玄関の扉を開け、ただいまー!と声を掛ける。すると奥から母さんがおかえりなさいといいながら出てきた。 母さんはコロネロをみると、大きな瞳を益々大きく見開いてちょっと頬を染めていた。…おもしろくない。でも親子だから好みは似ているのかもしれない。 横で手を繋いだままのコロネロはというと、オレと母さんとを見比べているようで視線が定まっていない。言いたいことは分かるからあえてきかない。そっくりだって思っているのは明白だ。 「あら〜!カッコいいお客様ね!丁度いいところに来てくれて嬉しいわ!どうぞ、あがってね。」 「…邪魔するぜ。」 「どうぞ。…そこの階段を上がって突き当たりがオレの部屋だから先に上がっててよ。飲み物もってくから。」 「分かったぜコラ。」 そこでやっと手を離し、2階へと上がるコロネロの姿を確認してから制服のジャケットを脱ぐと洗面所で手をよく洗う。 ざぶざぶと勢いよく流れる水道の水で洗っていると、後ろから母さんが頬を赤くしたまま声を掛けてきた。 「あの子がコロネロ君?カッコいいわね〜!」 何だか夢見心地な表情の母さんを尻目に、オレは手を洗い終えるとキッチンへと向かった。 「そうだけど…ねぇ母さん。チョコの余りってある?」 「そこにある板チョコで最後よ。あ、母さんが作ったザッハトルテも持っていってね!」 「…煩いなぁ。貰うからね。」 テーブルの上にあるフ/ォ/ションの板チョコを掴むとまな板の上に乗せて包丁で細かくしていく。 厚みのある板チョコなので結構力がいるし、不器用なのでちょっと大きさにばらつきがあるけど…どうしようか。 それを見ていた母さんが何を作りたいのかを察してくれて教えて貰いながらもどうにか完成した。ちょっと大きすぎた塊が浮いているけど、これがオレの精一杯の愛情ということで勘弁して貰おう。 トレーにそれと母さんお手製のザッハトルテ、スナック菓子も乗っけて恐る恐る掲げ持つ。 零したくないのだ。 そのへっぴり腰に母さんは笑いながら頑張るのよ!と励ましてくれた。…どこまで分かったんだろう。女の人ってなんでそんなに勘が鋭いんだろう。母さんといい、京子ちゃんといい、黒川といい。 空恐ろしいや、とは思ってもとにかくこれをコロネロに渡したいんだとそれだけで精一杯だ。 ごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりと2階のオレの部屋へと足を向けた。 ガチャリ…と扉を開けるとコロネロは勉強机の前にあった椅子に座っていた。 「ごめん!汚くて…そこしか座る場所なかった?ベッドのとこでもよかったのに。」 「ちちち違うぜ!べ、ベッド…?!」 ぎょっとして大きな身体が揺れた。動揺し過ぎだよ。こっちの方が照れる。 テーブルの上を適当に隅に片付けるとトレーの上にあるものを乗せて、コロネロの手に小さめのカップを渡す。 「これは何だ?」 「えっと…ホットチョコレート…なんだけど、今自分で作ってきてね!これが中々難しくてさ!思うように解けないんだよ…。それで、あの、」 最後には何を言いたかったのか分からなくなってきて、コロネロの前で百面相をしていると、コロネロは手にしたホットチョコレートを一気に煽るとオレの手に空になったカップを戻して言う。 「日本のバレンタインってのも悪くねーなコラ。」 「…本当?」 「ああ、ツナの好きを貰えて嬉しいぜ。」 言われて顔が赤くなる。そうだよ、チョコ=好きが日本のバレンタインだってことだ。 手作りまでするほど好きってことが伝わったかな? 床に座ったままで、椅子に座ったコロネロを仰ぎ見ていると、カップを手にしたオレの手の上にコロネロの手がそっと触れる。 ゆっくり顔が近付いてきて、これって…と恥ずかしいやらむず痒いやらで逃げ出したくなる身体を押えると、目をぎゅっと瞑る。唇の上に暖かい息が掛かって益々ドキドキした。心臓が破れちゃうかも。 軽く合わさった唇からはチョコの香りがして、それが離れたかと思えばもう一度重なった。 これからどうしていいのか分からなくて、息を止めたままでいると少し空いた唇からするりと何かが入ってきて身体がびくりと揺れる。 上唇を掠めたそれがコロネロの舌だと分かって、びっくりして手の中のカップがゴロリと床に落ちた。 それすらも絵空事のように現実味が薄い。 ひとしきり舌で唇を舐めるとやっと離れていった。 遠ざかるコロネロの影に目を開けて確かめる。 ファーストどころかセカンドもサードもコロネロとだったけど、嫌じゃない。 離れた後もドクドクと煩い鼓動に蓋をして、顔を見詰める。 コロネロも真っ赤になっているけど、オレも同じだけ赤いのだろうか。 カップが床に落ちたままでオレの手を握るコロネロの手はすごく熱い。 オレだけが余裕がない訳じゃなと思うと、嬉しくなって笑顔が漏れた。 「コロネロとキスできて嬉しい…」 「オオオ、オレもだぜ!」 本当はもっと先に進みたいとかなんとか言っていたけど。意味がよく分からないので曖昧に笑っておいた。 そのうちに…って何をする気だろうか。 そうして、友達からやっともう少し近くへと互いに寄り添えたバレンタインはゆっくりと暮れていくのだった。 終わり |