イタリアへ到着し、一番驚いたのはお祖父さんの護衛だといって取り囲む黒服の多さにだった。 日本に居た時にも多いなとは思っていたが、さすがは本国ということか半端ない人数が辺りの一般人まで威嚇しながらお祖父さんとオレとを守っていた。 「…あの、これっていつもって訳じゃないですよね?」 「これ?」 同じ顔で小首を傾げるのは止めて欲しい。 やはり分からなかったオレの言葉を引き受けてくれたのは後ろに控えるコロネロだった。 「護衛の人数のことだろ、コラ。」 何事もなかったように接するコロネロとは違い、オレはどうにも居心地が悪い。 コロネロ曰く、あれもコミニュケーションの一環だから気にするなと。 イヤイヤイヤ!誰に教わったコミニュケーション法なのかは知らないがとんでもない。そんな方法はごめんだと言うと、驚いた顔でいた。 こいつにものを教えたヤツの顔を見てみたい。そうしたらぶん殴ってやる。 それはともかく、コロネロがそう言うとお祖父さんはああと頷いた。 「今日は私とお前の2人分の護衛が揃っているからな。大丈夫だ、普段はこの半分といったところだ。」 「あ、そうなんですか…って半分でも多すぎますよ!」 思わず突っ込みを入れると、またもお祖父さんの横にいた男がギロリとこちらを睨んできた。 「ひっ…!」 慌ててコロネロの後ろに隠れると、それに気付いたお祖父さんが隣の男を殴り飛ばした。 細身で小柄なお祖父さんだというのに、恐ろしく強いらしい。 殴られた男は勢いあまって黒服の集団の壁に飛ばされるほどだった。 同じように四方八方に跳ねる金色の髪がくるりとオレに振り返ると、なんの感慨もない表情で話し始めた。 「悪いな綱吉。あいつはオレの右腕でな。あんな悪人面だが根は悪いヤツじゃないんだ。」 「だったら何も殴らなくても…」 「綱吉を見る目にムカついた。」 「…」 お祖父さんとその右腕らしい変わった揉み上げに後ろを一つに束ねた男の関係は、想像以上にデンジャラスらしかった。 「ついでにあいつの息子がお前の右腕候補だ。明日にでも引き合わせよう。」 嫌ですと言えれば言いたかった。 防弾ガラスに防弾タイヤをはめた車に押し込められて2時間も走った頃、やっとお目当ての屋敷へとたどり着いた。 きっとこの護衛とかから考えるに屋敷だろうと予想していたオレの考えを裏切らない建物の大きさに度肝を抜かれる。 「…あの、これ城じゃ…」 「ああ、元々城だったものだ。狭すぎるか?」 「ととととと、とんでもない!逆です、逆!」 「そうか?これでも構成員の人数を考えると狭いくらいなのだが、警備の関係上これ以上は無理だと言われてな。綱吉のいいようにしてくれ。」 警備について苦々しく口を歪ませるお祖父さんの横で、おっかない顔の右腕が厳めしく頷いていた。 どうやらこの人が反対したらしい。 どの道オレには何が何やらわからないので曖昧に頷いていると、今度は後ろから声が掛った。 「それで、ツナの通う学校はどうなったんだ。」 「それはこいつに任せた。」 決断はお祖父さんでも、実務は右腕の仕事ということか。 顔ほど怖い人じゃないのかな?と顔を見ると必死に笑顔を作ろうとしていた。 もの凄く怖いんだけど、なんとなく分かった。この人は苦労人だ。 同じ星の下に生まれたらしい右腕さんに笑い掛けるとまたもお祖父さんの肘が鳩尾に綺麗に決まる。 「私の孫を脅すんじゃない。いいか、綱吉。気軽に笑い掛けてはいかん。」 「は、はぁ?」 「お前はジャッポーネだというだけで反感を買ったり、いかがわしい目で見られやすい。その後ろに控えるコロネロと7人の仲間たち、それとこいつの息子以外にその可愛い笑顔を見せてはいけないぞ。」 「可愛い…」 自分で言ったよこの人。オレと同じ顔して言い切った。 言われ慣れない言葉に絶句していると、後ろと横でなぜか強く頷かれた。 だから何で。 「同じ顔とは思えんほど表情の作りが可愛いからな、コラ。」 「オレの息子にも強く言い聞かせておく。それで学校だが、綱吉くんはまだイタリア語に不慣れだから日本語学校をひとつ買収しておいた。そこに再来週から通って欲しい。」 