初めて足を踏み入れたそこは淡いピンクの内装に、所狭しと並べられた商品が可愛く取りやすい位置に配置されていた。 白やピンク、黒に赤と色々な色のそれはいわゆるランジェリーと呼ばれる代物だ。 透け透けで下着の意味をなさないキャミソールを着たトルソーに視線を釘付けにされたツナは、ぽかんと口を開けたままそれを呆然と見つめていた。 どこを見ればいいのかすら分からないからだ。 母親に同級生とブラジャーを買いに行くと言うと、とうとうつける気になったのねとものすごく喜ばれ昨晩は何故か赤飯まで炊かれる始末だった。 だからひとつくらいは買ってこようと思っていたのに、これではどれが自分にとって必要なものなのかすら分からない。 どうしようと困っていると、ラル・ミルチとルーチェが来い来いと手招きをしていた。 「ラルさん、ルーチェさん…?」 慌てて近付くとラル・ミルチが手にしていたブラジャーをツナに突きつけてきた。 白地に同じく白のレースが縫いつけられたそれは、胸の真ん中にピンクの小さいリボンがあるだけの極シンプルなものだった。 こんなものもあったのかと少しほっとしていると、ここが試着室なんですってとルーチェに手を引かれて奥の方へと押し込められた。 「あ、あの!」 思ったよりも広い試着室の中は2人が楽に入れるだけのスペースがあった。けれど試着はひとりでするものだろう。 困ったなと視線を彷徨わせていると、ルーチェがツナの服を後ろから掴むと無理矢理捲り上げて剥ぎ取ってしまった。 「ぎゃあ!なにするんですかっ!」 「何って試着しなきゃ。サイズが合わないと苦しいわよ?」 そういうものかと驚いていると、最後の下着も抜き取られ上半身は何も身に着けていない状態にされてしまった。 急いで手で前を覆うもしっかりばっちり見られたらしい。 ツナを見詰めていたルーチェが外にいるラル・ミルチに声を掛けた。 「これは予想より大きいわね…ラル!」 「どうした。」 「やっぱりもうワンサイズ大きいブラを持ってきて頂戴。」 「分かった。」 「な、なんで…?」 そんなに太ってはいないと思わず声を上げると、ルーチェは少し首を傾げてからそっとツナの背後に立った。 「なにす、」 「いい?合ってないブラだとこうなるって教えてあげるわね。」 そう言うと前を押えていた手を強い力で外されて後ろからブラジャーを嵌められた。アンダーバストと言われる胸の膨らみの下は丁度いい。これなら平気なんじゃないのかと思っていると、ブラ紐を肩に掛けられてカップに胸を押し込められた。 ツナよりも白く細い指がぐっと斜め下から膨らみを持ち上げて丸みに沿って動かされ悲鳴を上げそうになる。 同じ女同士なのに、しかも相手は嵌め方を教えてくれているだけなのに、少し冷たい手の動きにぼうっとなってしまった自分が恥ずかしくてツナは必死に耐えた。 「ほら…」 見て御覧なさいと大きな鏡の前に連れてこられて恥ずかしさに益々顔が赤くなった。トロンとした瞳が先ほどまでされていたことを気持ちいいことだと思っていたのだと突きつけられて、そんな自分を見ることが出来ずに俯くと後ろからジャッ…!という音とともにラル・ミルチが現れた。 「持ってきたぞ、っと…ルーチェ、お前手は出すなと言った筈だ。」 「あら、だってツナちゃん可愛いんだもの。仕方ないでしょ?」 鏡を通して睨み合うラル・ミルチとルーチェにどうしたんだろうとオロオロしていると、それに気付いたラル・ミルチが沢田と声を掛けてきた。 「前を見てみろ。カップから胸がはみ出しているだろう?それは合っていない証拠だ。きついしな。こっちをつけてみろ。」 言われてやっと自分の胸を確かめるとカップから胸がはみ出していた。それに押さえつけられているようで苦しい。 これでは長くつけていられないなと分かったところでラル・ミルチからもう一枚ブラジャーを渡された。 「付け方はルーチェに教わったな?」 「う、うん…」 正直自信がなかったので思わず返事が小さくなると、ルーチェが嬉々としてツナの背中のホックを外しにかかる。 「それじゃあまた、私が…」 「結構です!」 その手から慌てて逃げ出したのはいうまでもない。 洗い換えも含め3枚購入すると、おまけですとなにか小さな小袋を手渡された。 それを何の気なしにスカートのポケットに突っ込むと、待っていてくれた2人に慌てて頭を下げた。 「今日はありがとう!」 きっとひとりだったら探し出すことも出来なかったに違いない。かといって母親と来たならとんでもない少女趣味のものを押し付けられていたことも確実だった。 