虹ツナ | ナノ

3.



春になって中学校へと進学してから一番変化したことといえば制服を着ることになったことだろうか。
一律に皆が皆、同じ服装で登校する風景というものは一種異様な風景だとリボーンはそう考えていた。

「これが日本教育のしがらみってヤツじゃねぇのか?」

「知ったことか、コラ!」

「ああ、てめぇみてーな頭ン中まで筋肉で出来ているヤツに言うだけムダだったな。」

「先輩はただ単にコスプレが出来ないことが嫌なだけだろ。」

「そういうパシリはあんだけ開いてたピアスホールはどうしたんだ?」

生意気にも口答えをするパシリの一番痛いところを突いてやると悔しそうに歯噛みしていた。
しかしパシリごときをやり込めたところで、この自由を求めるオレのもやもやが晴れる訳ではない。

変わり映えのしないメンバーでの変わり映えのしない制服姿での登校だ…とため息を吐き出しかけてふと足りないことに気が付いた。

「おい、そういや最近ルーチェとラル・ミルチはどうしたんだ?」

同じ小学校からの持ち上がりの上に、親同士の繋がりがあるオレ、コロネロ、パシリ、ルーチェ、ラル・ミルチの5人はオツムの程度が飛び抜けているが故に同年代のガキどもとつるむことが出来ずに集まるとはなしに集まることになっていた。

それがよく考えてみればここ1週間ほどヤツらを見かけていない。
クラスが別れたとはいえ家も近いオレたちは登下校が一緒になることも少なくはない筈である。

女っ気がないことに不満を覚えた訳じゃない。むしろヤツらは女の皮を被った男のようなものだ。
ヘタな同学年の男どもよりよほど肝が据わっている分、男のオレたちより男らしいのかもしれない。

そんなことを考えながらラル・ミルチの隣に住むコロネロに顔を向けると興味もなさそうに知らないぜと首を振った。

「チッ、しょうがねぇ…ヤツらのクラスに偵察に行け、パシリ!」

「オレかよ!」

一人前にオレに抵抗しようとするパシリを返り討ちにし、今日一日の休み時間全部をラルとルーチェの見張りに立たせることを言い渡した。










そんなことを強要したことすら忘れていたオレは、昼休みに隣のクラスのパシリがラルとルーチェの後をふらふらとついて歩いていく姿を見掛けてオイと声を掛けた。

「うわぁあ!なんだ、なんでアンタがここにいるんだ!?」

「…何訳の分からねぇこと言ってやがる。ここはオレのクラスの前だぞ。」

あからさまに動揺しているパシリに、何があるのだとラルとルーチェに視線をやろうとするとわざとパシリがその間に立ちはだかってきた。

「…てめぇ、何隠してやがる?」

「隠してなんかいない!」

「このヤロ、そこをどけ。」

「イヤイヤイヤ!本当になんでもない!」

そう言って譲らないパシリに業を煮やしたオレは思い切り鳩尾を蹴り上げるとうずくまるパシリを乗り越えてラルとルーチェの後を追った。

見た目は美人といって差し支えないラル・ミルチと日本人好みな楚々とした印象のルーチェは妙に大きな弁当箱を抱えて中庭へと向かっているようだった。

弾む足取りに余程この2人が楽しみにしているのだろうと窺える。
益々興味が湧いて気付かれないように一定の距離を保ちながらついていくと、中庭の丁度日当たりのいい場所で手を振る少女へと駆け出す2人を目の当たりにした。

オレも大概世の中を斜めに見ているところがあると自覚しているが、ルーチェなどはそれを分かった上で手玉に取っているツワモノである。
そんなルーチェの年頃の少女らしい振る舞いに逆にぞっとしながらも、手を振る少女を観察することにした。

黒髪にストレートが多い少女の中で、ふわふわと纏まりのない茶色い髪は目を惹きやすいといえばそうかもしれない。

遠目から見てもはっきり見て取れる大きな瞳がラルとルーチェが近付いてきた途端に零れるような笑みへと変わった。

知らず引き寄せられたように足を踏み出したオレの視界に、よく知る金髪が現れた。
妙にムッとした自分を不思議に思いつつ、こちらに気が付いたコロネロに声を掛けると両手いっぱいにパンを抱えながらため息を吐いていた。

