虹ツナ | ナノ

番外編



いつも隙のない身のこなしでスマートかつエレガント、そしてわずかな茶目っ気を出しながらも仕事は抜かりがない。そんなマフィア界の殺し屋リボーンが何をそんなに慌てているのか帽子を手に足早にタクシーに乗り込んだ。

顔が知れたらアウトのこの世界で彼の顔を知るものは少ないが、彼が通り過ぎるだけですわ海外の芸能人かと周囲の視線が注がれることをよく自覚しているリボーンにしては珍しい失態だった。
けれどそれには訳がある。

いくらフリーとはいえ後ろ盾がなければ何かと厄介事が増える。幼い頃から殺し屋として名を馳せていたリボーンとはいえそれは身に沁みて分かっていた。
リボーンの所属するボンゴレファミリーはイタリアにある九代続く巨大ファミリーだった。
そんなボンゴレからの依頼を断れなかった…といった単純な話ではなく、事は義理の息子となった綱吉に関係していた。



沢田綱吉。
小学2年生のれっきとした男の子である。
母親似の面差しはどこか少女めいているのに、その大きな瞳は曲げられない芯が通っている。勉強ダメ、運動ダメの綱吉であるが、それは大した問題ではないとリボーンは思っていた。

自分を筆頭に世間的にはアウトサイダーと言われる人種から、果ては元プロ野球選手まで、普通とは言い難い人種を惹きつけることにかけて綱吉は人語に落ちない。
これが代々ボンゴレファミリーに伝わるという人身掌握術というものなのかは知らないが、今までリボーンが出会った誰よりも惹き付けられたのは事実だった。

同じボンゴレファミリーで仕事をしていた仲間の息子にお前の父は亡くなったのだと告げにきただけだった筈のリボーンが、こうして養子に迎えて綱吉の元に帰ろうと必死になるほどには。

そんな綱吉はボンゴレにとって微妙なポジションに立たされている。
父親であり、リボーンの仕事仲間だった家光は実は初代の血を引いていた。それの意味するところに今回の仕事が絡んでいた。

綱吉が初代の直系だと知る者は限りなく少ないがいない訳ではない。
今のところ九代目の息子であるザンザスがボンゴレを継ぐことになっているが、それを快く思わない者も多かった。
その反ザンザス派に綱吉を担ぎ出そうとした古参の同盟ファミリーと新参の傘下ファミリーに九代目直々の依頼が入ったという訳だった。

殺しではないが、生かしてもいない。
つまりそんな繊細な仕事をこなせるのは世界広しといえどリボーンしかいなかったからだ。
あくまで制裁としての仕事は時間を擁する。これも綱吉のためだと思えばこそ受けた仕事だった。





空港から拾ったタクシーの運転手の安全運転ぶりに思わず殺意が芽生えてしまったリボーンは、出掛けの綱吉の言葉を思い出した。

「14日には帰ってくるの?」

「あぁ、あれくらいの仕事ならすぐだぞ。」

「ふうん…そっか。それならいいもの作って待ってるね!」

と笑顔で送り出してくれた綱吉との約束を果たせずに、17日を過ぎた今、こんなタクシーに乗り込んでしまったことに改めて憤りを覚えていた。
無言ながらも人を殺すことを生業にしているプロの殺気を背中にヒシヒシと感じたらしいタクシーの運転手は心の中で般若心経を唱えながらもスピードを徐々に上げていく。
それでも生粋のイタリア人であるリボーンはまだだと後ろからバックミラー越しに睨みを利かせていた。

そんな生きた心地のしないタクシー運転手を余所に睨む視線はそのままでリボーンは綱吉の言葉を反芻していた。
14日といえば今は2月だからバレンタインだろう。イタリアでは親しい人や恋人に花束などを贈る日だが、日本ではどうやら違うらしい。
平たく言うと好きな人に告白をする日なのだと聞いたことがある。

毎年嫁さんのチョコレートを受け取るためだけに日本に帰国していた家光の受け売りだが間違いではなさそうだった。
現にリボーンがしばらく日本を離れると聞きつけたイタリア語教室の受講生たちがこぞってチョコレートを片手に告白をしてきたのだから。

それは誰のチョコレートも受け取らないということで決着をつけたのだが、綱吉からのそれは別だった。
何としてでも受け取りたいと必死に仕事を終わらせてはきたが、それでも3日も過ぎてしまっていた。

「…人のチョコを喰ってやがったら殺す…」

ポツリと零れた唸るような言葉に運転手は天昇間近だ。
それでもどうにかタクシーはリボーンが日本の住みかと決めた一軒家へと滑り込むと、福沢諭吉を2枚ほど叩き付けて足早に玄関のたたらを踏み締めた。

