「散らかってるけど驚かないでね。」 そう言われて足を踏み入れた先は、まさに足の踏み場もないというに相応しい部屋だった。 汚いというよりものを片付ける気がないらしいそこは、埃やゴミは見当たらないがそれ以外の物はしまわれることなく積み重なっていた。 「…少し片付けさせて下さい。」 「ううっ…ごめん!やっぱスカルんちにすればよかったかな…」 しょんぼりと肩を落とすツナさんに慌てて先ほどのことを持ち出した。 「ツナさん、オレにケーキ作ってくれるって言ったじゃないですか。」 そう、ツナさんはせっかくの誕生日だからとケーキを焼いてくれると言い出したのだ。 どうやらツナさんの母親は料理教室の先生で、小さい頃から誕生日になるとケーキを焼いてくれたのだとか。自然、誕生日はケーキを食べる日とインプリティングされたツナさんは、これだけはと教わっていたらしく、そんな流れでこの場へと辿り着いたという訳だった。 あの恥ずかしそうな表情はケーキを焼けることに対しての照れだったらしい。 ものすごく残念だが、まあ人生そんなものだと諦めた。 「それじゃ、オレ作ってくるから適当にしてて。」 「はい。」 そう告げてキッチンへ篭ったツナさんのパタパタと響く足音に癒されながらも、このどこまでも積み上げる気だったらしい雑多な山と格闘を始めた。 まだ日が出ていた空にも、すでに夜の帳が落ちてきていた。 とにかく使いやすく、分かりやすくと考えて整頓した部屋は思ったよりも時間が掛かったがかなり綺麗になったと思う。 途中、入れる箱が欲しくなって買いに出掛けたりと休む暇なく片付けに専念して2時間ほど経った頃だった。 そういえばパタパタという足音が聞こえなくなったと気が付いて、ふと顔をキッチンへ向けると丁度のタイミングでツナさんが顔を出した。 「出来たよ!…って、スゴッ!あの本とかゲームとか服とかの山がない?!」 「ええ、分かりやすいように入れる場所を決めて箱に何が入っているのかを書いておきました。」 「……ありがとう。」 「いいえ、どういたしまして。それで、ツナさんのケーキ出来たんですか?」 「うん。なんか折角の誕生日の筈なのに掃除させてごめんな。」 しゅうんと小さく膝を抱えるツナさんに膝で這いずって近寄ると、そのふわふわの髪の毛にそっと触れた。 見た目通りの柔らかさと、甘い香りが染み付いたツナさんの髪の毛は逆らいがたい引力があるようだ。 思わず顔を埋めると、ツナさんが慌てて飛び退いた。 「す、すみません…つい。」 「いいいいいよ!リボーンと一緒だろ?!やり慣れてるからつい癖が出ちゃうってヤツだよな?」 そんな馬鹿な。いくら監督が女ったらしだろうと、男にそんなことをするものか。 ちなみにオレはあの人のように無節操でもなければ、好きでもない相手にするほど酔狂でもない。 「ツナさんがいいと思ったように受け止めて下さい。それでいいです。」 「スカル…?」 ツナさんの嫌がる顔は見たくないのだから。 何でもないことのように笑えただろうか。 ツナさんがキッチンから抱えてきたケーキは色とりどりのフルーツが綺麗なケーキだった。 あまり甘いものが好きではないと言うと、ならばフルーツタルトにしようと言っていたのだが、出てきたものはケーキ屋で売られている物と遜色ない出来映えだ。 「上手ですね。」 お世辞でなくそう呟くと、恥ずかしそうにはにかんでいた。 「食べられるだけでいいからね?コーヒーも淹れてくるからちょっと待ってて。」 誉められ慣れていないのかそう言うと逃げ出すように席を立ってキッチンに隠れてしまった。 それにしてもこれだけ上手ならば、誰に作っても評判はいい筈だ。