3月3日。日本でいうところの桃の節句と言われる日。 そんな日に沢田さんちのお隣のアルコバレーノ家では兄弟が揃ってなにやら密談をしているようです。 何をそんなに真剣に話し込んでいるのかといえば… 「これを見ろ!」 双子の次女であるラル・ミルチがハガキサイズに引き伸ばされた写真を他の7人に見せた。 それを見て三男の風はふふっと笑み崩れ、他の6人は驚愕に目をこれでもかと見開いてそれを凝視した。 「なっ、どういうことだコラ!」 「てめぇ、どんなあこぎな手を使ってツナにこんなことをさせたんだ?!」 「ふむ、これは合成写真か?」 「なんでアンタがこんな美味しい思いをしてるんだ?」 「幾ら払ったんだい?僕もツナヨシになら払うよ。」 「まぁ!風ったらいつの間に…綱吉くんの弱みを見つけたならみんなに知らせなきゃダメでしょう?」 と口々に出る文句を馬耳東風と聞き流した風は、ラル・ミルチの手からするりとそれを抜き取ると手垢がついていないかを確認してから胸ポケットへと大事にしまいこんだ。 「嫌ですね、私はそんなに卑怯者ではありませんよ。たまたま体育の時間にボールが鼻に当たって鼻血が出てしまいましてね…綱吉くんは保健委員でしょう?だから面倒を見てくれたんです。」 一見筋が通っているようなその理由を聞いた兄弟たちは猛然と抗議を始めた。 「おかしいだろ!アンタ武術の達人で、鼻にボールが当たったぐらいじゃ鼻血なんて出ないだろうに!!」 「そもそもお前は本当にボールに当たったのか?否、当たる訳がない。その瞬間に身体が反応する筈だ。私の取ったデータではそう結果が出た。」 「やっぱり汚い手を使ったんだろ、コラ!」 「…チッ、てめぇのせいでその手はもう使えなくなっちまったな。今度はどんな手でいくか、」 「タダなんてズルいじゃないか。」 「…(にっこりと笑いながらも握っていたガラスにヒビが入っている)」 「貴様、その写真はオレが500円で手に入れたんだぞ!返せ!」 喧々囂々、それはそれはかしましい7人に責められても風は余裕の笑みを浮かべるだけだ。 それを兄弟たちはギリギリと歯噛みしながら睨み付ける。 ラル・ミルチが手に入れた写真。それは綱吉に膝枕をして貰っている風のとってもイイ笑顔が収められている代物だった。 優しげな微笑は常に浮かべてはいるものの、こんなにイイ笑顔は滅多にお目にかかることができない貴重品として並森中学で高値で売買されていた。 お隣さんちの綱吉くんは、勉強ダメ、運動ダメ、根性なしのダメダメ中学生だ。けれどそんなダメさを補ってあまりある可愛らしさにアルコバレーノ家の8人兄弟はゾッコンだった。 なにくれとなく綱吉の面倒を見たり、苛めたり、構ったり、突いたりと8人が8人共それぞれにアピールしているのだが、いまだ一人として綱吉の視界に入れた者はいない。 いわゆる発育不全なんだと8人は思っていた。 こんなに魅力溢れる8人に迫られてもオチるどころかドン引きされるだなんて在りえない!というのが8人の見解だった。 そんな中でのこの写真である。 風は綱吉と同じクラスに在籍していた。それを前後の兄弟たちは臍を噛むほど羨ましくまたは妬ましく思っていたが、風はそれほど熱烈に綱吉にアタックをしないタイプなので大丈夫だろうとタカをくくっていたらこれである。 風と同い年ながらもクラスが違ってしまったリボーンなどは真剣に風の始末を考えるに至っているが、それを止めるものなどこの兄弟の中には誰ひとりとしていなかった。 あわや風vsリボーンの兄弟喧嘩(の域を超えているが…)が始まろうとしたその時に、アルコバレーノ家のお隣さんの塀の向こうから呑気な声が掛かってきた。 「おーい!ルーチェ!ラル!リボーン!ヴェルデ!風!コロネロ!スカル!