虹ツナ | ナノ

6.



危篤になったばーちゃんの家族に連絡がきたのが今から30分前の話だと言われた。
携帯電話も持っていないオレに連絡のつけようがなく、それでもこの駄菓子屋で待っていればきっと帰ってくるだろうとタクシーで乗り付けて、先ほど着いたばかりだと。

蒼白な顔色の母さんを見ても、何故か他人事のように感じる。
ガラス一枚で隔てられた物語を見ているみたいだ。
行くわよと母さんに手を取られ、待たせてあったらしいタクシーに引き摺られていったのに乗り込む手前で足が止まった。

「ツナ?」

「オレ…」

早くとせっつかれてもこれ以上足が進まない。
タクシーのドアに手をかけて固まっていると、後ろから突き飛ばされて中へ転がり込んだ。

「一緒に行ってやるから早く座り直せ。」

「リボーン…」

「家族でもないのにすみません。ご一緒させて下さい。」

オレを通り越して母さんへ丁寧にことわると、なにかを感じたのか頷いて奥へと詰めた。
驚いたのはオレだった。

「ちょっと、リボーンはもう帰らないと!関係ないだろ?」

「関係なくはねぇ。駄菓子屋のばーさんは顔見知りだっつっただろうが。それにてめぇの方が倒れそうな顔してるぞ。」

「だからって…」

押し問答を繰り返していると、母さんが肝心なことを尋ねた。

「ご両親は?」

「父の転勤で両親ともに海外です。あとでメールしますし、ご迷惑にならないよう様子を見て帰ります。ツナ…じゃない綱吉さんの傍にいてもいいですか?」

「ありがとう。心強いわ。」

青白い顔をわずかに綻ばせてリボーンと話を済ませるとオレの了承を得ないままタクシーが走り出していった。

母さんも本当は中学生のリボーンを、知り合いといってもそれほど親しい訳でもないのに引き連れていくことがおかしいと分かっている筈だ。
けれど帰さなきゃという思いとは裏腹にリボーンのシャツの裾にしがみついたままで震えているオレの手がそれを裏切る。

三者三様の思いを口に出すこともないまま、タクシーは病院へと向かった。









それからのことをあまり覚えてはいない。
ただリボーンが隣に居てくれて、逃げ出すなと言われたことと握られた手の強さだけを覚えていた。

最後にはどうにか間に合ったが、オレと母さんの到着を待つように息を引き取ったばーちゃんの死に顔は眠りについているように安らかだった。
死亡を確認してからすぐにばーちゃんの大好きだった駄菓子屋へと運ばれた。

足の踏み場もなかったそこを誰がどう掃除したのか定かではないが、綺麗に片付いた駄菓子屋の裏の住居にはお年寄り仲間やご近所さん、それにコロネロやスカルたちのような以前からよく利用してくれていた子供たちまで最後のお別れを告げに来てくれた。




この半年で2度目となる葬式を終えて、何をするわけでもなくぼんやりと空を眺めていた。
親戚もご近所さんも引き払ったばかりの、ぽっかり穴の空いたような空々しいまでの住居に戻ることができずに。

梅雨明け宣言をしたばかりの空は、真夏の色とわたがしみたいな雲がこれからの暑さを想像させるなと思っているといきなり後ろから手で視界を覆われた。

「…リボーン?」

「そうだぞ。よく分かったな。」

言って手を離すことなく背中に頭を押し付けられる。
少しの重みと覚えのある暖かさにほっと息を吐いた。

「これからどうすんだ?」

「んー…駄菓子屋はオレが相続することになった。近所にコンビニもまだないし、できるだけ続けてみるよ。」

「そうか。」

目を覆っていた手が肩まで落ちて、それが後ろからしがみついてきた。
あくまでオレを気遣ってくれるリボーンにわざと体重をかけると、肩に回された手がするりと脇から腰へとくだっていく。
その手の動きがくすぐったくて笑っていると、不機嫌そうにオイと後ろから声を掛けられた。

「てめぇ痩せたな?ただでさえ細っこいのに、今はガリガリじゃねぇか。」

「葬式って意外と食べてる暇ないんだよ。葬式自体は組の人たちが手伝ってくれるけど、遺産があるとそれをどう分配するかとか…ね。色々あったんだよ。」

「…だからって、てめぇが倒れたら元も子もねぇだろ。顔色も悪いし、寝てねぇのか?」

気遣う言葉にしばらくぶりの涙が零れた。
彼女の葬式の時にも流れなかったそれは、一度溢れると止め処なく頬を伝う。
リボーンは子供だとか、オレはおっさんだとかはもうどこかに消えていて、ただ零れ出した涙がぽたぽたと白いシャツと黒いネクタイを滑り落ちた。

それに気付いていただろうリボーンは、何も言わずにオレの身体に抱きついたままでいてくれた。






しばらくするとリボーンたち学生は夏休みが始まった。
小学生は夏休みも元気に遊び回るので、学校のある日より多くの子がお菓子やアイスを買い求めに来てはしゃべっていく。

そうして中学生のリボーンたちはといえば。

「カキ氷作ったぞ。」

「ありがと…って、また勝手に上がり込んだな!」

「ついでに洗濯物も干しておきました。」

「スカルはいい子だね、リボーンも見習えよ。」

リボーンとスカルは部活をしていないので、毎日駄菓子屋の方ではなく裏の住居に顔を出すようになった。
コロネロは相変わらず運動部の助っ人に忙しいようで、日が暮れてからアイスを買いに寄ってくれる。

リボーンにはみっともないところを見られたが、だからといってなあなあになるといった様子もなく、それ以上踏み込まれることもなかった。

母親は四十九日の後、父親の待つイタリアへとまた旅立っていった。
こちらに帰ってきたのは、ばーちゃんの病気のために一時帰国しただけだったからだ。

一人暮らしの長いオレは別段困ったことはなかったのに、あの時以来リボーンが気に入ったのかよく母さんとリボーンが何事かを話し合っていたことを思い出した。
そして、中学生のリボーン相手にオレのことをお願いしていったことも後で知らされた。

「色々面倒みてやってもいいがな。」

「あんたの色々には裏がありそうだ。」

「裏?」

言葉尻を捉えて訊ねると、スカルは呆れた顔をして肩を竦める。
それにニヤついているリボーンには言葉の意味が分かっているらしい。
イマドキの中学生っていうヤツはこんなに大人びているもんなのか。

手渡されたカキ氷を口に含むとあまりの冷たさに頭の芯までキーンとなる。
こめかみを押えて目を閉じると、何故かリボーンに肩を引き寄せられた。

「なに?」

「チッ、これだけドアップでも動揺しやがらねぇか…」

目を開けたら間近に迫ったリボーンの顔に、内心ドキッとしたがどうにか表にだすことはしなかった。
それを見ていたスカルが慌ててオレの肩を後ろに引っ張る。

「オレが先輩の魔の手から救います!」

「誰が魔王だって?」

「言ってませんよ!」

賑やかな夏はまだ始まったばかりだった。


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