虹ツナ | ナノ

2.



会える時間は限られている。
綱吉はマフィアのドンでスカルは敵対マフィアの軍師。
今までだって年に数度会えればよかったほどだ。

契約として恋人になったからとて、いやなったからこそ会えなくなった。
鍵を渡されて2ヶ月が経った頃、やっと隠れ家での逢瀬となった。

自由に使ってもいいと言われていたのと、利便がよかったせいもあり、プライベートで使うことは幾度かあった。
それでも綱吉とここで会うことができるのは嬉しかった。
ここへは誰も、守護者も同胞さえこない。
これないようにしているのだと聞いていた。

鍵を開け、ドアから中を覗くが中は静まりかえっていた。
まだ着ていないのかと少し残念に思って、ソファのある部屋へと入るとそこに綱吉が眠っていた。
靴も脱がず、ジャケットも着たままで。

見れば目の下に隈が出来ている。
おおかたオフのために必死で仕事を片付けてきたのだろう。
すうすうと眠る様子から、何をしても起きそうにない。

ソファの上では寝心地も悪かろうと抱え上げてベッドへ向かう。
それでも起きる気配はなかった。
腕の中の寝顔はこれで30手前かと思うほどあどけない。
知らず笑みが零れ、恥ずかしさに辺りを見回した。誰も居る筈がないのに。

「あんたは無防備過ぎる。もっとしっかりしてくれ。」

寝ている相手に聞こえる筈もなく、それでも言いたくなった。

最初に出会ったのはマフィアランドだ。
第一印象はこんなガキがボンゴレのドンだなんてムリだろう。くらいだった。
それからリボーン先輩の用事を押し付けられたりして、ちょくちょく顔を合わせるようになり、それでも印象は変わらなかった。
弱々しい子供。
強くもないのに戦い、傷つき、それでも大切なもののために立ち上がる。
大切なものを増やしていき、とうとう逃れられなくなった時にはドン・ボンゴレになっていた。
流されたとも言えるし、けれどそれだけでもない。

不思議な青年だった。
目を離せなくなったのは何時からか。
気が付けば敵対しているオレすらもその腕(かいな)に抱き、離さない。
ボンゴレとしてではなく、沢田綱吉としてアルコバレーノではないスカルに懐を広げてみせる。

虹の同胞たちが次々と陥落していく中で、オレとリボーン先輩だけは一線を画していた。
つもりだった。
先輩は師として、オレは敵対マフィアとしての立場があると自らを律して。
けれどそれも先輩が自戒を破り、綱吉を手に入れようと動いたことによってオレの禁忌が崩れていった。

好きだと言えなくとも、気持ちを抑えることぐらいはできる。
逃れられない感情でも、コントロールは得意だ。








そっとベッドに寝かせると、寝やすい体勢を求めてもぞりと蠢く。
いい場所を見付けたのか、そのまままた寝息を立て始めた。

着たままだったジャケットを脱がせようと腕を取る。
細い手首。軽い身体。
いっそこのまま襲ってやろうかと思い、出来もしないことをと自分を嘲笑う。

制御された感情は、決して自分を裏切らない。流されることがないオレにはこの青年に想いを告げることすら出来ない。
だから、この話を持ち掛けられたのだろう。

鈍いのに、妙なところで聡い青年は人の本質を見破ることが得意だ。
見透かされた想いも、自分の役目さえどうでもいい。その間だけは恋人だ。

ふと、この契約は綱吉に恋人が出来るまでだと脳裏に浮かんだ。

「それでもいい…」

ジャケットを脱がすと、上掛けを肩まで掛けてやった。




契約を持ちかけたのはオレからだった。

実を言えば、その時にはまったくなんとも思っていなかった。
とにかくリボーンから逃げなければ!と焦っていたから。

男に迫られることも襲われることも御免だった。しかも相手はあのリボーン。
はっきり言って貞操の危機なんてもんじゃない。生命の危機かもしれない。
スカルに話を持ちかけたのは、リボーン相手だとのることとオレのことを何とも思っていなことがぴったりだったから。

律儀なスカルは、その後よく訪ねてくれるようになった。
それらしく見せるようにとの作戦らしい。
態々正面から訪ねてきては、守護者やリボーン、間が悪ければヴァリアーにまで襲撃されるという憂き目にあいつつも役目を果たそうとしてくれた。

「律儀だね。その内殺されるよ。」

「他人事みたいに言うな。あんたが頼んだんだろうが。」

「…そう言えばそうだっけ?」

「…。」

呆れて物も言えない様子のスカルに肩を竦めてみせた。しょうのない大人だと思ってくれればいいと。そこまでのリスクは負わせられないのだから、ここで放棄してくれるだろうと思って。

けれどスカルはその後もボンゴレ本部に通うことをやめなかった。
オレが超直感を働かせなければ危うくなるところだったこともある。
律儀にもほどかある。本当に馬鹿だ。

「ねぇ…お前死んじゃうよ。」

「馬鹿言うな。その前に助けに来い。」

最近では医療班の人間までスカルを狙っているので、おちおち任せられない。不器用でもオレがやらなければと包帯を巻きつけていると、リボーン気配がした。

「なんだ?付き合って3ヶ月の割には随分初々しいなぁ?」

スカルの後ろから現れたリボーンが馬鹿にしたように笑う。

「大きなお世話!お前と違ってスカルは紳士なんだ。」

「…ふん。」

それ以上取り合わず、スカルの身体に包帯を巻きつける。
…不器用さが恨めしい。必死に巻きつけたのにベコベコですぐに解けてきそうだ。
じっと見詰めていると、上からの視線に気付いた。

