虹ツナ | ナノ

1.



赤いおしゃぶりを持つアルコバレーノとして彼と出会ってから、かれこれ10年は経とうとしていた。
イーピンの師匠でもある風さんは中国拳法の達人だ。マフィアには属さず、名前の通り風のように自由に各国を点々としながら腕を磨いているのだと聞いたことがある。

会ったのは10年前のアルコバレーノのしるしを受け取るために並中で追いかけっこをしたあの件と、その後のヴェルデとの戦闘の時だけ。
その時にはあまりに雲の守護者である雲雀さんとそっくりで驚いたなぁと思い返しているところだ。

そして今、目の前でにっこりと微笑んでいる風さんの顔を見て赤らむ頬を誤魔化すのに精一杯だった。

「お久しぶりですね、綱吉くん。」

「あ、はい。お久しぶりです、風さん。今回は強引にリボーンが呼び寄せたみたいで…すみませんっ!」

慌てて頭を下げると気にしていませんと首を振ってくれた。
泰然とした態度の風さんは、うちの雲の守護者とは雰囲気が似ても似つかない。
彼は嵐を呼ぶ雲だが、風さんは一撃必殺の嵐だ。普段は雲に紛れているのにここぞという瞬間だけ現れる。

アルコバレーノの呪いのせいで年齢不詳ながらも、どうにもオレより年上らしい風さんはリボーンたちと同じくいつの間にか姿を赤ん坊から大人へと変えていた。
見た目はオレよりわずかに年上かなと思わせるぐらいなのに、やはり積み重ねてきた年月の違いが滲み出ている。

雲雀さんを前にしてもここまでドキドキしないのに、どうしてなんだろうと思いながらも縮こまっていると、ソファの上で胡坐をかいていた風さんがすくっと立ち上がった。

「お天気もいいことですし、少し案内してもらえませんか?私が入っていい場所と立ち入り禁止の場所を教えて下さい。」

「うわわっ!すみません!」

そういえばそうだったとオレも急いで立ち上がると背中で揺れる三つ編みに導かれるように執務室を後にした。







本来ならばマフィアに関係のない風さんがどうしてこんなボンゴレ本部にいるのかといえば、事は半年前に遡る。
白蘭を退けた過去のオレたちが去り、アルコバレーノの呪いの一部も解けた頃。それは突然やってきた。

いや、突然だと感じたのはオレたちボンゴレだけでそれ以外のマフィアは虎視眈々とその機会を窺っていたのだろう。
ボンゴレとその同盟ファミリー、そしてジッリョネロ以外のマフィアがボンゴレ潰しに動き出したのはその頃からだった。

イタリアでも屈指の巨大マフィアとして名を馳せているボンゴレだが、オレが10代目を継いでからはその勢いを殺していた。
マフィアのボスになりたくはなかったオレが後を継いだのだから当然だ。
それでも継がねばならない理由と義務とに背中を押されながらもここに居る。

代々伝わっていたリングすら破棄したオレは、新たな白蘭が現れないようにとすべてのリングの引渡しと破棄を各ファミリーへと申し渡した。
その結果がこれだった。

現在残っているのはヴァリアー隊のヴァリアーリング、骸たちの持つヘルリング、そしてCランク以下のリングのみ。
リングを渡したくない、または破棄したくないマフィアたちはオレの命を狙いまたボンゴレの転覆を願って団結してしまったという訳だった。

厳戒態勢が敷かれたボンゴレ本部を風さんと歩き、それから少しだけならと庭に飛び出した。
リボーンがオレの傍を離れてからかれこれ1ヶ月ぶりの外の空気を思い切り吸い込む。

「ふぁあ!ホント、いい天気なんですね!」

「えぇ、ここ2週間ほど雨らしい雨も降っていませんし。」

カラリと晴れ渡った鮮やかな青色を見上げていると、風さんがさりげなくオレの横へと移動してきた。
周囲には建物もなく、殺気も感じられないが警戒は解かない。護衛としてオレの傍にいる風さんはその優しい笑みのままで周囲に意識を張り巡らせているようだった。

「さすが本部ですね、ここなら平気です。」

「それ隼人に言ってあげて下さい。ここの警備は彼の努力の賜物です。」

この半年ほどプライベートも投げ捨ててボンゴレに尽くしてくれている隼人には頭が上がらない。だからこそ屋敷を抜け出すこともせずにこうしてオレだけの護衛がつくまで大人しくしていたのだ。
それを聞いた風さんは少し目を見張るとまたすぐににっこりと微笑んだ。

「それこそ君がボンゴレの主に相応しいからこそでしょう?今はまだ目先のことしか考えられないマフィアたちも、その内綱吉くんの考えを理解してくれる筈です。だからこそリボーンも君の元にいるのだと思いますよ。」

「そ、かな…」

正直自分のしていることに自信はなかった。けれど過去の自分に恥じないように、胸を張っていられるようにと踏ん張っているだけだ。
リングのない世界へ。アルコバレーノのような人柱なんていらない世の中であって欲しいと切望する。

じっと空を見詰めていると、風さんがオレの頭を撫ではじめた。
いい子、いい子というよりは、ぐりぐりと押し付ける強さのそれに悲鳴を上げる。

「痛ててっ…!痛いですよ、風さんっ!」

「あぁ、すみません。あまりに可愛かったのでつい…」

「かっ可愛いって…オレこんななりでも24です!」

隼人や山本、雲雀さんに了平さん、果てはランボにまで見た目の年齢で負けるオレは、そこだけはと声高に訴えた。
けれど分かったのか分かっていないのか分からない笑みを浮かべる風さんは、その手を緩めずにオレの頭をぎゅうと自分の胸に引き寄せた。

「あの、」

逃げていいものやら、このままでいいのかすら分からずに固まっていると、背中をポンポンと叩かれた。

「大丈夫ですよ。君は君であればいいんです。私も微力ながらお手伝いします。」

「あ、りがとう…ございます。」

「どういたしまして。」

見た目よりずっと逞しかった風さんの胸板に鼻を擦りつけながら、これってどんな状況だろうと考えていた。それでももとりあえずお礼だけはする。
するとオレの肩を囲む腕に益々力が入ってがっちりホールドされてしまった。

「あの…風さんは中国人ですよね?」

「ええ。それがなにか?」

各国を武者修行の旅に出ているせいなのだろうか。こんなに人懐っこい態度にでるのは。そういえば守護者たちもオレと同じ日本人だというのに、何故かハグは当然のことになっていた。
オレだけが置いていかれている状況なのだろうかとちょっと意識がどこかに飛んでいたところで、いきなり尻をむんずと掴まれてヒィと悲鳴を上げた。

「ちょ、風さん…?!」

「最近運動をサボっていたでしょう?身体が鈍っているといざという時に動かなくなってしまいますよ。」

「へ?」

尻を鷲掴まれたままで目の前の顔を覗くと変わらずにっこりと微笑んでいた。
その穏やかな笑顔に自分の如何わしい猜疑心を覗かれたようで思わず頬が熱を持った。
恥ずかしさに下を向いて誤魔化していると、頭の上からまた声が掛かる。

「どうです?私が稽古をつけてあげましょうか?」

「え…いいんですか?」

「勿論。可愛い綱吉くんのためならば。」

だからその一言のせいで誤解したのだと言い出せずに、よろしくお願いしますと頭を下げた。

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