虹ツナ | ナノ

1.



次の授業の体育のために女子だけとなった教室でセーラー服の胸ホックを外しながらツナは着替えをはじめていた。
中学生になったばかりであまりクラスに馴染めていないツナは、一人教室の隅っこでみんなに背を向けながら。

慣れないセーラー服の脱ぎ着に不器用なツナが必死に格闘していると、突然後ろから胸を鷲掴まれて悲鳴をあげた。

「ひぇぇえ!」

「情けない声を出すな!お前ブラ線がないと思っていたら、つけてないな?」

そう声を掛けてきたのは同じクラスの委員長をしているラル・ミルチで、むんずと掴まれた胸を揉むように確かめる手はまだ退く気配をみせてはいない。
突然胸を掴まれて驚いたことと、よもやラル・ミルチに声を掛けられるとは思ってもいなかったツナは細い身体をプルプルと震わせていた。

「ラルったら、いつまで触っているのかしら?そんなにツナちゃんが可愛いのね。」

「ちっ、違う!オレはただ沢田がブラをつけていないことを確かめたかっただけで…!」

そこへ現れたのはツナたちと同じく新入生であるルーチェだった。
新入生の中でピカ一の美少女と名高い彼女の笑顔に同じ女なのに思わず顔が赤らむと、やはり新入生の中でも目立つ美少女のラル・ミルチが不満げに舌打ちを鳴らしてツナの胸から手を離した。

「お前そんなノーブラで衣替えになったらどうするつもりだ?」

「へ…?」

そうラル・ミルチに強い口調で訊ねられても返事のしようがない。
どうもこうもない。
どうせ胸らしい胸もありはしないとこの年まで放っておいたのだから、多分このままだろう。

そう思っていると、それを察したらしいラル・ミルチとルーチェが2人揃ってはぁ…とため息を吐き出した。

「え、あの…?」

「ツナちゃん、ブラ買いにいきましょう?今週の土曜日はお暇かしら?」

「言っておくがお前は胸がない訳じゃないぞ。ひょっとするとオレよりあるかもしれん。」

バーンと突き出たラル・ミルチの胸を前に大きな瞳をぱちくりさせていると、隣でルーチェがフフフッと含み笑いを零した。

「触ってまで確かめたかったんですものね。」

「う、うるさい!いいか、土曜の10時に駅前に集合だ!」

「はぁ?」

そんな訳で何故か華やかな2人組と待ち合わせすることと相成った。









沢田綱吉なんて名前だと必ず男に間違えらるのだが、これでもれっきとした女の子だった。
前から数えた方が早い身長に発育不良のひょろっと細い手足、小さい顔には零れんばかりに大きな瞳が印象的な少女だ。

あまり女の子らしくない性格が災いして女の子の輪にうまく入れないツナは、新しい中学校生活でもはみ出し気味だった。
回りを見渡せば綺麗にブローされた黒髪だらけ。だというのにツナはいくらブローをしてもふわふわと跳ねてしまうミルクチョコレートのような髪しか持ち合わせがない。

勉強も出来る方ではなく…というか一桁は当たり前という体たらくで、運動神経もあまりよろしくはなかった。
ひっそりこっそりとクラスに存在する地味な少女だと自分を認識していただけに、学年どころか学校中でも目立つ存在のラル・ミルチとルーチェに声を掛けられてツナは内心ビクビクしていた。

約束の土曜日の朝。
本当にあの2人が自分なんかと遊ぶつもりなのか半信半疑ながらも指定された駅前に10時2分前に足を運ぶと、私服姿も煌びやかな2人がツナをみつけて手を振ってきた。

「お、おまたせ、」

「遅いぞ!5分前行動くらい取れんのか!?」

「ごめんなさい……」

呼び出しておいてしかも遅れてはいないのにこれである。
それでもそういうものかとシュンと小さい肩を益々小さく窄めると、ルーチェがツナの頭を撫でてその頭を引き寄せた。

引き寄せられた先がふくよかな胸だったことにうろたえているツナを尻目に、ルーチェは聖母のような笑みを浮かべたままツナに語りかけた。

「ごめんなさいね?ラルってばあれからずっと楽しみにしていたもので…一分でも早くツナちゃんと会いたかったみたい。」

「は、はぁ…」

「違うっ!べ、別にお前のために早起きなんかしていない!」

どちらかといえばきつめの美貌のラル・ミルチがかぁと頬を染めながらツナとルーチェに言い募る様はいつもの切れそうな印象とは違ってとても可愛いなとツナはつい笑みが零れた。

「うふふっ。そうそう、そうやって笑っているといいわ。ツナちゃんの笑顔はとっても可愛いんだから。」

「か、かわいい?」

そんなことを言われたのは初めてだ。
びっくりしてルーチェの顔を見上げると、横から赤い顔をしたままのラル・ミルチまでそう思うと頷いていた。

「変なこと言わないでよ!2人のほうがよっぽど綺麗だし可愛いだろっ!」

そんな訳はないと反論するとやれやれといった顔をされて首まで横に振られた。

「オレやルーチェは表立って騒がれることに慣れているからそう思うだけだ。お前は慣れていないからな、そっと愛でているといったところだろう。」

「そのまま近付かなければいいのに…でも、近付いてきたら…」

途中で声色が変わったルーチェの顔をふと覗き込むと白い面から滲み出る黒い笑顔にゾゾゾッと背筋が凍り付いた。

「る、ルーチェさん?」

「なぁに?」

これは本当にルーチェなのかと思わず声を掛けると、先ほどまでの黒さが嘘のように霧散していつも通りの白百合のような楚々とした微笑が表れた。
先ほどのアレは見間違いだったのだろうか。きっとそうに違いないと思いながらも、ルーチェとラル・ミルチに手を引かれるままツナはある店へと歩き出していた。


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