虹ツナ | ナノ

8.



タオルを首にぶら下げて、軍手をはめての大掃除をする羽目になるとは思いも寄らなかった。
部活で鍛えられているためにこれくらい平気だと安請け合いした自分は暑さにやられていたのだろうか。
本当の理由なんぞ百も承知だが認めることがどうしてもできない。

いっそリボーンの野郎のように開き直ってしまえれば楽だと思うのだが、あのお気楽極楽な顔を見ているとそういう気も霧散していくのだ。
野郎はよくあの顔を見てどうこうする気が起こると感心する。

「…言っときますが、あんたと一緒に掃除をしているのは巻き込まれたせいじゃありませんから。」

同じくタオルを頭に巻きつけた格好で雑巾を絞るパシリが、オレの心を見透かしたようなタイミングで声を掛けてきた。
窓を全開にしてとりあえず荷物だけは隣の部屋に移動させたが、何年も使っていなかった部屋は埃まみれでとても寝起きできる状態ではなかった。

ツナに任せておけと胸を叩いた手前、オレとパシリで夕方までにはツナがこの部屋で寝られるようにしてやらねばならない。

「よくやるな、てめぇら。」

天井の埃をはたいてから掃き掃除をしていると、下の駄菓子屋から出してきたのか棒アイスを齧りながらリボーンの声が廊下から聞こえてきた。

「いいご身分ですね、先輩。」

「当たり前だぞ。つーか、てめぇらいい加減に諦めりゃいい。」

暑さで朦朧となりながらも手を動かしているところにアイスに齧りついている姿を見せ付けられて、止めようと思うより絶対にこいつの思い通りになんかさせねーぞ!と気合が入った。
パシリも同様だったようで雑巾を絞る手に力が篭っている。

「おーい!お昼だよー!」

階下から呑気なツナの声が聞こえ、パシリが強く絞ったせいでボロ雑巾に成り果てたブツをため息交じりに広げてそれをゴミ袋に放り込んでいた。
返事をしながら階段を下っていくパシリの後ろを歩いてくと、その後ろをリボーンがついてきた。

「てめぇらみてぇに外堀から埋めてこうとしても、あいつはちっとも気付きゃしねぇぞ。」

「…分かってる。」

反射的にそう返したが、分かってはいても実行できないのならば結果は同じだ。
下から睨みつけると、リボーンはそれを鼻で笑っていた。

「天国に行ったつれない女に負けっぱなしは性に合わねぇ。てめぇはそれでいいのか?」

「っ、うるせー!」

前に居たパシリを押し退けて足音も荒く駆け下りた。
結局は自分の気持ちから逃げたということに気付いたのはツナのエプロン姿を目にしてからだった。






そうめんと炒飯とスイカという珍妙だがある意味夏らしい昼食を摂ると、エプロンを着けたままのツナがゴロンとその場に転がった。
ピンクのシンプルな形のエプロンだが、ノースリーブにハーフパンツの上から被っているとそのあっさりした姿も可愛いことに気付かされる。
ようはどんな格好をしていても可愛く見えるということだ。

「あちー…。あ、なあコロネロ。あの部屋のエアコン使えた?2階はエアコンなしだと暑くて寝られないんだよ。」

「パシリ、確認してこい。」

「嫌ですよ、食後20分は動きません。」

ツナの横に転がったオレはパシリに言いつけると、オレと反対側の横に転がっていたパシリが反抗してきた。パシリの癖にいい度胸じゃねーか。
ちゃぶ台越しに足蹴にしてやるもツナの横からどかないパシリにイラつく。するとツナの向かいに座っていたリボーンが何気ない風を装って立ち上がろうとした。

「オレが見てきてやるぞ。」

「ちょっ、あんた見てくるって名目で壊そうとしているんじゃないですか?!いいですよ、オレが行きます!」

慌てて飛び起きたパシリがリボーンの肩を掴むともう一度座らせてから2階に駆け上がっていった。
それを見ていたツナもさすがに悪いと思ったのか、それともエアコンの状態を見たかったのか後ろから付いていった。

残されたリボーンがオイと声を掛けてくる。

「行かねぇのか?お手々繋いで仲良くすんのがいいんだろ。」

小馬鹿にした口調が勘に触る。駄菓子屋のばあさんが亡くなった一件以来、一歩リードしているといわんばかりの態度が鼻に付く。

「…フン!キスまでしたのにまったく意識もされてねー癖に、なにいきがってんだ。」

「それでもてめぇよりマシだぞ。意思表示はしてあるのとないのじゃこれからが違う。」

「っつ!んなこと言ったってツナはオレたちのことをちっとも視界に入れてねーぞ!結婚まで考えた女が死んで半年しか経ってねーんだぜ!」

「それがどうした?ツナがどうこうじゃねぇだろ。今は視界に入っていなくとも、その内嫌でも分からせてやる。」

「迷惑って知ってるか、コラ!」

あまりの身勝手さに勢い込んで怒鳴るも、それすら鼻で笑われた。

「そんなの知ってんぞ。それでもツナの傍に居てやりたい。」

「…っ、一緒だ!オレもてめーに譲る気はねーぞ!」

時折見せる寂しそうな笑顔が、いつかなくなればいいと思っていた。でもそれをこいつに攫われるのをただ指を咥えてみているだけなのはご免被る。

ちゃぶ台を挟んで睨み合っていると、横からふうっとため息が聞こえてきた。

「あんたら声でかすぎです。なに熱くなってんですか?バカですか。」

「わざとだぞ。」

「ええ、そうでしょうとも。でも残念でしたね、ツナさんは2階のエアコンを堪能中で聞こえやしませんよ。」

勢いで本音が漏れてしまったが、まだツナ自身に告げる気持ちはない。
聞かれていないと知って冷や汗が背中を伝っていたことに気付いた。

「オレも同じです。あんたたちとは違って頭を使わせて貰いますよ。勢いだけで落とせる相手でもないですしね。」

「そういうヤツは大抵いい友達で終わるもんだぞ。」

「パシリだしな。」

その後、珍しく本気でキレたパシリがちゃぶ台をひっくり返し、それが気に喰わなかったリボーンが投げ返したことによって障子2枚を張り替える仕事まで増やされた。

その惨状を呆れながらも笑って見ていたツナはやはり大物といえるのだろうか。


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