バイパー!!…はぁはぁ…桃の節句だから母さんがおいでって!呼んだからなっ?!」 アルコバレーノ家の8人全員の名前を呼んだのは、呼ばないといじけたり、苛められたり、金品を要求されたり、実験のモルモットにされたりするからだ。 出会って10年。やっと覚えた処世術に少し寂しさを覚えた8人たち。バカな子ほど可愛いと思っていたなんて綱吉は知らなかった。 ともかく、呼ばれた以上は向かわなくてはと綱吉にだけ律儀さを発揮するアルコバレーノさん家の8人兄弟は一旦喧嘩を治めて、そそくさと沢田家へと足を運んだ。 沢田家へ行く時には必ず長女であるルーチェが折り菓子を用意してインターフォンを押す。その横には双子のラル・ミルチが控えている。 この2人は綱吉より2つ年上の高校生で、10年前に綱吉と出会って以来本当の弟妹よりも綱吉を優先し続けていた。溺愛といっても過言ではない。 ピンポーン!と軽やかなチャイムが鳴ると奥からパタパタという足音が聞こえてきた。 この足音は綱吉の母の奈々のものだ。綱吉の足音はバタバタと落ち着きがない。 少し残念に思いながらも開けられるのを待っていると扉の向こうから何やら小声で聞こえてきた。 「ああああの…!変な格好してるけど笑うなよ!絶対笑うなって!笑ったら追い出すからな?!」 珍しいことに足音を間違えてしまっていたらしい。 テンパリ具合が怪しい綱吉の声と大人しかった足音、それに絹擦れのサラサラという音を耳にした兄弟たちは訝しみながらも扉が開かれることを大人しく待っていた。 ギィィ…と音を立て、しぶしぶ開いた扉の向こうには豪奢な着物を身に纏ったジャパニーズビューティフルな大和撫子がそこに立っていた。 「………」 「…ツナか!」 ルーチェとラルの後ろに控えていた6人が我先にと着物の美少女の前に躍り出た。 俯き加減と頬を染める仕草が絶妙な色香を漂わせている。 8人が8人、思い思いに着物美人を眺めていると、恥ずかしさに切れた綱吉がキッと睨んで顔を上げそのままくるり背を向けた。 色々と動きを制限されているせいで思うように動けない綱吉は、よろけながらも奥へと逃げ込んでいった。 残された兄弟たちは慌ててケータイのカメラをスタンバイさせてから上がりこんだのは言うまでもない。 それから奈々に呼ばれたルーチェとラルを除いた6人は椅子に座るだけで精一杯の綱吉の周りをうろつきながら声を掛けた。 ついでに言うと綱吉は膨れている。先ほどまで散々8人に着物の女装姿を撮られまくったからだ。 「どうして着物を着せられてんだ?」 あまりに可愛い綱吉の着物姿に隣に座ることも出来ず、冬眠前の熊のようにうろつくだけで精一杯のコロネロや、まともに凝視も出来ないスカル、背中を向けて座るバイパーをよそに手を握らんばかりに近付いているリボーンが訊ねた。 すると、 「お、お前が…」 「オレが?」 「お前が中間テストの山を教えてくれないから!また0点取っちゃって…」 うううっ…!と涙ながらに訴える綱吉だが、自分で勉強するという気はないらしい。何をやらせても1番のリボーンにおんぶに抱っこの依存生活も10年を迎えているというのにである。 いい加減気付け!と少し間を置いてみたら風には出し抜かれるし、奈々にはダシに使われるし…いや、意外とかなりすごく好みではあったが。 そんなリボーンの葛藤など気付きもしないでまだブチブチと愚痴っている綱吉の言葉を拾うに、どうやら今度0点取ったら奈々のいう事を何でも一つ聞く約束をさせられていたらしい。 中学に入ってからは一度もそんな点数など取ってこなかったのは一重にリボーンのテストの山の命中率とカテキョーの賜物である。 それが一度だけ手放した途端に0点とは…いいやはや、どこまでも綱吉は綱吉であった。 