「よお!購買で買い占めてきてもこんなもんしかねーんだぜ!」

「…足らねぇのか?」

「足らないに決まってんだろ!」

10個はあるそれを抱えながらも、これでは放課後まで持たないとぼやくコロネロがラルに声を掛けた。

「おい、ラル!今日はでかい弁当持ってきてるだろ!少し寄越せ、コラ!」

それを聞いたラルが眉を顰めながら切り捨てる。

「お前なんぞにくれてやる食べ物など米粒ひとつない!早くここから立ち去れ!」

素気無いというより心底迷惑そうにそう叫ぶラルに、隣に座っていた少女がコテンと小首を傾げてラルに話し掛けていた。

「っ、仕方ない。コロネロだけ来い!間違ってもリボーンは来なくていいからな!」

「フン、旦那だけ呼ぼうってのか?」

「バッ!誰がだ!!」

からかうとすぐにムキになるラルでいつものように遊びながらもコロネロと2人で近付いていくと、笑っているように見えてその実怒っているルーチェが白い指で自身の唇を押さえその怒気を滲ませていた。

「あら?リボーンは呼んでないわよ?」

「つれねぇこと言うな。そっちはオトモダチか?」

「答える義務はないわね。」

あくまで紹介する気はないらしいルーチェを睨んでいると、少女はオレとルーチェの遣り取りをぼんやりした表情で眺めながらポツンと呟いた。

「ルーチェさんの彼氏?」

「「違う(わ)!!」」

即座に2人で否定すると、それに驚いた少女は少し仰け反って後ろに転がりそうになる。
それをラルが肩を抱くことでどうにか堪えると、そのまま抱きかかえたラルからルーチェが少女の腰に手を当てて2人で少女を支えあった。

「いいこと?こんな女の敵と目を合わせちゃダメよ。」

そうルーチェが言えば、

「そうだな、そっちの金髪もお前が言葉を交わすに足りん存在だ。気にしなくていい。」

とラルまで吐き捨てる始末。
あまりの言い草にわざと少女の前に座り込むと、ラルとルーチェが2人掛かりで睨みつけてきた。

膠着状態のオレたちをオロオロした様子で眺めていた少女が後ろから重箱をドン!と間に置いてにへらと曖昧な笑みを浮かべた。

「ラルさんやルーチェさんの友達なんだよね?だったら一緒に食べよう?」

そう声を掛けてきた少女の笑顔にむくりと悪戯心が湧いてきた。
いじめたらどんな顔をするのだろうかと想像するだけでも笑いが零れた。それを見たルーチェとラルが慌てて少女を庇おうとしたが、それより早く動いたオレは少女のセーラー服の裾をぐいっと斜め下に引っ張ると目の前に迫った顔にニヤリと笑い掛けてやる。

「やっぱりな、お前なかなかいいモン持ってんじゃねぇか。ラルより大きいヤツはそうはいないんだぞ。」

「なっ…」

言われた意味が即座には理解できなかったのか、茫然とこちらを見詰め返す大きな瞳が徐々に潤んで茹でタコのように真っ赤に染まると両端から張り手が飛んできた。

バチン!バチン!と重なった音に痛さを隠して鼻で笑うと、射殺されそうな鋭い眼光でルーチェとラルが少女とオレの間に割り込んできた。

「早く立ち去れ、この公然猥褻物が!」

「うふふ…」

笑っているような声が漏れているが、どう見ても真剣に怒気を募らせているルーチェの手がオレの胸元を掴み上げると後ろにいたコロネロに放り投げた。

「お帰りはあちらよ?」

鬼のような形相の2人に追い立てられてしぶしぶその場をあとにするしかなかった。
オレたちが視界から消えるまでずっと睨み続けた2人の眼力からやっと逃れたオレとコロネロは互いの顔を見合わせると渋いため息を漏らす。

「…おい、てめぇその情けねぇ面どうにかしろよ?」

「そういうてめーも色男が台無しだぜ!」

オレは両頬が赤く腫れあがり、コロネロは鼻血を手で押さえているが顔の赤みまでは抑えきれていないというなんとも残念な有様となっていた。

「あの女、なんて名前なんだろうな。」

「分からねぇが、少なくともルーチェやラルは教えてはくれなそうだぞ。」

俄然興味を持ったあの少女の名前を知るのはもう少し先の話となりそうだった。


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