屋敷を回る道中にラル・ミルチとタイツ男も加わってぞろぞろと4人で移動していく。 コロネロと一悶着起こしたタイツ男は、ラル・ミルチの後を大人しく付いてきていた。 「あの、後ろの人って誰?」 「「覚えなくていい!」」 横と左斜め後ろからぴったり重ねたように声が掛かった。それにフンと鼻を鳴らすとタイツ男は面白くなったと言わんばかりの表情でニッと笑う。 「オレはリボーンだ。」 いわゆるコスプレマニアってヤツだろうか。バラ園では同化していたタイツ姿も、この廊下では異彩を放つ。 皮肉気な笑顔といい、先ほどの一件といい、どうにも苦手だ。 オレみたいな鈍臭いヤツのことを小突き回す虐めっ子タイプと見た。 「えっと、ラル・ミルチとリボーンはオレの護衛って言ってたけど、オレにはコロネロがいるよ?」 だからと言う訳ではないが、思わず本音が口を付いて出た。 すると、ラルとリボーンが今度は揃って抗議してくる。 「バカを言え。コロネロだけで守り切れると思っているのか!」 「お前、本当に頭のネジがどっか飛んでんな。マフィアのボス候補だぞ。しかもイタリア随一の名門だ。マフィアのマの字も知らないガキをバラすなんざ赤子の手を捻るより簡単だ。そういう世界なんだぞ、ここは。」 肩を掴まれそう脅されて身体が竦む。 リボーンの顔は真剣だったし、ラルもコロネロも否とは言わない。 それを分からなければオレが危ういということは分かった。 でも。 「だけど…だけど、オレはつい3日前まで日本のごく普通の中学生だったんだ!!」 リボーンの手を払うと屋敷の中に逃げ込んだ。 勉強ダメ、運動ダメなオレだけど逃げ足だけは人一倍で、しかも捕まらないように逃げることは大得意だった。 昔から勘だけはいい。 小柄な身体を生かして物陰に隠れてラルをやり過ごし、コロネロの気配に慌てて人気のない部屋へと隠れたりを繰り返して、気が付けば随分奥まで紛れ込んでしまっていた。 お祖父さんが用意してくれたスーツのジャケットを脱いでネクタイを外し、辺りを窺う。 人っ子一人いない空間に置き去りにされたような心細さに足が竦む。 どこに向かえば先ほどの場所に辿り着けるのかも分からないまま追い立てられるように足を進めていく。 カツン、カツンと響く靴音が重なっているような気がして、逃げ出したのに怖さに竦んで思うように走れない。 怖い、怖い!と半ば恐慌状態で益々奥へと向かって行った。 しばらく走ったところで追うような足音が聞こえなくなってきた。 気のせいだったのかと胸を撫で下ろしていると、ポンと肩を叩かれた。 「ひぃぃい!」 「うるさいよ。」 腰を抜かさんばかりに驚いて悲鳴を響かせると、後ろからつまらなそうにそう呟かれた。 人の声に振り返るとオレと同じくらいの背丈のフード姿の男?女?よく分からない人が立っていた。 「ボスが君に会いたいんだってさ。僕も一応君の護衛を言い付かっている身だし、少しくらいならいいだろ?」 「へ?ボス…?オレの護衛??」 もう意味不明だ。 だというのに目の前のフード姿の人はイラついた口調で取り合ってくれなかった。 「…バカは嫌いだ。金蔓じゃなかったら真っ平だけど、仕方ない、特別にタダで教えてやるよ。」 口調は男の子といった調子だが、声は女の子にしては低いし、男の子にしては高かった。 フードを目深に被っているために性別不明だ。 どっちだろうと考えていると、ついてこいと顎をしゃくってスタスタと歩き出した。 「僕の名はマーモン。君の護衛をジオより言い渡された8人の内の一人だ。でも、僕は君の右腕候補であるボスの部隊の隊員でもある。」 「ちょっといい?そうするとマーモンはオレの味方ってことだよね?」 「…どうかな。ボスが君を気に入らなかったら殺すかもね。」 事も無げにさらりと告げられて慌てて後ろにダッシュした。 というのに、何故か身体が思うように動かない。 「面倒だからサイコキネシスで身体の自由を奪っておいた。気付かなかったの?自分が歩いてないってこと。」 言われてはじめて気が付いた。足が床についていなかったということに。 ふわっと宙に浮くと自分の意思とは関係なくマーモンも横に連れていかれた。 「嫌だっ!オレはまだ死にたくないって!」 「人聞きの悪いこと言わないでよ。最悪ボスに殺されるかもしれないけど、多分1〜2回殴ったり蹴られたりして骨折する程度で済む筈だよ。ジオの孫だからね。」 「って、どっちも嫌だ!」 「我が儘言わないでよね。ほら、行くよ。」 「うわーん!!」 人でなしだ。こいつリボーンと同じ匂いがする。 どんなに泣き言を言おうとも、結局は連れて行かれる羽目となった。 かなり奥まった廊下の先にある重厚な扉を開けると、目の前を花瓶が飛んできた。 髪の毛を掠めたそれが廊下の壁にぶち当たって粉々に砕ける様を見届ける。 「う゛おぉい゛!マーモン、おせぇぞぉ!!」 もの凄い音量の声が鼓膜を叩く。 あまりの声に目を白黒させていると、腰まである長い金髪の男がこちらを振り返った。 「な゛…大ボスがなんでこんな縮んじまったんだぁ!!」 「違うよ、これが綱吉だよ。」 マーモンがそう言うと銀髪男を押し退けて金髪の王冠を被った男と、カラフルなモヒカンのサングラスをかけた男がオレの顔を覗きにきた。 「へー…どれどれ。シシシ、大ボスにそっくりじゃん、こいつ。」 「あらまあ。本当にそっくりね!しかもなんかミニマムっ!て感じで可愛いわぁ!」 モヒカン男のオネェ言葉に度肝を抜かれていると、奥の扉から怒声が聞こえてきた。 「早く連れてこい!」 「分かってるよ。ほら、ボスがお呼びだ。」 勿論逃がして貰える筈もなく、逃げ出そうとした体勢のまま奥の部屋へと連れて行かれた。 押し殺した声に殺気が滲んでいて、怖さに顔も上げられない。 するとマーモンがまたもサイコキネシスを操って、無理矢理顔をボスなる人物の眼前へと晒した。 「…」 恐る恐る視線を目の前の顔に向けると、見覚えのある顔が… 「あれ?お祖父さんの右腕の…?」 パチパチを瞼を瞬かせて見詰めると、その顔が何故かほんのり染まりだした。 お祖父さんの右腕と呼ばれた人とそっくりだけど、よく見るとこっちの方がまだ若い。しかも揉み上げも後ろの髪の毛もなかった。 「…ひょっとしてあの人の息子?」 そう訊ねると素直に頷く。 見た目ほど怖い人じゃないみたいだ。 そういうところまで父親似なのかとホッとして、思わずにへらっと笑い掛けると横にいた大男が怒鳴り始めた。 「ボスを誑かすな!大ボスの贋物め!」 「ひっ!」 2メートルはゆうに越える巨体がオレに掴みかかろうとした。 けれどそれはオレの目の前で見えない壁に阻止される。 何かにぶつかったように大男が跳ね飛ばされ、床に転がった。 「君、僕の目の前でなにする気?嫌々だけど、一応これの護衛なんだよ。」 腕組みしたマーモンがあからさまな侮蔑を込めてそう言い放った。 . |