なのにあの照れようといい、恥ずかしそうな顔といい何かが引っ掛かる。 引っ掛かるのだがそれが何かと聞かれても答えに詰まるようなわずかな違和感だ。 目の前に切り分けられたタルトを一口、口に入れるとほわっと広がる甘みとタルト生地のバター感、上に乗っている果物とのバランスが絶妙で気が付けば一切れすべて食べ切っていた。 「あれ、もうひとつ食べてくれたんだ。…甘過ぎなかった?」 コーヒーを片手に現れたツナさんは嬉しそうな顔をしてまた切り分けてくれる。 2切れ目に口をつけながら、やっと違和感の正体に気が付いた。 「ツナさんは監督にケーキは焼いたことないんですか?」 「ええぇぇえ?!無い、無い!オレのケーキよりたっっくさんの彼女たちが色々作ってくれるって!」 そうだろうか。あの監督ならツナさんの作ったものならば何でも喜びそうだというのに。 鈍いというのは本当に罪作りだと思いつつコーヒーに口を付けた。 むずむずするのは甘いケーキを食べたことじゃなく、それを作ってくれたツナさんの無意識の行動にだ。 自分で作ったケーキを頬張るツナさんについ嬉しさのあまり本音が零れた。 「それじゃあこれからもずっとオレだけに作って下さい。」 「へ…?」 ただでさえ大きい瞳を零れそうなほど目一杯見開くと呆然とした表情でこちらを振り向く。その瞳に飛び出た言葉がストレート過ぎたことにやっと気が付いた。 「あ、あの…、」 慌てて言い繕おうと口を開くより早く、ツナさんが焦ったようにそれを遮った。 「いやだな!そういうのは彼女に言わなきゃ!…じゃなくて、驚いたけどそういう意味じゃないことぐらい分かるから!」 動揺していることがバレバレなほど手元のケーキをガツガツと弄くりまわしていた。 ほんのりどころじゃない顔色にケーキの皿をテーブルに置くと、ツナさんに近付いた。 微妙に後ずさるツナさんに、ずいずいと膝を寄せるオレとの差は段々と縮まっていく。 タンスの角にぶつかったツナさんが、飛び上がるほど驚いてひっと小さく悲鳴を上げた。 「…ツナさんはオレ以外に誰かにケーキを作りましたか?」 「つ、作ってない、けど…」 必死にケーキ皿を抱えるツナさんの手元からそれを取り上げると、後ろに置いてからまたツナさんに向き直る。 逃げ出そうかどうしようかと考えているツナさんの手を取ると少し顔が近付いた。 「オレは本当に好きです。ツナさんの作るケーキも、ツナさん自身も。」 「だ、だから、そういうのは好きな子に、」 逃げようと逸らす顔に手で触れると頬どころか耳まで赤く染まっていく。 自分も同じように赤くなっているだのだろう。 それでもいいと思った。 「好きな人に言っています。ツナさんはオレのことが嫌いですか?男で年下だから?」 「ちちちがうよ!嫌いじゃない!…スカルこそ、気持ち悪くない?オレオジサンだし、特別美形って訳でもないし…」 段々小さくなっていく声を漏らす唇に吸い付くと慌てたツナさんは後ろに飛び退いて頭を強かに打ちつけて呻いた。 「うううっ…!」 そこを逃がさないように腕で囲うと、痛さと動揺している気持ちを表した表情でこちらを見上げた。 「好きです。」 と強い調子で告げると逃げ切れないと悟ったツナさんががっくり肩を落として言った。 「オレもスキです。」 物好きな…とぶつぶつ零しているツナさんをそっと抱き寄せると、やっと力を抜いて身体を預けてくれた。 きっと明日にはバレて先輩や監督にイビリ倒されるのだろう。 だけどオレにはツナさんがいるのだ。 腕の中のツナさんの甘い香りに誘われて、顔を寄せると今度は逃げずにそっと目を閉じて待っていてくれた。 おわり |