浅い眠りから目覚めさせられて、一番最初に視界に入ってきたのは可愛い女の子の笑顔だった。 …ただし、思い切り摘まれた鼻の痛みと一緒にだが。 「おはよう?綱吉くん。」 やはり流暢な日本語で話し掛けられて日本に居る気がしてきた。勿論そんな訳はない。 目の前には濃紺の綺麗な瞳に黒い髪、頬に変わった痣なのかタトゥだかが目を引く可愛い少女が笑っていてオレもいつもの曖昧な笑顔で返したいのだが、いかんせん鼻が痛過ぎて言葉も出ない。 「…おい、いい加減に離してやれ。」 聞き覚えのある声がその少女の後ろからかかり、やっともげそうだった鼻が自由に息を吸えた。 スンスンと鼻を鳴らしていると、やはり先ほどの鬼教官が呆れた顔でこちらを見ていた。 「ふぁ、ふぁるさん?」 「ラルだ。呼び捨てでいい。お前の護衛をするときには同じ学年になるんだからな。」 「はぁ?」 こっちの人は幾つだか見当もつかないが、多分オレよりは確実に年上だと思われるラルにそう言われて無理があるんじゃないのかと思った。 思っただけで口には出さなかったのに、ラルの後ろにいたリボーンがニヤリと笑って教えてくれた。 「まあな、ラルはオレたちより一つ上だからお前より二つ上になるが…それにしてもラル相手にいい度胸だぞ。」 「そ、そうなの?ごめんな!すごい大人っぽい美人だからもっと上かと思った…じゃなくて、なんでオレの思ってることが分かったの?」 「なんだ読心術も知らねぇのか…おい、コロネロ。こいつマジでアホだぞ。」 リボーンの横で身支度を整えていたコロネロがフンと鼻を鳴らしてきっぱり言い切った。 「そこが可愛いんだぜ。」 真顔で言われて返す言葉もなく赤くなっていると、目の前のユニさんが腹に一物ある笑顔でにこりと笑いながら声を掛ける。 「あら、珍しい…コロネロがそこまであからさまに言うなんて。」 言われて初めて気付いたのか、オレより赤くなったコロネロが慌てて後ろを向く。 でも耳まで赤くなっているせいでどこを向こうが無意味だった。 オレはと言えばどう反応すればいいのか分からないままにベッドから立ち上がる。 時計を見ればそろそろお祖父さんとの夕食の時間が迫ってきていた。 「えっと…今日はオレの護衛をしてくれる人全員が集まるって聞いたんだけど、まだ揃ってないよね?」 キョロキョロと辺りを見回したが、コロネロ、リボーン、ラル、ユニの4人しかいない。 そして4人が4人ともブラックスーツ姿で、うち3人は長身だということもあり見栄えがする。 ユニは似合っている訳ではないが、似合わない訳でもない。 つまりオレだけがスーツに着られている状態だった。 「ああ、マーモンとヴェルデは科学班に居るからすぐに来るだろう。風はジオの護衛も兼ねている。あとは…」 そうラルが言葉を続けようとすると、それを遮るように扉が勢いよく開いた。 「酷いじゃないですか!オレも沢田綱吉の護衛の一人に選ばれたんですよ?!それを時間に間に合わないようにわざわざ遠くに用事を言いつけるなんて…!」 扉を蹴破る勢いで現れたのは紫の髪とそれより少し濃い目の紫の瞳に、ちょっと変わったメイクをした男だった。 口にピアスをしている人を見るのは初めてで、マジマジと顔を眺めているとその視線に気付いた男がぎょっと表情を強張らせた。 「な、な、な…なにジオに変な薬を飲ませてるんですか!」 そう叫んでオレの前まで駆け付けると、少し上の目線がじわりと滲み出した。 「ジオ…オレだけはあなたの味方ですからね。」 「いや、あの…オレお祖父さんじゃないです。孫の綱吉です…」 「またまたそんな!こんなにそっくりな訳ないじゃないですか。」 と額に手を当て、顔を覗きこまれた。 メイクとピアスでびっくりしたが、元は悪くない。というか美形だ。 オレの護衛を顔で選んだ訳じゃないよなとお祖父さんにあらぬ疑いをかけていれば、目の前の顔が横に飛んでいった。 「ツナに気安く触るな、コラ!」 顔が消えたと思っていると、横から腕を引かれて視界を黒で覆われる。 あまり高くない鼻が余計に低くなってしまいそうな勢いで硬いなにかにぶつかり、手で押し返して逃げ出そうとするとその腕ごと握り込まれた。 「…コロネロ、ツナの息が止まる。」 冷静なラルの一言で握られていた腕を離され、やっと硬いなにかがコロネロの胸板だったことを理解した。 「ありがとう。」 「いや、暴漢からお前を守るのもオレの仕事だぜ。」 頭ひとつ分以上大きなコロネロの顔がものすごく頼もしくて、ほんのちょっぴりドキドキした。 「って、オレは暴漢じゃないですよ!護衛です!スカルっていいます!聞いて下さい!!」 誰ひとりとしてまともに聞いてはいなかった。 この屋敷を取り仕切る執事が仰々しくオレたちを夕食の支度ができたと呼びにきて、それに連れられてまだ慣れぬ屋敷をキョロキョロしながら付いていく。 「よろしいですかな、こちらはこの城の当主が認めた者以外が立ち入ることの出来ないプライベートエリアでございます。ゆくゆくは綱吉さまが治められるこの城と、私たち執事侍女のことを覚えていって頂きたいと思います。」 「は、はあ…」 日本語で話している筈なのに、要点が掴めないせいでちんぷんかんぷんだった。 それでも曖昧な返事を返すと、年嵩の執事さんがジロリと皺の刻まれた顔をこちらに向ける。 「そちらに控える護衛の方たちもゆくゆくはこちらのエリアに出入りすることが頻繁になるかと。…つまり、しばらくは綱吉さまの執事の仕事をして頂きたく存じます。」 「ふえ…?」 もう意味が分からないと後ろを歩くコロネロに視線で助けを求めると、何やら複雑な顔をして執事さんを見ていた。 「オレたちがこの家でツナの執事の変わりになれってことか、コラ。」 「平たく言えば…」 澄まし顔の執事さんとは逆に複雑な表情のコロネロがジロリとこちらを眺めた。 「いいのか?」 「何が?」 執事さんの言うことも、コロネロの確認もさっぱり意味が分からない。 それでも嫌とは言えないだろうことだけは分かる。 「コロネロはいいの?」 「っ!オレは…」 何故かしどろもどろになるコロネロに助け舟の出したのはリボーンだった。 ニヤニヤと何か企んでいそうな表情で、コロネロの肩を掴むとなにやら耳打ちしている。 途端にポンと赤くなったコロネロがオレから飛び退いた。 「…コロネロ?」 「いいぞ。その話、承諾した。ただし、コロネロがお前から離れないのは同じだ。分かったか?」 廊下の壁に背中を打ち付けて痛みを堪えるコロネロの代わりに、なぜかリボーンがそう答えた。 他の3人もコロネロを見ると生ぬるい顔をして、やれやれと言いた気に承諾する。 執事で護衛ということがどういうことなのかその時のオレには分からなかった。 . |