虹ツナ | ナノ

1.





いつもならばもう少し手応えのある警備をしているボンゴレ本部に、嵌められたのかと神経を尖らせていると目の前から一人の小柄な青年が姿を現した。

同時に何故こんなにも警備が手薄だったのかということも理解した。
彼が超直感とやらを駆使して自分が来ることを察知していたからに他ならない。

緊張の度合いは緩めず、しかしいつものヘルメットは外して前の青年を睨む。
それを見て、少し肩を竦めた青年はその実ちっともこちらを気にはしていないのだろう。
優雅な足取りで歩み寄ると、目の前で止まった。

「いらっしゃい、スカル。」

にっこりと微笑む様はマフィア界のドンと呼ばれるには相応しくない優しいものだ。
けれどもそれに惑わされてはいけない。

「…リボーン先輩に呼ばれて来たんだが。」

どうして分かったなどと愚直な質問はしない。
スカルのぶっきらぼうな物言いに肩を竦めると、着いて来いと言わんばかりにくるりと後ろを向いて歩き出す。

「あんたはオレに対しても無防備だな。」

「そう?スカルももっと普通に遊びに来てくれればいいのに。」

綱吉の私室の扉を開け中に促される。
しかし入ることを躊躇い、扉の前で止まると寂しそうに笑う。

「リボーンに呼ばれたんでしょ?あいつが帰ってくるのはもう少し後だよ。ん〜どうかな、2時間後くらい。」

「それならいつもの部屋でいい。」

「…オレからも頼みがあるんだ。聞かれたくないから、こっちの方がいい。」

頼み事。

そんな物はついぞされた覚えがない。大体、ボンゴレには頼もしい守護者や同胞たる虹の2色がいる。
そちらを頼らず何故敵対ファミリーのオレに。

益々警戒を強めると、そんなに怯えないで…とからかわれた。
仕方なしに足を踏み入れる。
初めて入ったそこは、使う本人同様、優しい色調の居心地のいい部屋だった。
他の部屋に比べると調度品も主張しすぎないものばかりで、主の本質そのものだ。

知らずほっと息を吐き、慌てて意識を鋭いものへと変えた。
どうにもいけない、このいいとこ20代前半にしか見えない青年と居るといつもの仮面が落ちてしまう。
それはスカルにとって一番の恐怖だ。リボーンやコロネロ、ラル・ミルチと違い、戦闘には向いていない自分は周りの状況を操ってこそ、その勤めを果たせる。

知らず強張る顔を見詰める綱吉に、いつもの冷めた視線で問う。

「敵対軍師に何の用だ。」

「…悪い話じゃないと思うよ。こっちもスカルしか該当者がいなから断らないでくれると嬉しい。」

水を濁した言いっぷりに眉が寄る。
それでも気にした風もなく、朗らかともいえる笑顔で爆弾を落としてくれた。

「オレと付き合わない?」

「…どこへ。」

「う〜ん、捻りがないなぁ。まぁいきなりだし、そんなもんか。」

呟く様子からは色っぽい気配など皆無で、何を言いたいのか正直掴めない。
対面のソファに腰掛けた綱吉が覗き込むようにこちらを見る。

「知ってると思うけど、オレ守護者たちとリボーン、ヴァリアーのボス、術師にまで貞操を狙われてるんだ。」

知っている。ついでにコロネロ先輩にもだ。

「で、いい加減どうにかしないと本気で手篭めにされるとこだった!」

拳を握り締めている。…予想は付くが、大方リボーン先輩かヴァリアーのボス辺りにではないだろうか。もしくは霧の守護者あたりか。

「そこで、スカルと契約したい。」

「契約だと?」

「うん。オレと付き合ってることにして欲しいんだ。」

「…オレのメリットは。」

「1つ目は分かってるよね?リボーンを出し抜けるよ。2つ目はこちらの不利にならない程度の情報は流してあげられる。…どう?」

リボーン先輩とコロネロ先輩を出し抜ける。それは魅力的な誘いだ。
しかも本人は気付いていないだろうが、オレもこの人が気になってしょうがないのだ。

好きだったなんで死んでも言わない。
契約でならば一緒に居られるのだ。

「付き合うというならば、例えフリでもそれなりに会わなければ怪しまれるぞ。」

「うん。いや?」

否な訳がない。

「オレを選んだ訳は?」

「敵対ファミリーだから。あと、顔が好みだったからかなぁ。」

咄嗟に顔を作ったが、成功したかどうかは怪しい。
今まで見たこともないような艶のある笑みを浮かべる相手にしてやられたと知る。

「オレからみんなに言うから、できるだけそっちに被害がいかないようにするつもりだけど…多分…」

「いい、それは分かっている。」

そうして契約の恋人となった。







それから。
恋人であると知らせるために度々綱吉を訪れること数度。
その度に守護者やら虹の2人にやらに命を狙われるが、綱吉がいつもの超直感で寸前で止めに入るために今のところ命からがら繋いでいる。