だからこそ今日までブラなし生活だった訳で、ツナはこうして気に掛けてくれる友だちもいなければ自身を気にすることもなかった。 しかもこんな綺麗な人たちが友だちみたいに自分を気に掛けてくれていたのだとドキドキしていると、ラル・ミルチが少し頬を赤くしてぶっきらぼうにいや…とだけ返事をした。 「この後、なにか用事がある?」 ありがとうと言っただけなのに、ラルさん照れ屋だなぁとこちらまで顔を赤くしてモジモジしていると、ルーチェがねえと声を掛けてきた。 「ううん。このまま帰るだけだよ。」 「なら一緒に遊んでいかない?」 「はい!」 いい返事を返すツナにラル・ミルチとルーチェはほわんと頬を緩ませて、それから互いの存在に気付くと慌ててツナの左右に分かれた。 「メシでも喰いにいくか、沢田。」 「え、はい。」 と答えれば、 「あらあら。女の子がメシだなんてはしたなくてよ。もう少しいったところに美味しいランチを出すお店があるの、そこがいいでしょツナちゃん?」 とわざとラル・ミルチを挑発するようにツナの手を握ってくる。 「は、はぁ…」 それを見たラル・ミルチがツナの手にあったブラ入りの紙袋を取り上げると指を絡ませてぎゅっと握り締めてきた。 そしてツナの手の甲に口付けると力任せに引っ張られてラルの胸によろけて転がり込んだ。 「ラ、ラルさん…!?」 「言っておくがオレが先にツナを見つけたんだからな!」 「あら、恋に後先なんてなくてよ?」 と訳が分からない言葉を言い合う2人にどう声をかければいいのかオロオロしていると、突然ぐるるぅぅ…!という情けない音が辺りに響いてツナは真っ赤に頬を染め上げた。 「プフッ!面白い腹の音だな。」 「本当ね。ツナちゃんらしい可愛い音だけど…!」 鳴ったのはツナのお腹の音で、空腹を訴えた腹の虫がどうやら2人の気を逸らしてくれたらしい。 よくやったというべきか、いやはやなんとも情けない話である。 それでも笑っている2人を見て、これでよかったのかなとツナは気を取り直すことに成功した。 「こんな状態だし、すぐに食べに行きたいよ。」 「そ、そうだな…!」 「そうね…うふふっ!」 まだ笑いを治めてくれない2人の手を引いて早く早くと急かしながらもまた3人で歩き出した。 ちょっとおまけ 先ほどルーチェが話していた美味しいランチを出すお店に連れてこられたツナとラル・ミルチはひとつ2人前はありそうなパエリヤとピザを頼むと分け合う話に落ち着いたようだ。 ラル・ミルチなどは運動部に所属しているためにそれでも分かるが、ツナなどは見た目の小ささを覆す大食いと言えなくもない。 「食べきれるのかしら?」 「うん、平気だよ。いつもこれ以上は食べてるから。外で食べるときはこれでも少なめにしてるんだ。」 お金が勿体ないだろ?と朗らかに笑うツナに、そんなところも可愛いなんて思っていたルーチェとラル・ミルチはふとツナのスカートからはみだしているピンクの袋に気が付いた。 「それはなんだ?」 「あ、これ?なんだろ…さっきの下着屋で貰ったんだけど。」 言われて思い出したツナはポケットからそれを取り出した。 手の平サイズのピンクの布袋に入ったそれは、手触りからして柔らかいなにかだろうと思われた。 「そういえば、ルーチェさんとラルさんに買い物に付き合ってくれたお礼がしたいんだけど…」 こういう時なにをお礼にするのか見当もつかないツナは、上目遣いで2人を覗き見た。すると真剣な顔をして考え込む2人に、そんなにすごいものを要求されるのだろうかと戦々恐々としていると、ぽとりと手から袋の中身がテーブルの上に落ちてしまった。 「…なんだ?」 「あら?」 と2人がその物体の左右の端を摘み上げて広げれば… 「…!??」 「「…」」 布地らしい布地などない、いわゆるTバックといわれるショーツだった。 こんなんでどこを隠せるんだろうと不思議に思っていると、それを摘んでいた2人がハッとしたように顔を上げてとんでもないことを言い出した。 「お礼ならこれを学校に履いてきてくれ!」 「は、はぁ!?」 とラル・ミルチがテーブルを乗り出せば、 「私も同じで。」 「はぁ…?」 とルーチェまで件のそれを摘み上げながらにっこりと微笑みかける。 2人とも履いたことがないから履いている人を見たいのだろうか。そんな風に解釈したツナが翌週言われた通りに履いてきて2人から幾度もスカート捲りをされて泣き出したなんてことはまだツナは知らなかった。 おわり |