待ち合わせなんて何年振りだろう。いや、ひょっとすると初めてかもしれない。 いつもは横暴な先輩スタントマンやら、鬼のような監督やらにパシらされてばかりで、まともな人間関係というヤツが記憶にないのだから。 腕に嵌めた少しゴツめの時計に視線を落とすと、まだ待ち合わせまで10分はある。 早く着き過ぎたという気はない。 ツナさんを待つのならば何時間でも待てると思った。 ツナさんとの出会いは今からほんの1年前。 中々開けない梅雨のせいでオレの出番であるバイクを使ったスタントシーンの撮りが伸びに伸びて、結局撮影場所を変更する羽目となった梅雨明け間近の7月のある日のことだった。 鬼のようなどころか、実は鬼だ悪魔だと言われても納得できる監督が少し使ってみたいんだがと連れて来たのがツナさんだ。 オレよりも僅かに大きい監督の背中に納まるほどの小柄な青年で、監督の後ろからひょっこり顔を出した姿に現場にいたスタッフも役者もみんな思わず顔が緩んだ。 その鬼監督の名はリボーン。国外での受賞経験もある新進気鋭の映画監督で、しかしその才能ゆえかとにかく人当たりが厳しく、泣いて帰る役者や二度と映画に携わりたくないとトラウマを抱えるほどこっぴどくやり込められたスタッフなどが後を絶たない。 そんな監督が連れて来たというだけでも驚きだというのに、役者やスタッフにまでよろしく頼むと声を掛けるに至ってやっとその青年がただの知り合いでないことを悟った。 「その、はじめまして!今日からお世話になります、沢田綱吉です!」 ふわふわと綿毛のような髪の毛が地面に着くほどお辞儀をすると、スタッフも役者も舞台設営をしていた裏方までヤンヤと声を上げて喜んだ。 周りの歓迎ムードにキョトンと大きな目を瞬かせて、それからやっと理解した青年がはにかみながら笑みを零す頃には鬼監督もなんのその、というツワモノどもが現れてそれに気付いた監督がツナさんを背中に隠すといった行動にでたなんて一幕もあった。 その時は可愛いなくらいだったツナさんを本当に意識しはじめたのは出会いから一ヶ月経った残暑の厳しい9月初旬。 やっと二十歳を越えたオレは、スタントもこなすコロネロ先輩にここ一週間ばかり呑みに連れていかれていた。 呑めない訳ではないことが災いして、いつもコロネロ先輩以外の撃沈した役者の介抱をさせられる羽目になっていた。 その日もコロネロ先輩に声を掛けられて、しぶしぶついてきた小ぢんまりとしたバーに遅れて現れたのは彼のツナさんだった。 あからさまにツナさん狙いなコロネロ先輩は、他の役者たちをオレに押し付けるとツナさんと酒を酌み交わし始めた。 いつもならば仕方ないと諦めるオレは、何故かその時ばかりは言いなりになることをよしと出来ず、アルコールに弱いらしいツナさんがふらつく足取りでトイレに向かったことを確認してからこっそり抜け出して付いていった。 「ツナさん…!」 「はへ?すかる??」 用を足したツナさんは、真っ赤に染まった顔を洗面器に貼り付けるように凭れ掛かっていた。 コロネロ先輩は監督と違って酔ったツナさんをどうこうする気はないらしいのだが、それでも万一ということもなくはない。 慌てて抱えると、店の裏からツナさんを背負って逃げ出した。 「もー帰んのー?」 意味が分からないツナさんはご機嫌で背中の上からそう言い出した。 「帰って寝た方がいいですよ。」 「えー、もっとスカルと話したいな。」 「オレと、ですか?」 「うん、スカルと。」 びっくりした。監督みたいに地位も名誉もついでにルックスまで揃っている人の下についているというのに、オレみたいなスタントしか取り柄のない男と何を話したいというのか。 こっそり後ろを窺うと、酒臭い息と一緒に喋りだした。 「スカルってスタントしてる時と、コロネロやリボーンと一緒にいるときと違うだろ?だからどっちがお前なのかと思ってさ。興味が湧いた。」 「…オレはしがないスタントマンです。役者もスタントもこなすコロネロ先輩や、人格的には破綻していても才能がある監督みたいに自分は自分だって言えないだけです。」 卑屈でもなんでもなく、そう思っていた。 するとそれを聞いていたツナさんがくすくすと笑いだした。 「そうかな。スカルは自分で気付いていないだけでかなりイイ性格してるよ。おもしろいね、スカルは。」 「素直にありがとうございますって言い難いです。」 「ぷぷぷっ!」 背中の上で吹き出したツナさんに、何故か怒るどころかほんわか暖かい気持ちを抱くようになっていた。 21回目の誕生日に賭けたという訳ではないのだが、今日が誕生日だと知ったツナさんがお祝いだと言い出して初デートに漕ぎ付けた。 いや、デートじゃないと言うなかれ。恋する男は誰もがバカになるらしい。 自意識だけは捨てないと自負していたオレですら、ツナさんの前ではただの男に成り下がる。 遠くから見えるふわりと跳ねる茶髪を視界に端に入れた途端、心臓は煩く跳ね回る。 人ごみに押されながらもどうにかオレの前までやってきたツナさんは、ポケットから携帯を取り出して覗いていた。 「どうかしましたか?」 「え、や…オレ遅刻したかと思って。」 「してませんよ。オレもちょっと前に着いたところです。」 そう嘘を吐くとコロっと騙されたツナさんはやっと笑顔を見せてくれた。 「よかった!今日の主役を待たせちゃ悪いもんな!」 ふにゃんと笑み崩れる顔に心臓を鷲掴みされていると、後ろからポン!と両肩を叩かれた。 いや〜な気配に横目で左右を窺うとあろうことか、鬼の監督と売れっ子役者が2人揃って仁王立ちしていた。 「よお、スカル。てめぇ誕生日なんだってな?この前まで一緒の映画を撮っていた仲だ、祝ってやるぞ。」 祝ってない!ちっとも、全然祝ってない表情で監督がサングラス越しに睨んでくると、 「オレもツナに聞いたぜ、コラ!可愛い後輩の誕生日くらい祝ってやらねーとな。」 こちらも祝う気すら見えない先輩が掴んだ肩がもげるほどの力で握りはじめた。 「イタ、イタタ…!なんであんたたちがここに?!」 それに気付かないツナさんが少し下からにっこりと笑顔で応えた。 「お前ら3人仲いいからさ、誕生日だよって教えたらリボーンもコロネロも祝いたいって。後ろの2人もいいところあるね。」 そんな訳はない。断じてない。 オレたち3人に共通しているのは、互いを邪魔だと思っている気持ちだけだというのに。 「鈍すぎます…!」 「へ?何か言った?」 顔で笑って心で泣いて、それでもツナさんを諦めきれないのだった。 . |