「ごめんね…こんなに諦めが悪いとは…」

今日もリボーン先輩にとどめを刺される寸前で間に合った綱吉に、私室へと連れてこられて手当てを受けていた。
医療班ですら信用ならないと、自らが手当てをしているのだが…

「あんた、その不器用は治らないのか?」

「うううっ…」

手にした包帯がぐちゃぐちゃになっている。これでどうやって巻けるというのか。
仕方なしに包帯を綱吉の手から奪うと、もう一度巻き直す。綺麗に巻き直してから再び綱吉の手に戻した。

「オレじゃあ背中は巻けない。」

「う、うん。がんばる。」

前から抱きつく格好で包帯を当てはじめる。本人は必死で気付かないようだがスカルの広い背中にしっかり当てようとしているので密着状態だった。
知らず頬が染まる。

「なんだ?付き合って3ヶ月の割には随分初々しいなぁ?」

どこから入ってきたのか、リボーンがソファの後ろから声を掛けてきた。
気付いていたのか、綱吉は包帯を当てる手を緩めず必死で巻きつける。

「大きなお世話!お前と違ってスカルは紳士なんだ。」

「…ふん。」

何やら含むものを感じたが、敢えて何も言わず綱吉のしたいようにさせる。
ようやっと巻けた包帯だが、帰る頃にはまた解けていそうだ。
へにゃり、と情けない顔をしてそれを見詰めていた。
こちらの視線に気付いたのか、スカルの身体が近いことにやっと気付いて赤くなった。

しかしここで下手なことを言われてバレるのは得策でない。
何も言わせないように、唇に親指を当てて黙らせる。

「ありがとう。また解けたら巻き付けてくれ。」

「う、あ…ううっ。」

益々真っ赤に染まった頬に口を寄せると固まってしまった。
やり過ぎたか。

親指が触れた唇も染まった頬も柔らかく、触れた端からまた触れたくなった。
今度は前髪を掻き上げて白い額に口付ける。

途端にすくっ!と立ち上がり、簡易キッチンに逃げ込んでいってしまった。
ちらりと見えた耳と項が真っ赤だったところを見ると照れ隠しか。
目で追っていると後ろから舌打ちが聞こえた。

「てめぇ、意外と手は早そうだな。」

「あんた程じゃない。」

「…もう少しだったんだがな。」

やはり襲ったのはリボーン先輩だったのか。

忌々しげに呟くと、くるりと踵を返して出ていった。
珍しい。あんなにあっさり引くなんて。
そう言えば今日は守護者たちもあまり攻撃してこなかったなと思い出した。

「お茶にしようか?」

ソファに凭れ掛かっているとキッチンからトレイを手に近付いてきた。
トレイの上にはコーヒーと緑茶。コーヒーはきちんとオレの好みを知って合わせて淹れてくれている。

それをテーブルに置くと、キョロキョロと辺りを見回している。

「リボーン先輩なら出て行ったぞ。」

「へぇ…やっと諦めてくれたかな?」

「どうだか。」

ちょこんと隣に座る綱吉。少し距離がある。
やはりあれはやり過ぎたか。
男に迫られるのが嫌で契約の恋人をしているのに、これではいつ契約は破棄だと言われるか分からない。

気を付けようと顔には出さず思っていると、隣の綱吉がテーブルの上を漁りだした。
ゴソゴソと散らかるテーブルの上から何かを取り上げこちらに放って寄越す。

「あのさ、ここだと酷いことになるから隠れ家みたいなとこ手に入れたんだ。で、これが鍵。」

手の平の上にチャリンと転がす。
ふと、この契約はいつまで続くのかと問いたくなった。
しかし口に出すことはしない。少しでも長く続けばいいと思っているのだから。

「どこだ?」

「地図はこれね。説得してやっと手に入れたんだから、他のヤツは呼ぶなよ。」

「呼んでアピールした方がいいんじゃないのか?」

「あざといと逆にバレそう。」

そうかもしれない。揃いも揃って勘も気持ちの機微にも状況判断もできるヤツらが相手だ。
…と、思わせておくことにした。
大分諦めてきた様子は伝えないでおこう。



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