虹ツナ | ナノ

2.



気晴らしも兼ねた稽古に隼人は難色を示していたが、かの赤のアルコバレーノの護衛つきの上にこの本部内ならば大丈夫ですよというお墨付きを頂いてしぶしぶとではあったが、どうにか納得させることに成功した。

仕方ないとは分かっていたが、内心身体を動かしたいという欲求に苛まれていたオレは嬉々として風さんに頭を下げてご教示願った。
いくらアルコバレーノとはいえ、リボーンやコロネロほどスパルタではないだろう…なんて思っていたのだが。





「ちょっ、だけ休憩くだ、さい…」

「3分だけですよ。」

「ひぃぃい!」

腐ってもアルコバレーノ。いや、さすがはイーピンの師匠だけあるというべきか。
ここ1ヶ月ほどの軟禁生活により、衰えていた筋肉が悲鳴をあげている。
ただでさえ筋力を保つことが難しい体質のオレは、わずか1ヶ月で痩せてしまった筋肉を元に戻すべく風さんにしごかれていた。
筋力だけではない、柔軟性も損なわれていた身体をトレーニングと組み手とで引き上げられていく。

最小限の動きでオレの攻撃を交わしていく風さんに、せめて一発でも入れたいと身体のバネを利かせて飛び回るも最後の技を見切られて吹き飛ばされた。
ズザザーッと音を立てて地面に叩きつけられても、痛さより爽快感が勝る。
まだまだ敵わないことに笑いが込み上げて、伸びたまま地面に仰向けに転がっているとひょいと風さんがオレの顔を覗き込んできた。

「おや、いい顔をしていますね。」

「そうですか?悔しいですよ。」

悔しいことが嬉しい。オレの周りにはまだまだ強いヤツがいて、それはリボーンだったりコロネロだったり風さんだったりするのだが、彼らがまたこうしてここに在るというだけでもオレが居る意味があるような気がする。

世界の秩序だ、みんなの平和だなんてオレには関係ない。
あるのは、ただ周りにいる誰ひとりとして欠けることなくここに在ること。そんな未来がまた描けることに喜びを感じていた。
へへへっと情けなく笑うオレに、手を差し伸べてきた風さんが引っ張り起こしてくれた。

「そろそろ君の右腕が怒鳴り込んできそうですね。その足も見たいので中に入りましょうか。」

「…バレてました?」

「右足の伸びがわずかに落ちましたからね。」

さすがイーピンの師匠だと思いながらも、風さんに背負われて私室へと運ばれていった。






へたな医務室より余程充実しているオレの私室に連れてきて貰い、これだけはとこだわったラグの上に座らされた。どうしてかというと、よく元家庭教師の襲来にあったり、マフィアランドの教官が遊びに来たという名目でオレを鍛え上げてくれるからだ。
一々入院したり、医務室に運ばれるより自室で済ませられればそれが一番楽だから揃えてある。

最近はボンゴレ絡みの仕事をお願いしてあるせいで少し埃をかぶった機器たちが部屋の片隅に鎮座している。

棚から取り出した救急セットを手にオレの前まで回りこんだ風さんは膝をついてオレの足にそっと触れた。
右足首を妙な具合に捻ったようで先ほどから痛みが増していた。
熱を持った足首をじっと見詰めていた風さんは捲くりあげたズボンの裾に手を掛けるともう片方の足も何故か床に押し付けた。

「動かないで下さいね。針がずれてしまうと痛いですよ。」

「って針!?」

懐から取り出した小さいそれは鍼灸院などでよくみかける針とわずかに違った。
東洋医学にはとんと疎いオレは、風さんを信用しているが針は信用できなかった。
注射針ですら刺される前に一悶着を起こすチキンなオレなのにムリに決まっている。

掴まれた足を蹴り上げて逃げ出そうとするも、それすら予測済みだった風さんの手に阻まれてあっけなく押さえ込まれた。
ジャージの裾を勢いよく引っ張られ、あっと思った時にはパンツ以外下肢を覆うものが取り去られてしまった。