スカルとの意外に近い距離にギョッとして、顔に熱が集まる。
それを見たスカルが唇に親指を当てて口を塞いだ。

「ありがとう。また解けたら巻き付けてくれ。」

「う、あ…ううっ。」

あまりに自然にされて思うように言葉も出ない。
それが面白かったのか、今度は頬に軽く口付けられた。
湯気が出たんじゃないかと思うほど赤くなると、何が面白いのか額にまで唇を落とされる。

堪らず立ち上がるとキッチンへと逃げ込んだ。
リボーンが居たのにとか、ただのフリだとかは後で気付いた。
とにかく恥ずかしくて、こそばゆいその気持ちに居ても立ってもいられなくなった。

嫌じゃない。むしろあそこにリボーンさえいなければ…いなければ?
なななな何?!それ以上でもよかったって?!!

「うっそぉ…マジかよ…」

何にも思っていなかったんじゃなかったのか。
そもそも男はアウトだった筈だ。それが嫌で契約をしているのに、何12歳も年下の男に惚れてんの。

惚れちゃったの?

「あちゃー…。」

額と頬に手を当ててうずくまる。
自分の失態に気が付いたのはその時だった。






目を覚ますと既に日は落い、夜の闇に包まれていた。

せっかく今朝まで格闘していた書類の山とおさらばしたというのに、スカルに会う前に睡魔に襲われたようだ。
そういえば、ここは例の隠れ家だ。
そしてオレはソファに寝て…

「あれ?ベッドだ。」

ゴソゴソとベッドから起き上がり、周りを伺う。
すると他の部屋から物音が聞こえ、スカルが居ることが分かった。

着ていたジャケットもハンガーに掛けられていて、スカルがソファからこちらへ運んでくれたらしい。
この部屋にはオレの服もあるので、着ていたシャツとスラックスを脱ぎ着替えた。

「起きたのか。」

控えめなノックの後に入ってきたスカルがこちらに寄ってくる。
いつものライダースーツではないラフなシャツとチノパン姿にドキっとした。

「運んでくれたんだろ?ごめんな。」

「いい。それにしても軽いな。もっと喰った方がいいぞ。」

「これでも食べてるんだよ!」

異次元胃袋とはボンゴレ内での異名だ。
食べても身にならないのは母の遺伝子か、初代の呪いか。
上背はそこそこ伸びたのに、薄っぺらい身体に自分が一番がっかりしている。

「それと火をかけたまま寝るなよ。オレが着くのが遅ければ火事になっていたところだ。」

「ごめんな…焦げちゃってた?」

「ギリギリだったな。」

呆れ顔で笑われた。滅多に見れない笑顔に心臓が跳ねる。
だんだん気持ちが膨らんでいくようだ。
困ったな、そんなつもりじゃなかったのに。

守護者たちの過保護とも、リボーンのスパルタとも、構成員たちの尊敬の篭った眼差しとも違う。
オレをオレとしてみてくれているその気持ちよさを知ってしまったからだ。

会えば会うほど膨らんでいく気持ちとは別に、自分の立場とスカルの立ち位置を計算している自分がいた。
もう好きなだけではどうにもならない。
諦めなければならないことを知っているのに、諦めきれない自分はなんて愚かなのだろうか。


「食事の支度が出来ている。食べるか?」

「食べる、食べる!昨日の昼からまともに喰ってないんだ。もー腹ペコ!」

オレのことを何とも思っていないスカルに救われる。
契約が終われば以前のように年に一回会えるかどうかになるだろう。
だからまだこのままでいたかった。
けれど、それは叶わないことだと知っていた。







「どうした?最近、スカルと会ってねぇようだな。」

「…」

あの2人きりの逢瀬から3ヶ月は過ぎようとしていた。
先ほど終わった胃の凭れるような内容の会談のせいで、持病になりつつある胃痛を抱え車へと乗り込む際にリボーンに問われた。
それには何も言わず乗り込むと、隣にリボーンも座ってきた。

「ま、相性ってのはあるもんだぞ?ヤったが合わなかったのか。」

「ばっ…!ヤってないよ!!」

思わず口を付いて出た言葉に、慌てて口を押えるも時すでに遅し。
長い足を嫌味ったらしく組んでいたリボーンは、オレの言葉に驚いて座席から滑り落ちた。

「何?ありえねぇ!お前ら揃ってイン…」

最後まで言わせないように手でリボーンの口を塞ぐ。ありえないのはお前だ。
リボーンのボルサリーノを奪うと、目深に被って顔を隠した。
やっと座席に戻ってきたリボーンがニヤニヤとこちらを覗き込んで言った。

「この前2人きりで泊まってきたからヤったのかと思えば…そんな意気地なし野郎は止めとけ。オレが優しくしてやるぞ?」

「結構です!」

大体、好きなのはオレだけだ。
相手はただの契約としか思っていない。
この卑猥な先生の鼻っ面を明かしたいがためにオレの口車に乗ってくれただけなのに。

リボーンを無視して窓の外を眺めると、スカルの乗っているのとよく似たバイクがすれ違った。

「…会いたい、な…」

顔を見たい。声が聞きたい。
だけどそれじゃあダメなことも分かっている。
だから呼べない。

オレが呼ばなければ来ないことなんて分かっていたのに辛くて苦しい。
何とも思っていなければ会えるのに、会いたいから会えないなんてバカみたいだ。


好きだとさえ言えない気持ちに気付いても、告げることさえ叶わないのならば気付かなければよかった。



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