「オ、オレ…」 色々なことがあれよと言う間に決まっていく。オレの意思とは一切関係なく。 ぎゅっと唇を噛みしめていると、後ろのコロネロがぽんぽんと頭を軽く叩いた。 「オレもお前と同じクラスに編入させて貰うから泣くな。」 「なっ…泣いてなんかないよ!」 意地でも泣くまいとコロネロを睨みつけると蒼い瞳がほんの少し緩んだ。 ぎゅうとコロネロの洋服の裾を掴む。 すると頭を叩いていた手がオレの鼻をぎゅうとつまみ、痛さに眦が滲むとカラリと笑われた。 「でっかい目が零れそうになってるぜ!」 「大きなお世話だ!」 反射的に怒鳴る。けれどその言葉を吐き出したことで空元気でも元気は出た。 そういう励まし方をするヤツなんだとふと気付いたが、黙って口角を上げて精一杯虚勢を張る。 それを見たコロネロが笑みを深くしてオレを見ていた。 仕事をすべてサボって日本にオレを迎えにきたらしいお祖父さんは、右腕に引っ張られて連れていかれてしまった。 しばらくは慣れるために自由に屋敷を散策してもいいと言われ、コロネロを従えて裏庭へと足を向ける。 手入れの行き届いた庭には白いバラやピンク色のバラが咲いていて、思わず手を出して触れようとするとコロネロがその手を止めた。 「なに?」 「何、じゃないぜ。奥を見ろ。」 奥と言われてバラの根元を覗くと何故か銃口がこちらを向いていた。 鈍い光を放つそれは初めて見る本物だろう。 慌てて飛び退るとコロネロが後ろに庇ってくれる。 大きい背中にしがみ付いているとバラの根元からガサガサと音を立てて何者かがゆっくりと出てきた。 暗殺者に狙われるなんて勿論初めてだ。 だけどコロネロの大きな背中にしがみ付いていると、何故かどうにかなりそうな気がした。 「…てめーは……なんでまたそんな格好で、そんな場所に潜んでいやがったんだ?」 緊張感のない声にひょっとして知り合いかと背中越しに覗き込むと緑色の全身タイツ姿の上に、頭にバラを飾りたてた背の高い男がいかにも小馬鹿にした表情で肩を竦めていた。 「どうしたもこうしたもねぇ。なんだ、そいつ。ちっとも自分の立場ってヤツを自覚してねぇぞ。オレがスナイパーなら今頃あの世に逝ってるだろ。」 「なっ…」 あまりの言葉に絶句していると、コロネロがフンと鼻で笑った。 「バカ言え。てめーの気配だったからオレは接近を許したんだぜ。」 「んだと…」 「やるか、コラ!」 ガン!と互いの得物を振りかざし始めた2人にどう声を掛けていいのか慌てていると。 「馬鹿者が!!コロネロ、貴様それでもプロか?!クライアントを放ってそこの陰険野郎の挑発に易々と乗って…もう一度稽古をつけてやるぜ!」 上から随分男らしい口調の女の人の声が響いた。 次いで、トスッという軽やかな足音と共にオレの真横…つまりコロネロの背中目掛けて何かが飛んできた。 ブン!と音を立てて上から振り落とされたのは踵で、それがいわゆる踵落としだったと分かったのは、その踵が地面にめり込んで動かなくなってからだった。 「避けるんじゃない!」 「ひぃぃい!」 ぱらぱらと音を立てて崩れる足元に悲鳴を上げると、やっとオレに気付いたらしい黒髪の女性がこちらを振り返った。 ざんばらな髪の毛はとても綺麗とは言い難いのに、こちらを射抜く瞳は涼やかで澄んでいた。 「お前が沢田綱吉か。オレはラル・ミルチだ。コロネロとそこのバカと共にお前の護衛を言い渡された。」 「護衛…って、え?えええぇぇえ?!女の人なのに??」 その一言が彼女の逆鱗に触れた。 視界の端に何かが飛んできたと思った時には足を払われ、尻餅をついていた。 「言っておくが、オレはそこのコロネロの教官を務めたこともある。生き残りたければ、オレを女と思うな。信頼しろ。分かったか。」 「はいっ!」 気迫に気圧されたオレは背筋をピンと伸ばすと勢いよく返事をしていた。 その姿を見ていたラル・ミルチが横に避けていたコロネロに何事かを呟く。 聞こえない声音に首を傾げていると、コロネロが強い調子で首を横に振った。 「絶対に変わらねーぜ!ツナを守るのはオレだ。」 って何のことだろう。 . |