「ヒッ…!」

左足を掴まれ、右足をラグの上に押し付けられて痛みで息を飲んでいると、素早く針を埋め込まれた。
小さいそれが肌を刺す度に自由が利かなくなっていく。

「痛くはないでしょう?」

「や、めて…針は嫌だっ!」

感覚のなくなった右足とは別に、掴まれた左足がじんわりと熱を持ち始めた。
オレの上に伸し掛かる格好で押えていた風さんは、左足のふくらはぎからすねをなぞり始めた。

「中学生の時の君の脚も魅力的でしたが、今の綱吉くんも大変素晴らしい脚の持ち主ですね。」

「あ、あし…」

脚ってなんだ。いや、脚は脚か。
目の前の風さんは頬擦りせんばかりにオレの脚を持ち上げると、膝裏を抱え上げて太腿に顔を寄せてきた。

「ちょ、あのっ!」

「この張りのある肌、しなやかで弾力に富んだ筋肉、その流れ。どれを取っても素晴らしい。極上ですよ、綱吉くんの脚は。」

意味不明な賛辞と突然の行動に、どう対処すればいいのかと迷っていると風さんの口が筋肉の流れに沿って向かってきた。
柔らかい唇の感触に身体を震わせる。

これが骸あたりならセクハラ魔人退散!と叩き付けてやれるのに、相手はあの風さんなのでそれも出来ずにいた。
針治療の一貫なのだろうか、それともただの悪戯か。迷っている隙に風さんの唇がパンツにまで下ってきた。

「うわっ!」

昔から変わらずトランクス派のオレの、トランクスの隙間から舌を差し込まれて声が出た。
股関節の柔らかい肌に沿って動く舌に悲鳴を上げるとトランクスの上からまだなんの反応も示してはいない中心を手の平で撫で上げられた。

「なん…っ!」

「中学生の綱吉くんの膝の上があまりに心地よくて…あれ以来ずっと君に勝る脚はないものかと探していたのですが、ないものですね。ならばあれから10年経った君はどうだろうと思いこの仕事を引き受けたんですよ。」

なんの話だと必死に思い出そうとするオレを放って、オレの太腿に頬擦りする風さんの顔はあくまで優しく穏やかだった。
雲雀さん似の顔であの表情。誰だって騙される。
逃げ出したくても右足は針で動かず、左足は奪われてなす術がない。
それでも尻と背中、腕を使い起き上がろうとしたが、前を撫でていた手がトランクスの裾から後ろに入り込んで尻を掴んで身体が竦んだ。

「この小さい臀部を動かす筋の流れ、それを感じさせない肌の柔らかさ…理想的ですよ。」

「ヤッ…」

これで変態特有のうっとりした表情ならばまだ蹴ろうが殴ろうが気にはならない。なのに風さんは先ほどと少しも変わらぬ笑顔のままでふっとオレに笑い掛けている。

「ねぇ綱吉くん。10年経っても忘れられないなんて、これって恋なんでしょうか?」

「わかりませ、」

「10年前より今が、昨日より今日の方が君は輝いて見えます。好きになってもいいですか?」

そんな顔で訊ねられても困る。ドッドッドッ…と激しい動悸に見舞われて口から心臓が飛び出てきそうだ。
冗談ではないことだけは目の色で分かるから余計に困った。

「私に君の脚を思うだけ触れる権利を下さい。」

「って脚?!」

とんでもないオチに素っ頓狂な声を上げると、いやですねと風さんは苦笑いを浮かべた。

「勿論脚だけじゃありませんよ。君のすべてに触れる権利が欲しいんです。でも、脚だけは他の誰にも触らせても、見せてもいけませんよ。」

「風さん…」

いつの間にか右足の針は抜かれ、あれほど痛みを訴えていた足首は驚いたことに腫れも引き痛みもない。自由になった筈なのにラグの上から動けないオレは風さんの顔をただ見詰めるだけだった。

「本気で欲しいと思ったのは綱吉くんが初めてです。逃げるならどうぞ。その代わり私も全力で追いかけます。」

でも脚だけは傷つけないで下さいねと言われ、逃げる気持ちも萎えた。
どこまでも脚にこだわる風さんにため息を吐くと身体の力を抜いてラグの上に脚を投げ出した。

「大事にしてくれます?」

「えぇ、一生!」

いい表情での返事にほだされたということにしておいて欲しい。


終わり




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