綱吉とお揃いのキーホルダーは可愛いおしゃぶりの形をしている。黄色のおしゃぶりを毟るように胸のポケットから取り出すと急いでキーを差し込んだ。
ガチャンと音を立ててキーを戻すのももどかしく玄関の中へと入っていくと、そこには洗濯物を手にした骸が立っていた。

「おやおや…随分遅いお帰りですね。14日はとうに過ぎていますよ。」

と優雅な物腰で人の一番痛いところを突く骸がクフフッ…と笑う。
それをわずかに眉間に皺よ寄せただけで無視すると、玄関を上がって綱吉の部屋がある2階へとリボーンは上がっていった。

「14日は夜中の12時までずっと君の帰りを待ってここで…玄関で待っていたんですよ、綱吉くんは。…これからは出来ない約束ならしないようお願いします。」

「っ…!」

もう少しで2階に上がるというところでそう骸に塩を塗られぐっと奥歯を噛み締めた。それは重々承知していた筈だったのに、綱吉を日付が変わるまで待たせてしまったことに罪悪感を覚えた。
人殺しを生業にしてからそんな人間らしい感情など忘れたと嘯いていたリボーンが、初めて手に入れた良心と居場所。その名前が綱吉だった。

能面のような顔を珍しく歪ませて耐えるリボーンに1階の玄関の上がりばなから骸は更に言葉を吐き出す。

「もういいと言って寝たのは1時過ぎでした。それからはこの家にも帰らず、山本の店に入り浸りで…」

「山本の店にいるんだな?!」

血相を変えたリボーンが、商売道具であるライフルを階段に投げ捨てると踵を返して階段を駆け下りる。それを横から見ていた骸はその美しいとさえいえる眉根をぴくりと動かしてリボーンの行動を見詰めていた。

「行くんですか?今更どの面下げて会いに行くんです?」

「生憎とこの面しか持ち合わせがねぇんでな。てめぇみてぇに憑依してまで面変えることはしねぇぞ。」

「フフフッ…気に喰わない男ですね。君にも憑依してあげましょうか?」

「ツナに嫌われたくねぇからやめとくぞ。」

「クフッ。」

笑みを浮かべている骸は、けれど手にはいつの間にか三叉槍が召喚されていた。
邪悪な、という表現が似つかわしい笑顔でリボーンの行く手を阻もうと槍の先を構える骸に、仕事用の殺気を即座に身に纏ったリボーンが懐に手を入れた。その時。

「ただいまー!骸さんっ、リボーン帰って来た?!」

「ツナ!」

ランドセルを背負った綱吉が玄関に飛びつく勢いで飛び込んできた。
丁度玄関の上がりばなで骸と対峙していたリボーンは、手にしていた銃を慌てて懐に隠すと綱吉と向き合う。

「あっ、リボーン!おかえりなさい!!」

靴を脱ぐのももどかしくリボーンに飛びついていった綱吉に、骸は不貞腐れた声を出す。

「酷いですよ、綱吉くん。僕だっているんですからね!」

それに構うことなく綱吉の脇に手を差し込んだリボーンはランドセルごと綱吉を抱き上げた。

「ただいまだぞ、ツナ。イイ子にしてたか?」

「うんっ!リボーンは怪我してない?」

「オレがそんなヘマするように見えるか?」

不安そうに様子を伺う綱吉にそう問いかけるとブンブンと首を横に振りつつも小さく呟いた。

「うんん。でも骸さんが…」

腕の中でリボーンの首にしがみ付いていた綱吉が、チラリと骸に視線を向けるとフン!と横を向いて居直っていた。

「学校から帰ってくる度に君のことしか訊ねない綱吉くんに、そうかもしれませんよと言っただけです。僕らには君のチョコレートの残りしかくれないし…言いたくもなったんですっ。」

それだけ言うと洗濯物を片手に奥へと逃げ出した骸に今度制裁をと誓っていると、腕の中の綱吉がそーっとリボーンの頭を撫でた。

「お仕事おつかれさま。それから帰ってきてくれてありがとう…」

その言葉にいつも救われる。
ここがリボーンの居場所でいいのだと免罪符を貰った気分であぁとだけ返すとぎゅうっと綱吉に抱きつかれた。
寂しかったとは言わない綱吉の精一杯のボディランゲージに同じく抱き返すことで応えているとキッチンから骸がガミガミと吼えていた。

「いい加減にしなさいっ!綱吉くんも学校から帰ってきたら、手洗いうがいはすること!リボーン君、君もですよ!」

どうにかして2人を引き離そうとするその言葉に2人はふふふっと笑い合うと、綱吉を降ろしてから手を繋いで洗面所まで2人で歩き出した。


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