ガコン…!と音を立てて落ちてきたホットココアを制服のポケットにしまうと、駆け足で学校へと向かう。 いつもの登校より大分早い。 早朝といっていいほどのこんな時間に綱吉が学校へ向かうなんて、友人が見たら「今日は雪か〜」なんてことを言われること間違いなしだが、今の綱吉にとってそんなからかいも失言もどうでもいい。 吐く息は白く、駆ける足は寒さにかじかんでいても、ドキドキと逸る気持ちがそれをどこかへ押し遣って、とにかくどうやってこれを渡そうかとそればかりが頭を占めていた。 去年の大晦日にクラスで初詣に行こう!と集まったあの日。 ドジでおっちょこちょいな綱吉は見事にみんなとはぐれてしまって心細さに泣きそうになっていた…というのは誰にも内緒だが、そんな時に留学生のコロネロが綱吉を探してくれて、結局2人だけの初詣となった。なんやかんやと波長があってそのわずかな時間でいっぱい喋ってすごく楽しかった。 その後、まさかのコロネロからの告白に友達からと返事をして今に至ったのだが。 友達、と確かに言った。 だけど本当に友達からという言葉を守るコロネロは、あれ以降綱吉に触れることはない。 山本だってオレと肩を組んだり、獄寺くんだって手を握ったりしているのに、手が触れそうになれば慌てて飛び退く始末だ。 意識しているのは分かるので、まだ好きでいてくれているのは分かるのに、これじゃあちっとも進展しない。 いやいやいや!進展って何だ。 …ともかく、もう一歩仲良くなりたい。 ココアもチョコレートも原料はカカオ。チョコレートはこの時期、男の自分が買うと哀れみの目で見られるのでどうしても手がでなかった。 だから考えて、考えて、ココアを渡そう!と決めた。 これなら大げさじゃないし、受け取って貰いやすい。 ポケットの中でじんわりと暖かいココアを手袋に包んで熱を逃がさないようにしながら、この分だけ想いよ届け!と念じていた。 「……」 校庭の周りを取り囲む女子生徒の群れ、群れ、群れに綱吉は圧倒された。 思わず校舎を振り返り、時間を確認した。まだ朝の6時半を少し過ぎたところだ。間違いない。 と、いうのにこの熱気溢れる様相に、ただ圧倒される。 どうしよう、コロネロにさりげなくココアを渡せればと思っていたのに、どうやってもさりげなくは渡せそうにない。 というか、あの女の子たちを潜り抜けなければコロネロに会うことさえ出来ない。 諦めが早いのが綱吉の綱吉たる所以だったのだが、今日ばかりは諦めたくなかった。 ウロウロと女の子たちに見付からないように遠巻きにコロネロを探すと、朝練を終えた陸上部の集団に女の子たちが押し寄せていた。 みんなより頭一つ分高い金髪はすごく見つけやすいのに、周りを取り囲む女の子たちが邪魔で傍に近寄れない。 それでもと一歩足を踏み出したところで、京子ちゃんの次に人気のある女の子がコロネロへと顔を真っ赤にしてチョコが入っているらしい袋を差し出していた。 男子も女子もざわめく。 それはそうだろう。男子は嫉妬の篭った目をコロネロに向け、女子は負けたくないとその子を睨んでいる。 そうしてオレは…逃げ出した。 ポケットの中のココアが急に冷たくなっていった。 結局、あの後もコロネロは朝のHRが始まるまで女の子たちに掴まっていて、チョコレートの山を築き上げていた。紙袋何枚分だか知らないが、休み時間ごとに確実に増えていっていっている。 今日は山本とも獄寺くんともコロネロとも話していない。 昼休みにゆっくり食べられるのはありがたいけど、それだけモテないってことだ。 期待なんかしちゃいないので、別にいいけど。 いつもは煩い獄寺くんと山本の掛け合いもなく、ひとり母さんの弁当を食べていると横から声が掛かった。 「ここ、いいかな?」 と笑い掛けてきたのは… 「きょ、京子ちゃん?!」 「あたしもいるんだけど!」 京子ちゃんと黒川の2人だった。 …どうして!? 動揺しているオレにお構いなしに横に座る京子ちゃんと黒川は、女の子らしい小さい弁当を広げて食べ始める。クラスの男子という男子が恨みの篭った視線をこちらに投掛けてきているけど、オレには心当たりもないし、勿論チョコレートを貰うような仲でもない。 それでも京子ちゃんばかりを見るのも悪いよな、と味のしなくなった弁当を口に放り込んでいると、京子ちゃんがみんなに聞こえないような小さな声で呟いた。 「コロネロ君のこと気になる?」 「ブッ!ななな何がっ?!」 飲み込んだ後でよかった。噴出さずには済んだけど、声は思いっきり裏返ってしまっていた。椅子から飛び退いて驚くと、京子ちゃんと黒川はくすりと笑って座った方がいいよと言う。 「あのね、うちにコロネロ君が下宿してるの知ってるでしょ?」 それは知っていた。どうやら京子ちゃんのお兄さん経由での留学のようで、コロネロは京子ちゃんの家に下宿しているのだとか。 最初は色々と邪推するヤツも多かったけど、今ではコロネロと京子ちゃんの間にはロマンスなんて微塵も感じられないせいか、噂も下火になっていた。 でも2人でいるとお似合いだな、とは思う。今朝のあの子も…と思い出してぐっと胸が詰まる。 あのチョコレートは受け取ったんだろうか。 オレみたいなヤツから貰うよりよっぽど嬉しいよな。 可愛かったし…付き合うのかな。 友達だから何も言う権利はないんだ。これでよかったんだよ…と心の中で嘯いた。 箸を止め、唇を噛んでいると、京子ちゃんがよかった…とまた呟いた。 「え?」 「…コロネロ君、嘘つけないからすぐに分かったの。ツナ君のこと気にしてるって…」 「な、な、な…!」 「でもツナ君もコロネロ君のこと気になるなら平気ね。」 よかった〜!と黒川と2人で言い合っている様子に、ハタと気が付いた。 「黒川も知ってるの…?」 「知ってるわよ。見た目は格好いいじゃない?京子の家に下宿してるんだし、仲良くなろうと思って色々喋ってたら…あんたのことばっかり聞き出そうとしてくるの。で、ピンときたから言ってやったのよ、そうしたら…」 「…コロネロ君、嘘つけないから。」 「……」 バレちゃったんだ。恥ずかしい…!まさか京子ちゃんや黒川にまでバレてるとは思ってもいなかった。 顔が赤くなるけど、すぐに今朝のことを思い出して気持ちが萎んでいく。 「…オレたちただの友達だし…だから気になるだけで、そんな意味じゃないよ。」 なんて京子ちゃんたち相手に予防線を張った。 あんな可愛い子に告白されて、落ちない男はいないと思うんだ。だから、みっともないって言われても、とにかくただの友達なんだと自分に言い聞かせた。 それを見た京子ちゃんと黒川は互いに目配せすると、2人とも肩を竦めていた。 「あんたは鈍いし、あいつは純情だし…だから押し倒せっていったのに。」 「押し倒す?」 男相手に押し倒してどうすんの?と黒川を見ると、 「でも、コロネロ君にはムリだったみたい。…ツナ君なんて意味すら分かってないみたいよ?」 京子ちゃんにまで鈍い扱いされた。 そうしてクエスチョンマークを飛ばしていると、2人はため息を吐いて首を振る。 「あんたに言ってもダメだわ。あっちに発破かけてくる。」 と言って弁当をしまうと教室から出て行ってしまった。 取り残されたオレは、ただただ呆然と2人の背中を見詰めていた。 . |