呆れるより何故かキュンとときめいてしまった綱吉のおバカさ加減に、自分でも恋は謎だとしみじみ思いながら視線を合わせると大きな瞳かが滲んでいた。 「リ、リボーンのバカッ!」 「…悪かった。」 理不尽な言い掛かりにも、つい謝ってしまうリボーンを押し退けてスカルがおずおずとしゃしゃり出てきた。 「オ、オレが勉強を教えてやる…!」 「へ?だってスカルオレより2つ下だし、小学生にはムリだろ?」 2つ下のスカルの精一杯の好意も分からずばっさり切り落とすと、今度はコロネロが声を掛けてきた。 「それならオレが教えてやるぜ、コラ!」 「んー…コロネロは部活あるじゃん。」 リボーン、コロネロ、風は綱吉と同い年の3つ子である。 けれど、ものを人に教えることが上手いリボーンとは逆にコロネロはバリバリの体育会系人間なので綱吉はひそかにコロネロに教わりたくないと思っていた。 そこにもう一人の3つ子が声を掛ける。 「私でよければ教えて差し上げますよ?同じクラスですし。」 「ううーん、でも風だとオレを甘やかしちゃうだろ?それだとダメなんだ。リボーンくらいドSでないと身に付かないみたい。」 どうやらリボーンに手放されて一度は風に教わってみたらしい。けれどリボーンのスパルタ式に慣れてしまっている綱吉にはどうにも勉強する気が起こらなかったと。 それを聞いていた一つ上のヴェルデがさも仕方ないといわんばかりに名乗りを上げる。 「それならば私はどうだ?学年は上、綱吉を甘やかさないという点ではリボーンに引けは取らないな。」 「……遠慮します。」 震えながらも小声で拒絶する綱吉はヴェルデの本質をよく弁えていた。 自分以外の誰の手も取らなかったことに気をよくしたリボーンが、偉いぞと綱吉の頭を撫でているとキレた他の5人が手に白酒と菱餅、あられを持ってリボーンに襲い掛かる。 着物を汚したら奈々が怖いことを知っているそれぞれは、綱吉を隅に追いやるとリボーンを追い掛け回した。 意味が分からない綱吉はいつも仲がいい兄弟だなぁなんて思いながらもそれを眺めている。そんな中でそれは起きた。 「つっ…!バカ野郎、耳ン中に白酒が入ったぞ。」 「ざまーみろ!」 「じゃないって!こっち来いよ、リボーン。」 睨み合うリボーンと5人を引き離して、節句の料理が並ぶ畳部屋に正座をすると綿棒を手に綱吉が来い来いとリボーンに手招きをする。 それを見た5人が何事かに気付いた時には既に遅かった。 「奥まで入ってない?平気?」 「平気だと思うが見てくれ。」 着物姿の綱吉の膝の上に頭を乗せたリボーンは、これ以上はないほど脂下がった顔で綱吉の腿に手を掛けたまま寝転がった。 様子を見ることに必死な綱吉を余所に、腿とはいわず腰まで触っているリボーンに兄弟たちは絶叫を上げた。 「ちょっと!どこ触ってんだいっ!」 「へ?耳の中だけど?」 「違うぜ、そいつのことだ!」 「うん?」 バイパーとコロネロの声にも耳を貸さず、リボーンの耳の中を覗いている綱吉の姿は必死なだけに可愛らしくて余計に5人を苛立たせた。 そこへ残りの姉2人と奈々とが入ってきた。 「なっ?!何故貴様が綱吉の膝枕を独り占めしているんだ!」 「あらあら…」 奈々によって綺麗に着付けされたラル・ミルチとルーチェだが、リボーンと綱吉の姿に血管が切れそうになっている。 怖いのはルーチェの手にはかんざしがキラリと光っていることだ。 大人しい外見とは裏腹に怒らせると一番怖いのもこの長女だったりする。 そんな8人兄弟と綱吉を見た奈々は、けれどあくまで綱吉の母だった。 「耳は大事だものね?今日は桃の節句でもあるけど、耳の日でもあるのよ。」 「だよね!」 とんだお惚け親子である。 とりあえず今日はリボーンの一人勝ちだった。 おわり |