茹だるように暑かった夏も終わりを告げ、季節は秋へと移り変わる。 学校が始まればまたいつものように放課後に会えるだけとなるツナさんとの逢瀬は、オレたち3人のオアシスだった。 夏休みの間にあったあれやこれもいい思い出となるのだろうか。 ツナさんの親友だというプロ野球選手や、イタリアからまさに飛んできた番犬のような男たちとの対面はオレたちに衝撃を与えたけれども。 鈴虫が鳴くあぜ道を歩きながらふうとため息が出る。 すでに日は落ち、まだ蒸し暑さの残る帰り道を汗を流していた。 件の親友2人は、オレたち3人と同じだった。 ツナさんを好きだという点も、それを隠す気がないということも。 そしてツナさんはといえば。 「まったく気付いてない…」 そう。欠片も気付いていなかった。 あれだけあからさまな秋波にも柳に風の如く、さらりさらりとかわしていく。 気にした様子もないというより、気付きもしていない。 ありえないと思うほどの口説き文句の数々にすら、表情を変えることなく流していった。 言われ過ぎて慣れたのだろう。あの2人のせいで。 どうしてくれようかと頭を悩ますこと数ヶ月が過ぎ、今ではリボーン先輩と同じ境地に達していた。 身長を追い抜越してから、態度で示す。 これほど分かりやすい意思表示もないと思うのだ。 そして、やっと今日。ツナさんの身長を追い越したことが数字となって手元にやってきた。 リボーン先輩のみならず、コロネロ先輩もツナさんを憎からず思っていることを知っていた。 だからこそここで負けてなるものかと気合を入れていつもの駄菓子屋へと足を踏み入れた。 「こんばんは!」 声を掛けると何かが転がる鈍い音が奥から響き、次いでツナさんが口をもぐもぐさせて奥からやってきた。 「いらっしゃい。今日は遅かったね。」 「ええ、委員会があって。あの、ツナさんその首のは…」 「ああこれ?今、リボーンが夕飯作ってくれててさ。味見してくれって言うんで行ったら噛み付いてきたんで投げ飛ばしてやったところ。」 「…」 それは噛み付き痕じゃありません!と言おうとして止めた。 それにしてもよくもリボーン先輩を易々と投げ飛ばせたものだ。 顔に出ていたのだろう、首に手をやっていたツナさんが教えてくれた。 「うちの父方が居合道やってるんだ。小さい頃から叩き込まれてるから無意識に出ちゃうんだよ。」 「そ、そうですか…」 意外な最強キャラだったようだ。 成る程、ツナさんの同級生の2人が実力行使に出られなかった訳だ。 冷や汗が出る思いでツナさんの顔を眺めていると、いつもの笑顔で手招きされた。 「夕飯、食べてくよな?」 「はい!」 「オレも居るぜ、コラ!」 「あ、いらっしゃい。今日は早かったんだね。」 「まーな。」 そう返事をするコロネロ先輩の手にもしっかり身体測定の用紙が握られていた。 きっと無理矢理部活を終わらせてきたに違いない。 3人が3人とも目的は同じという訳だ。 「リボーン!みんな揃ったよー!」 そう声を掛けながら、いそいそと駄菓子屋の終い支度をするツナさんを手伝ってたばこの看板を店の中にしまい、内側から鍵を掛けた。 明日は土曜ということもあり、いつものようにツナさんの自宅に泊めてもらうことになっていた。 駄菓子屋を裏から出て、裏にある自宅へと上がり込むとエプロンにお玉を掲げたリボーン先輩が玄関で待ち構えていた。 ツナさんに投げ飛ばされたらしいのに、やっぱりこの人はタフだ。 平気な顔でツナさんの手を取るとオレたちを無視してツナさんの肩を抱き寄せてキッチンへと足を向ける。 「オイコラ!ツナの首にある痕はどういうことだ!」 「どういうもこういうも、見たまんまだぞ。」 「で、ツナさんに投げ飛ばされたと。」 スポーツバッグを2つ肩から提げたコロネロ先輩が廊下を踏みしめながら怒鳴ると、リボーン先輩が意味有り気にニヤつくので顛末を漏らしてやる。すると、リボーン先輩がニッと口端だけあげてこちらを見た。 「なんとでも言え。てめぇらみたいに指を咥えて見てるだけってのは性に合わねぇ。」 「オ、オレだってこれからは!」 どもっている時点で出来るか怪しいコロネロ先輩は放っておいて、止めなければどこまでも突き進みそうなリボーン先輩は要注意だろう。 相性がいいのかツナさんとリボーン先輩は知り合って半年も経っていないというのに、昔からのツレのように互いの性質をよく知っているように思えるのだ。 そんなことなど気にしていないツナさんは、肩に回されたリボーン先輩の腕を叩き落すとその手を握って頬擦りしていた。 「なっ!」 「悪さもするけど、この手に罪はないもんな。リボーンはなんでも器用にこなすいい手を持ってて羨ましいよ。」 横でコロネロ先輩が絶句していることにも、オレが睨んでいることにも気付かずにリボーン先輩の手に懐くツナさんは本当に可愛い。 そんなツナさんに懐かれているリボーン先輩はといえば。 「チッ、てめぇはオレの料理の腕だけが好きなんだろ?」 しっかり不貞腐れていた。 夏休み以降、リボーン先輩はこうしてツナさんの面倒を見続けている。 オレもコロネロ先輩も同じくツナさんの家に足繁く通っているのだが、その度にリボーン先輩が先に居て邪魔をしていた。 「そんなことないよ。リボーンの作るご飯も好きだけど、リボーンも大人しくしていればイイ子だと思うよ。」 「…ツナの癖に言葉を選んでんじゃねぇぞ。」 ツナさんのあまり高くない鼻をむぎゅうと摘んで笑っていた。 らしくない。 大体、リボーン先輩が誰かの世話を焼くなんていうのは見たことがない。だというのに世話を焼き続け、あまつさえ無理強いもせずに隣で笑っている。 天変地異でも起こらなければいいのだが。 そう思ってはいても、だからといって容易くツナさんを諦めることはできそうにない。 「一発逆転を目指して、しぶとく狙いますよ。」 「なに?何の話?」 リボーン先輩に連れられてキッチンへと消えたツナさんが顔だけひょっこり出して訊ねる。 それには答えず靴を脱いで上がると、手にした身体測定の結果を告げるべくコロネロ先輩とともにキッチンへと向かった。 終わり |