店長のことを実はほんの少しだけいいなと思っていた。と、いってもそのいいなは彼女にしたいとかいうものではなく、綺麗な人を見ると条件反射で思うそれと同じ心情だ。男なら誰でもそんなものだろう。淡いというには仄かすぎる気持ちを抱きつつもそんな日々を過ごしている。

店のほぼ半分が埋まる頃には常連さんとそうでないお客さんの波が一段落して、そろそろモーニングの看板をおろそうかとドアへと足を向けた時にその男はやってきた。
チリンと涼やかな音は店長の親戚の代からのとっておきだと聞かされていて、この音が鳴るたびに身が引き締まる。
だからその時もお客さんだと顔を上げて作り笑顔を向けてから驚いた。

「来てやったぜ、コラ!」

「…誰が来いと頼んだ。貴様もリボーンも来んでいい。」

という店長のやり取りにも驚かされたのだが、その人物の規格外の大きさとあからさまに異国の人だと分かる容姿に目が釘付けになった。
確かに大きいほうでもないが、それでも日本人の平均身長を満たしているオレより頭一つ分半大きな体躯に厚みのある胸板、それから腰の位置がまるっきりありえないほど高い。なにより人目を惹くのは太陽を連れてきたようなキラキラした金髪と深い海の蒼を写し取ったような瞳の色だった。

ぽかんと口を開けたまま声も掛けることも出来ずにその男が目の前を通っていくのをただ見ていると、その男がちらりとこちらを振り返った。
先日現れた真っ黒尽くめの男もそれはそれはイイ男でどこぞの外国モデルかと思ったのだが、この人物はそういった周囲を拒絶するような雰囲気はない。けれど明らかに周囲と異なる雰囲気を醸し出していた。
男相手に見惚れたことが恥ずかしくて慌てて視線を逸らすと男は日本人のそんな行動に慣れているのか肩を竦めて足早に店長がいるカウンターに座った。

「そいつがサワダとかいうアルバイトか?見たところ中学生かいいとこ高校生に見えるが…」

「なっ!」

こちらを振り返ることない失礼な言いっぷりにカチンときた。格好いいなと思っていただけに余計に腹が立ったなんていえないが。確かに童顔だが20を越えた今はそんな失礼なことを言われたことはない。
ズカズカと金髪頭に近付くと肩に手を掛けようとして逆に捻り上げられた。

「いっ!」

「バカが。コロネロは現役軍人だ。迂闊に背後から回ればこうなる。…が、今のはお前が悪い。コロネロ、手を離してやれ。」

後ろ手に捻り上げられていた手をやっと開放されてキッと男を睨み付ける。だが男は涼しい顔で店長こちらを眺めるだけで謝罪もしない。
妙な具合に捻られた腕をさすっていると店長がため息まじりに説明をしてくれた。

「こいつはオレの教官時代の生徒だ。悪く思うな、オレの下につくヤツはそれくらい回避出来て当然だったんでな。コロネロ、沢田はお前と同い年だ。謝れ。」

「「なっ!?」」

互いの年齢が信じられなくて顔を見合わせる。
コロネロとかいうヤツはオレのことを年下だと思っていたようだが、オレもこいつのことを年上だと思っていた。
呆然と見詰め合っているとカウンターテーブルにガン!と拳を叩きつけた音が響く。見れば店長が片手にコーヒーを携えて綺麗な眉毛をぴくりと跳ねさせていた。

「す、すみません!」

仕事中だと思い出したオレは、怒りを一旦腹におさめることに成功した。
……店長が怖かったなんていえないけど。








タイトルを(C)ひよこ屋さまよりお借りしています
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